50. 永遠のおとぎ話

「お母様が平民になったら、お父様も迷わず王位を降りたでしょうね。そうなったら僕らも平民か。想像つかないなあ」


「まあ、ふふふ。そうね、きっとそうなっていたわね。お父様は昔から、私がいないとダメだったから」


「素敵ですわ。私もアルフ様を幸せにできるよう頑張ります」


 エディスが、感動で目をうるうるさせながら言った。特に頑張らなくても、お兄様は幸せだよね。エディスが平民になったら、お兄様も迷わず喜んで王籍を離脱すると思う。重い溺愛を知らぬは本人ばかり?


「ありがとう。ティナもエディスも私の自慢の娘だわ。二人とも、ちゃんと自分のしたいことを分かっていて、愛する人を幸せにしている。とてもすごいことだわ」


 お母様は眩しいものを見るように、私たちを見つめて目を細めた。


 優しいお母様。その期待を裏切らないよう、自分の選んだ道で幸せになる。愛する夫とかわいい子供たちと、無限に拡がる未来のために。


 お母様とお父様の愛があったからこそ、私たちの愛が生まれた。愛ある人生は親から子、子から孫へと受け継がれていく。いつかお腹の子も愛を知って、それを次代に繋いでいくんだろう。


 披露宴ではお父様はベロベロに酔っ払って、大泣きしたり大笑いしたり、暴れたり絡んだり、それはもう大変だった。可愛がっていた長女の結婚。どこの父親でもそうなると、普段の威厳なんて影も無くしてしまった国王を、みなが温かい目で見てくれた。


 お父様がこの結婚を本当に喜んでいるのはよく分かったし、ジルはそんなお父様のそばで、とても幸せそうに笑っていた。気後れするからと披露宴は辞退されてしまったけれど、結婚式に参列してくれた先生の実の両親も兄妹も、とても喜んでくれていた。


 先生を猶子にした子爵家は代々医者の家系で、無料医療制度確立のために頑張る先生を支えてほしいと拝む様にお願いされた。私のおかげで貴族女性にも看護師の道が拓かれたと、感謝までされてしまった。その期待を裏切らない働きをしなくては!


 誰からも祝福される中、早めに引き上げた私は、王宮のカリスマ・メイドたちに、これでもかというほど磨きあげられた。


 ジルとは何度も肌を重ねて、既に子も授かっているのに、今更なベタベタ初夜の演出が気恥しい。こんなお色気たっぷりのナイト・ドレス、どこで仕立てるのか。まだ裸の方がいやらしくないというくらいの、超が付く頑張りっぷりだ。


「待たせたね、僕の花嫁さん。ああ、すごく綺麗だな。これはマズい。歯止めが効かなくなりそうだ」


 随分と遅くになって寝室に入ってきたジルは、ベッドの上にちょこんと座って彼を待っていた私を見て、少しだけ頬を赤らめた。せっかくの支度だからと、寝ないで彼を待っていたのだけれど、いかにもやる気満々みたいで急に恥ずかしくなった。


「お父様はどうでした?」


「大丈夫。君をくれぐれもよろしく頼むと。土下座されたのには、正直参ったけれど」


「ええっ! お父様が? てっきりまだ怒ってて、色々とゴネていると思っていたのに」


 私がそう言うと、ジルは私のそばに腰掛けて、私の目頭にチュッと軽くキスをした。


「そりゃ怒るさ。こんなに美しい娘を僕なんかにくれるんだ。カルロスには本当に申し訳ない」


「あら、お父様は昔から私が頭痛のタネだったの。厄介者が片付いて、実はホッとしてるわ」


「はは。カルロスもティナにかかったら形無しだな」


「お父様も少しは大人になっていただかないと。だって、おじいちゃんになるんですものね」


「この子が生まれたら、僕は本当に殺されそうだな」


 ジルの手が優しく私の下腹部を撫でて、その手が少しずつ移動していく。彼の熱い指が触れた場所から、私の全身に欲望の焔が点っていった。


「僕の愛しい奥さん、君は永遠に僕のものだ。愛してる。共に生きて欲しい」


「私の大切な旦那様。不束者ですが、末永くよろしくお願いします」


「こちらこそ。僕の愛は濃いし、夜はしつこいぞ。覚悟はいいかい?」


「もちろん。子どもは最低でも十人よ! お母様たちの記録を塗り替えましょう」


「それはすごいな。努力するよ」


「期待してるわ」


 私たちは微笑みあって、情熱の赴くままにシーツの波に身を投げた。


 彼と初めて結ばれたときには、こんな日が来るとは思えなかった。それでも、彼に触れられるときめきは、いつまでも色褪せないと断言できる。


 遠回りしたけれど、私たちは無事に結ばれた。超が付く歳の差も、果てしない身分差も、愛の前には消えてしまう。最後には強い恋心が運命に打ち勝ったのだ。


 もし恋に悩んでいる人に勇気を与えることができるなら、私は喜んでこの恋の物語を語ろう。この話がやがてこの国のおとぎ話になるまで、何度でも何度でも、繰り返し繰り返し。


 それは王女がその身を焦がした恋の物語。そして、彼女が愛して結ばれた男は、二十五歳年上の平民だったのだと。



 ― 完 ―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋愛指南役は平民出身宮廷医~年齢差25歳!王女が焦がれた身分違いの恋はポートワイン味のキスで酔わされて~ 日置 槐 @hioki-enju

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ