エピローグ

魔王《少女》は勇者と親友に見守られて眠る

 ――渋谷――


 繁華街の合間を、工事用の重機が走っている。

 渋谷駅前で発生した謎の爆発事故。駅前が丸々破壊され、高層ビルも崩れかけている。

 ロータリーには謎の家が突き刺さり、山がそのまま落ちてきたように土砂が積み重なっている。


『昨夜未明に発生した渋谷爆発事故について、当局が取材をしましたが――』


 事件現場から門残払いを食らったニュースキャスターが政府に対する不満を口にしているが、知ったことではないと人々は道を行く。

山の手線の電車が走り抜けた。振動と走行音が日常を乗せて駆け抜けていく。


 そんな景色を眺める人が居た。

 駅周辺のビルの一室、窓の外からユウキが崩れた町を見下ろしていた。


 普段は会議室として使われている一室。広いガラス窓からは太陽の光が差し込んでいる。

 同じ部屋の中には、ズィーラとアイリン、そして誠も居た。


 黒羽誠と一緒に『迷宮』を出た彼らは、そのまま異世界へと戻ることを良しとしなかった。

 この世界には『迷宮病』が残っている。不可抗力ではあるが、呪いを振りまいたと言う事実がある。それを放置して逃げるような勇者は居なかった。

 すぐに厚生労働省の上役と連絡をつけると、早朝からずっと情報の交換をしていた。昼頃になり、ようやく休憩となった。


「すまないな、功労者である君たちに説明までさせてしまって」

「仕方ないよ、いきなり異世界からやってきた勇者やら呪いだらって言われても困るだろうし」


 普通なら異常者の一言で片づけられてしまうが、渋谷駅での交戦記録も残っている。


「フヒヒヒヒ、でも、魔法を見せた時の上司さんの顔は傑作だったけどね」

「ホント、あのオジサン私の胸ばっかりみて不愉快だったし、いいザマよ」


 誠の上司たちは顔に困惑を浮かべながらも、目の前の事実は否定できない。午前中いっぱいかかってしまったが、情報の交換はひとまず終わった。


「しかし、魔法学院の方から協力を申し出るとはね。あいつら研究以外に興味ないと思ってたよ」

「彼らも魔法使いとしての矜持がある、人の世界に呪いを振りまいたまま終わるなんて自分自身を許せないよ」


 『迷宮病』は呪いである。それを解くために勇者やズィーアはもちろん、異世界の賢者たちにも協力をする。

 ズィーアがこの世界に来た目的の一つも、協力を約束するためだった。


「まあ、正直この世界の権力者にどうあたりを付けようか悩んでいたからね、誠君が協力してくれて助かったよ」

「ああ、こらからもよろしく頼むぞ」


 誠が答えた時だった、会議室の脇にある内線電話が鳴動する。

 思わずアイリンが驚き、勇者に飛びつく。

 ズィーアはやれやれ、とわざとらしく首を左右にふる。


「はい、もしもし」


 誠は、気にせず電話を取った。

 

『あの、黒羽誠さんですか?』

「ああ、そうだが」

『実は、あなた宛てに請求の電話があって……今繋ぎますね』

「ああ、ありがとう」


 一旦受話器を置くと、間を置かずに再び内線電話がコールされる。

 誠が受話器を取ると、待ちかねたように電話越しから声が聞こえて来た。


『すみません、藍世町ホームセンターのものですが、先日の戦闘での被害について――』


 その街の名を聞いた時、誠の顔色が変わった。


「……えっと」

『いや、ですから黒羽さんが被害報告についてはこちらに連絡しろって言ったじゃないですか』

「あ、はい、それでしたら――」


 手帳を取り出してメモをしながら細かく指示をする。今すぐユウキたちに声をかけたい欲求を我慢して仕事をした。


◆◆◆


 通話が終わり、誠が三人に状況を告げると、皆が困惑した。


「いやだって藍世町はマナの『迷宮』だったんじゃ」

「そうだ、その筈だ。だけど、電話があった。

 『迷宮』による被害を受けて、何かあったら私に連絡するようにと信じてくれた人たちからの電話だ」


 誠は興奮した様子で一気にまくしたてる。

 彼女はつい先ほどまで、失った筈の世界からの便りを聞いていた。

 自分たちが終わったと思っていたものが、残っているかもしれないのだ。


「まさか……」


 ズィーラは光で魔法陣を描く、鏡峰家の庭に描いた、転送魔法の魔法陣だ。


「本当だ。つながったままだ」


 同時に、アイリンの尻尾がアンテナのようにピンと立つ。


「待って、魔法陣の奥からなんか来るみたいだよ!」


 魔力の波を敏感に感じ取った彼女は、即座にユウキの隣に立つ。

 ズィーアも発行しはじめた魔法陣から距離を取ると、何が来てもいいように待ち構える。


 部屋の中に金色の光が満ちる。

 魔法陣から飛び出してきたのは――


「アニキ!!」


 水色のセーラー服に、垢抜けない素朴な顔。

 ユウキ達がよく知る少女の顔だった。


「マオカ!?」

「よかった! みんな無事だったんだね」

「それはこっちの言葉だ!」


 四人はマオカに駆け寄ると、無事を確かめ合う。

 彼女の服は走り回った影響で汚れていた。細かい擦り傷はたくさんあった。

 だけど、確かに存在していた。

 触れることも、話ことも出来る。


「フヒヒ……妹君だけじゃなくて、ボクも労って欲しいかもね、ご主人様」


 マオカの足元には小さなズィーラが立っている。


「あ、ズィーラさんありがとうございます。この子のおかげでアタシもマナも助かりました」

「ホント、死ぬかと思ったよ」


 リアクタンスと激闘を繰り広げた使い魔もまた、無事に帰還することが出来た。


「うーん……どうなってるんだろう」

「記憶を返すから、早く『迷宮』に戻してくれないかな」

「ああ、そうだったね」


 ズィーラは分離していた使い魔を自身の肉体へと再び融合させる。


「なるほど、リアクタンスとの激闘にマナ君の最期の戦いがあったのか」

「あ、アタシが説明する必要なかったかな」


 ズィーラは融合によって共有された記憶を整理していく。


「その後、世界が消えるどころか、気が付いたら町が戻っていた、と言う訳か」

「ホント、マナが大げさにするからアタシも終わりかって思ったのに……」

「ちょっと待って、二人だけで納得されても俺達には分からなんだけど」


 勝手に納得する二人に、置いていかれた勇者は抗議する。


「ま、実際に見てみれば分かるよ」


 ズィーラはまだ開いている魔法陣を指さした。


◆◆◆


 魔法陣を通ると、ユウキにとっては見慣れた景色が見えた。


「うわ、うちの庭じゃん」


 鏡峰家の庭、マナの『迷宮』に入る時にズィーラが描いた魔法陣の上に転送された。

 空の色は抜けるような青空で、周囲にはしっかりと人の気配が残っている。

 隣の家からはテレビの音が聞こえる。渋谷駅で発生した事故について報じているようだった。


「ここだけじゃないよ。商店街にも学校にもみんな帰って来てる」


 町は平穏を取り戻していた。消えた筈の世界は、まだ存在し続けていた。


「うーん……ちょっと、試したいことがあるんだが、いいかな」


 ズィーラはそう言うと、返事を待たず魔法陣を再び起動させる。

 声を出すよりも先に、光がユウキ達を包み込む。


「どこに行くんだ?」

「『迷宮』の中だよ、マナ君をために進んだ『迷宮』さ」


 光が消えると、ユウキ達は誰も居ない駅に立っていた。

 空の色は『迷宮』特有の黎明と黄昏が混ざったステンドグラスの形をしている。

 ただ、探索をしていた時のような嫌らしい気配はない。


「ここって、『迷宮』の最奥」


 数々の戦いを繰り広げて辿り着いた、街の中心にある駅。

 そのベンチに、一人の少女が座っている。目を閉じ、静かにそこに居た。


「マナ!」


 マオカが駆け寄るが、少女は目を開かない。

 微かに、声が聞こえた。安心しきったような、静かな寝息は聞こえてくる。


「寝てるのかな」


 眠る少女は起きる気配がない。


「……まったく、呪いをかけられても異世界にまで逃げた魔王は、そう簡単に死なないか」


 子供のように、安心しきった顔で眠っていた。


「……そっか、色々あって疲れちゃったもんね」


 マオカはそっと髪を撫でると、そっと離れた。

 微かな寝息が聞こえてくる。その幸せそうな音色を邪魔しないように、マオカたちは帰ることにした。


◆◆◆


 全て終わった後、再びマオカたちは渋谷の街へと降り立った。

 結局、どうしてマナが死ななかったのかは分からない。

 そして、マオカが存在出来ているのか、誰にも分からなかった。


「案外、勇者君と魔王様両方の関係者だったマオカ君も、特別な誰かだったのかもね」


 その答えは誰にも分からない。ただ、マオカが存在していると言う事実だけが残っている。

 そして、事件の後始末はまだ残っていた。

 

 暫くして会議は再会された。急に人が一人増えたことについて、難しい顔をした厚生労働省の局員は何も言わなかった。


「我々たちの世界の都合を持ち込んでしまったのは事実です。協力できることは何でもします」


 深々と頭を下げるユウキたちを責める人は居なかった。

 もちろん、彼らだけではない。異世界の賢者たちも協力することを約束した。

 異世界との扉は繋がれ、秘密裏に交流ははじまった。

 異世界からの魔法の技術は、現代人によっても有用なものである。

 彼らはその鏑矢となったのだ。


◆◆◆


 ――そして、数か月後――


 とある地方の高校。

 古びた後者の前に、二つの影が立っている。

 一つは精悍な顔立ちの女性――黒羽誠のもの。

 もうひとつは――


「で、この学校に『迷宮病』の患者が居るのね」


 鏡峰マオカの姿があった。


「うむ。異世界からの魔術師が探知した、『呪い』は、この学校から発生していた」


 異世界の魔術師たちの協力の元、『迷宮病』の根絶のための戦いは続いている。

 病気はなくならない。呪いは消えない。

 そして、それに戦う術を彼女たちは持っている。


「ああ、マオカ君には学生として学校に侵入し、患者の周辺を調査してもらいたい。

 可能であれば『迷宮』が顕現する前に治療をしたい」


 果ての見えない戦いであるが、彼女たちは弱音を吐かない。

 始まりの地点にある、誰かの姿が胸に焼き付いているから。


「ま、友達の後始末なら仕方ないよね」


 今日も迷える心を救うため、彼女たちが戦い続けている。


≪了≫

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迷宮ブレイブシスター ~魔王は勇者と親友に見守られて眠る~ 狼二世 @ookaminisei

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