小説書きたいギャルと文学少女風少女

北 流亡

月山飛理花と日野玄絵

「アンタがクロエ?」


 扉を開けるとギャルがいた。


 モカブラウンのゆるふわロング、ばっちりメイク、キラキラのネイル、膝上スカート、マスコットをじゃらじゃらぶら下げたスクールバッグ、そりゃもう純度の高いギャルが。


日野玄絵ひのくろえは私ですけど……」


 私はスカーフを整えながら答える。

 ここは文学部の部室だ。

 旧校舎3階の隅の隅というとても辺鄙な場所に設置された部室だ。

 普段勉強している新校舎からは、歩いて10分はかかる。


 そんな「ギャル」から最も遠い場所に、ギャルが立っている。面識の無いギャルが。

 文学「部」とは言っても部員は私1人だ。来客があるって時点で予想外なのに、その来客がギャルなので余計に焦る。


「えっ……と……どのような御用件でしょうか?」


「あーしさー、小説の書き方を勉強したいんだよね」


「ふぇっ!?」


 ギャルは何食わぬ顔で言う。私は思わず変な声が出てしまう。


「なあ、頼むよクロエ。小説書けるようになりたいんだけど、相談出来るヤツがいなくてさー」


 予想外な来客が予想外なことを言う。

 ひょっとして陽キャ特有の陰キャ弄りの一環か、なんて考えも頭をよぎったけど、目の前のギャルの顔は真剣そのものだ。少なくとも揶揄からかっているようには見えない。


「でも私なんかに小説のアドバイスなんか……」


「これ、アンタの書いた小説だろ?」


 ギャルがそう言ってバッグから取り出したのはB5サイズの冊子だ。表紙に「文学部作品集」と書いてある。

「部としての活動実績を作らなきゃいけない」という理由で無理矢理書かされたものだ。私が書いた短編だけが5作載っている。

 文化祭の展示で「御自由にお待ちください」という貼り紙と一緒に10部だけ置いていたけど、まさかそのうちの1部がギャルの手に渡っていたとは。


「これに載ってる小説どれも面白かったんだけど、特にこの『月舟』ってのが面白くてさー。なんつーの? ヤバめのエモが身体中をぐわーって駆け抜ける感じ?」


「あ……ありがとうございます……」


 面映さと喜びが同時に溢れ出す。言ってることは良くわからないけど、悪い気分にはならない。


「なあ頼むよ、あーしを弟子にしてくれ!」


「そ、そんな、弟子なんて取れません!」


「そこをなんとか!」


「と、と、とりあえず中に入って座って話しませんか?」


「え、いいの? じゃあ遠慮なくっ!」


 そう言うとギャルはするりと中に入ってくると、部室のど真ん中に置いてあるソファにダイブした。いや少しは遠慮しろ。


 私は部屋を見回す。余計な物は落ちてないか飛び出てないか、気が気でない。とりあえず消臭スプレーを撒いておいて良かった。


「ここめっちゃ本あるじゃん」


 ギャルは部室の壁にずらっと並んだ本の壁を見て言う。

 文学部の部室は壁にぐるりと本棚が設置されていて膨大な数の書籍が収められている。エンタメ・純文学・ミステリー・ホラー・ライトノベル・童話・エッセイとなんでもござれだ。小説がほとんどではあるけど、図書館を超えるラインナップだ。


「ひょっとしてこれ全部読んだの?」


「いや全部だなんて……せいぜい300冊くらいで……」


「さんびゃく!?」


 ギャルは目を見開いて驚いている。


「すっげー、それもうプロじゃん」


「な、なんのプロですか……」


「文学のプロだよ。さすがあんなエモい小説書くだけあるわ、見た目からして文学って感じだし」


 見た目は関係あるだろうか……まあ、私みたいに黒髪おさげで眼鏡をかけているという装備ファッションは、ステレオタイプの「文学少女」と合致するのだろう。中身は「文学少女」とは程遠いと思うけど。


「てか文学部の部室って快適だね、あーし本しか置いてないもんだと思ってたわ」


 文学部の部室は、本棚の他には、ソファとベッドと冷蔵庫とノートパソコン付きのデスクがある。冷暖房も完備されている読書にも執筆にも快適な空間だ。


「ベッドもあるとかウケるー」


「あっ! そっちはダメ!」


 私はベッドに向かいかけたギャルを手で制する。


「と……とてもので」


「あはは、さてはさっきまで寝てたしょ?」


 ギャルは再びソファに腰掛ける。私は胸を撫で下ろす。


「何か飲み物……麦茶でも良いですか?」


「おけぴー!」


 冷蔵庫に作っておいた麦茶を取り出し、紙コップに入れてギャルに差し出す。

 私は机を挟んでギャルの向かいにあるソファに腰をかける。


「あんがと! じゃあ早速だけどこれ読んで! ……いや、読んでくださいお願いします!」


 ギャルは深々と頭を下げてタブレットPCを差し出してきた。私はどうにも、このギャルギャルしいギャルと、小説と、タブレットPCを結びつけることが出来なかった。いや、原稿用紙に万年筆で書かれてもリアクションに困るんだけど。


「それじゃあ読ませてもらいますね……ええと……」


「あ、ごめんごめん、名前言ってなかったね。あーし2年1組の月山つきやま飛理花ぴりかって言うんだ。ピリカでいーよ」


「2年8組の日野玄絵ひのくろえです。改めまして、よろしくお願いしますピリカさん」


 2人で深々と礼をする。なんだか将棋の対局みたくなってしまった。


 しかしどうしたものか。

 小説を読んで感想を言うって流れになってしまった。本音を言うとすぐにでも帰って欲しいのだけども、ああも真剣に頼まれてしまうと断るに断れない。私の欠点だ。


 私はアマチュアの小説を読むという行為に苦手意識がある。

 出版社を通したいわゆる「プロ」の書いた小説なら、仮に内容が自分の嗜好に合わないとしても、編集や校閲の目を通して最低限の小説のていは取られているから、読んでて苦痛になることはそんなにない。

 しかしアマチュアが書いたものに関してはそうはいかない。オチが無いとか、起承転結が無いとかならまだ可愛い方で、文章が破綻しているとか、日本語として怪しいものもままある。単に面白くないだけなら良いんだけど、何もかも破綻しているものだと、感想以前にリアクションに困ってしまう。果たしてピリカの書いた小説は何が飛び出すのだろうか。当たり障りの無い感想を言えるだろうか。にわかに指先が汗で湿ってきた。


「ここをスライドさせたら読めるから。5000字くらいだからすぐに読み終わると思うけど」


 ピリカの緊張が伝わってくる。

 私は指をこっそり制服の端で拭き取り、ディスプレイを滑らせる。小説のタイトルが現れた。


『残雪』


 いや残雪て。

 いきなりギャルが一生使いそうもない言葉がいきなり出たじゃないか。このギャルには予想を裏切られっぱなしだ。てっきり恋とか愛とか空とかが出てきそうな気がしてたんだけど。


「……なんか変なところあった?」


「い、いや、す、素敵なタイトルだなって」


 とりあえず、ギャルだからこう! とか決めつけるのは良くない。私は猛省する。

 どんな事柄に関してもだけれども、先入観だけで決めてはいけない。今まで、どれほどの小説に、良い意味でも悪い意味でも、裏切られてきただろうか。

 ギャルだからと言って侮ってはならない。決めつけてはならない。紙の上の戦場は、全ての者が平等なのだから。


 指をスライドさせる。本文が現れる。


『笛の音が黄昏に溶けいく頃、水面が俄かに騒めき始める。』


 なかなか重たい書き出しだ。目の前の人間が書いたとはちょっと信じられない。


「…………」


 へえ、2人の男の友情を描いた物語か。音楽を通して関係を深めていくのね。


「…………」


『指は全身を這い回る。僕が洋琴であり慎司が洋琴であり2人は弾きつ弾かれつとなり徐々にからだの境目が曖昧になる。』

 ……えっ?


「…………」


『2人は心の中のけだものに任せるままからだを重ねた』

 ……ってコレ……







 ゴリッゴリのボーイズラブじゃねえか!







 私は口に出そうになるのを辛うじて抑えた。

 いや、初めて他人に見せる小説がBLって勇気あるなこのギャル!


 私は目線を一瞬だけ上にする。無邪気な顔でこちらを見ているピリカと目が合ってすぐさま視線をディスプレイに戻す。


 私の書く小説は当たり障りのない純文学もどきで、作品を見る人も同じ部活の穴のむじなだ。それでも自分の作品を見せられるようになるまでかなりの時間を要した。自分の書いた文章を見せるのは裸を行為に等しいからだ。

 それにしたってピリカの小説はなんなんだ。いきなりお尻の穴の奥の奥まで見せられた気分だ。


 しかしながら、文章自体はよく書けている……と思う。少なくとも文学賞の一次審査で落とされるレベルでは無いはずだ。


 ただ、文章力の高さを看過できないほどに、が多い。


 最後のページまでスライドする。タブレットを両手で持ってピリカに返す。


「ねえ、どうだった? 好きな作家の真似っこしながら書いたんだけど、この書き方が正しいかわからなくてさ」


「ひょっとしてピリカさん、三島由紀夫が好きなんですか? 文体から近い雰囲気を感じたので」


「あー、良くわかったじゃん! あーし、ミシマとかダザイとかめっちゃ好きなんだよね!」


 ヨネヅとかツネタのノリで三島由紀夫を語る人は初めて見た。


「金閣寺読んだらハマっちゃってさー! いやもうほんと金閣寺が燃えるとことかマジでエモのかたまりだよね! ヤバすぎて死にかけたし!」


 どうしてこの子は口語にした瞬間に語彙が死滅するのか。


「で、」


 ピリカは姿勢を正す。私は背中に汗がじんわりと滲むのを感じる。


「内容の方はどうだった?」


 私は脳をフル回転させた。

 当たり障りのないことを言って取り繕うか?

 いや、それは真剣に相談に来た彼女に失礼だ。


 じゃあ思ってることを全部はっきり言ってしまうか?

 いや、そんなことして筆を折ってしまったら最悪じゃないか。小説への情熱に水をかけてどうする。


 私は必死に言葉を選ぶ。どのカードを切ろうか。


「……どうしたん? 面白くなかったならそう言ってくれて構わないよ?」


「ピリカさん、落ち着いて聞いて、この箇所なんだけど」


 私は作中のとある箇所を指差す。










「男性の陰茎は120cmまで伸びません」


 ピリカが硬直した。まるで瞬間凍結だ。そしてみるみる顔が真っ赤になる。


「あと『白濁液の水溜まりで息が出来なくなった』ってありましたが、はそんなにたくさん出ません」


「え、でもでも、ねーちゃんの持ってる漫画じゃ洗面器一杯分くらいビュビューって出してたけど……」


「ピリカさん、漫画と現実を一緒にしちゃ駄目です。あと、陰茎と肛門の間に、性交するための穴も開いていないですよ」


 ピリカはあからさまに取り乱している。


「え、え、じゃ、じゃあ、そのおチ……おチン……はどこに突っ込むんだよ!」


「ピリカさん、落ち着いて聞いて、現実じゃアナr……ええと、お尻のアナに出し入れするの」


「ええ、そんなの汚いじゃん!」


「そう、だから汚くないように配慮するんです。先におくとか、ゴムつけるとか」


 ピリカは呆然としている。まさかこのギャル処女なのか。


「え、じゃあ、慎司が一晩で50回ところも……」


「3回出せたらマシな方です」


 ピリカはソファの上で抜け殻になっていた。

 前に知れたのは不幸中の幸いなのかも知れない。

 冷静に考えたら120cmのモノで50回戦もされたら、壊れるとわかりそうなものだけど。


「でも聞いてピリカさん。文章力は本当に素晴らしいと思いました。三島由紀夫の模倣だけではあれだけのものは書けません」


「ふぇっ……本当?」


「本当です。だから次はもっと書きやすい身近なテーマで書いてみたら良いと思います」


 ピリカはすっくと立ち上がる。


「わかった!」


 その目は既に炎が漲っていた。


「次はガールズラブを書く!」


 私は肩透かしを食らった。どうしてそうなるの。


「じゃーソッコーで書いてまた持ってくるね! 今日はありがとう!」


「あ、え、もう行くの? さ、さようならー!」


 文学部に来襲したギャルこと月島ピリカは嵐のように去っていった。


「せっかくだから、あの子文学部に誘えば良かったのに」


 ベッドから田中が這い出てくる。ピリカがベッドの方に注意を向けなくて本当に良かった。


「そんなことより服来なさいよ」


「いーじゃん、俺とお前しかいないんだし」


 田中は全裸のまま冷蔵庫から炭酸水を取り出して口をつけた。


 田中の股間で陰茎がだらしなくぶら下がっている。

 私は、ピリカがこれを見たらガッカリするだろうなと思った。

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小説書きたいギャルと文学少女風少女 北 流亡 @gauge71almi

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