49. 自分の力で生きる

「陛下には、格別のご高配を賜り……」


「堅苦しい挨拶はいい。お前のためじゃない。ティナのためだ!」


「十分承知しております。義父上の寛大な御心に、深く感謝を……」


「黙れ! 今度、俺をそう呼んだら、即離縁だからな。誰が父だ。ふざけるなっ」


 私たちが再会した二ヶ月後、予定通り王都の神殿で結婚式が執り行われた。先生は婿として王族に迎えられたけれど、私たちの希望で身分は平民としてもらった。


 大国の第一王女の隣国平民への降嫁。多くの障害を乗り越えた大恋愛の末の年の差婚。聞く者の目には、まるで夢物語のようにロマンチックに映ったらしい。私たちの結婚は、熱狂的な歓迎をもって国民に受け入れられた。


 私事として執り行われた結婚式は、家族とごく親しいものたちだけの式典だった。それにも関わらず、大勢の民衆が幸せなカップルを見ようと神殿に詰めかけた。みなの期待に応えるようにとの王命で、急遽、馬車によるパレードが行われたくらいだった。


 あれが私の王族としての最後の仕事。もう、民衆の前で手を振るようなことはない。これからの私は、街頭から王族を見上げる立場に。民衆側の人間になる。


「私ではティナ様の夫には不足でしょう。それでも、お気に召していただけるよう懸命に……」


「うるさいっ。お前が気に入らないんじゃないんだよ。娘婿を憎まない父親がいるか! 手中の珠を盗み出しやがって」


「申し訳ありません。お怒りは重々に……」


「いいから、放っておいてくれ! お前も子を持てば分かる」


「それでしたら、既に恵まれました。ごく初期ですが血液検査で……」


 ジルがそう言った瞬間、私は緊張で忘れていた吐き気を催して、口を押さえた。お母様が急いでタオルを当ててくれたけれど、吐くことはなかった。


「ティナ、あなた、赤ちゃんができたの?」


「はい、そろそろ七週に」


「処刑だ! 今すぐコイツを絞首刑にするっ」


 私の体を気遣って、背中をさすってくれるお母様と、真っ赤になって怒鳴り散らすお父様。それを笑いながら見ている王太子夫妻。弟妹たちは、初めて見るお父様のぶっ飛んだ態度に、目を丸くしている。


「カル、言い過ぎよ。ティナの子は、私たちの初孫なのよ」


「分かっている! だが、ティナはまだ十八だ。若すぎるだろうがっ」


「結婚しているんですもの、いつ子供ができてもおかしくないでしょう」


「父上、私は母上が十七歳で身篭った子だと聞いていますが」


「ええ、そうよ。しかも結婚前にね。お父様はまだ王太子でもなく、学生の身分だったわ」


 お母様とお兄様の強烈な援護で、お父様はぐうの音も出なくなった。そうだったんだ、お父様、手が早すぎ!


「くそっ、今日は飲むぞ! ジルベルト、一緒に来いっ。今夜は花嫁の新床には行かせん。初夜はなしだっ」

「心得ました」


 お父様とジルは、降嫁のお披露目として宴の準備ができている大広間に向かって、部屋を出ていった。二人を見送ってから、お母様がため息をついた。


「ティナ、心配しなくていいわ。先生は適当に下がらせるから」


「お父様、大丈夫でしょうか? 怒ってるのかしら?」


「まさか。平気よ。本当はお父様も嬉しいのよ。あの二人は、昔からずっと仲良しなの」


 ええ、知ってます。大聖女を守るための紳士協定。心からお母様を愛した恋敵同士で、お母様の信奉者ですものね。ニコライ伯父様も、天国で先生を祝福してくれているかしら? きっと私達の幸せを見守ってくれているはず。だって、先生には借りがあるんですもの。ね、伯父様!


 私の考えを読んだのか、お母様は優しくこう言った。


「私とお父様はね、先生に返せないくらいの恩があるの。先生がいなかったら、私たち家族の幸せはなかった。だから、一生をかけて恩返しをするつもりだったわ」


「はい。お母様とお兄様の命を救ったんでしょう。ジルから聞きました」


「そうよ。ニコライお兄様の力にもなってくれた。私たちはみんな、先生に感謝しているわ。でも、もう私たちにできることはない。先生にはティナがいるんだものね。先生を幸せにしてあげて。あなたも幸せになって」


「お母様の足元には及びませんが、私は私なりに全力で頑張ります!」


 それを聞いて、お母様は不思議そうな顔をした。


「ティナは、私よりずっと立派よ。偉いなって。とても尊敬しているわ」


「え、なぜ? どうしてですか?」


「だって、ティナは市井できちんと自分の力で生きているじゃない。それは、私が目指して、できなかったことよ」


「母上は平民になりたかったんですか? 王族じゃなくて? お父様がお嫌いだったんですか?」


 お母様の言葉に、お兄様が驚いて聞き返した。うそっ。お母様はお父様と結婚したくなかったの? 平民になりたかったの?


「いいえ。そうじゃないわ。私はいつでも、お父様に夢中だった。ただね、だからこそ、お父様を幸せにしたかったの。それには、そういう道がいいかもしれないって、そう思っていたことがあったのよ」


 お母様は微笑みながらそう言った。

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