第13話 荷物より先に届いたもの

 佳奈ちゃんが佳織さんを呼んでから数分経ったとき、家のチャイムが鳴った。


『ぴーんぽぽぽぽぽ』


「インターフォンの音おかしくない?」


「変えられるものなんでしょうか……」


「さぁ? とりあえず出てくるね」


 業者か先輩か。どっちだろうな。カメラを見ることはせずに、くじ引き感覚で扉を開ける。


「はーい……先輩でしたか」


「むー。呼び方が戻ってる」


 扉の先にいたのは、先輩だった。どうやら走ってきたみたいで、額に少しだけ汗を流して、息を切らしている。全然、全く、これっぽっちも急ぐ必要はなかったと思うけど、何をそんなに……


「まぁ、何もないけど入ってください」


「あれ? 抵抗すると思ってたんだけどな。もしかして、意外と家に女の子を呼ぶのに慣れてるプレイボーイだったの!?」


「違います!」


 想定外とは言えども、せっかく来てもらったんだし、早く中に入ってもらおう。そう思って招き入れようとすると、何故か僕に謂れのない称号をつけてきた。なんですか? 僕がそんな人に見えますか?


「だよね~。とや君にそんなことする勇気なさそうだもん。やーい、へたれー」


 ……なんだろう少し悲しくなってきたな。別に間違ったことは言われたないけど、男として、なんか、その、プライドが……ね? わかんないか。


「うるさいです。そんなこと言ってると入れさせませんよ」


「なら帰るだけだよ。とや君はそんなに家に入ってほしくないんだ~。佳奈と二人っきりになって、何をしたいのかな?」


「何もしないです!」


 こうやって玄関外で騒いでいると、当然他の部屋の人たちにも聞こえるわけで……


「外山君どかかしたの? 修羅場ってる?」


 冷やかしの登場だ。


「なんでもないので大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」


「ほんとに? 私てっきり浮気現場を目撃したのかと思ってうきうき……じゃなくて心配して見に来たんだけど」


「全然違……」


「そうなんですよ! 私に一番大切って言っておきながら妹と付き合ってるんですよ! 酷いと思いませんか!?」


 否定しようとしたら、佳織さんの言葉に遮られた。僕のイメージが悪くなるだけだから、変なことを言うのは辞めてほしいんだけどな……しかも、今回は全く嘘を言ってないから余計質が悪い。


「あら、それはよくないわね。釣った魚を放置して他の獲物を狩るのはどうかとおもうの」


「釣ったつもりはないし、狩ったつもりもないですよ。それでは」


 面倒になってきた僕は、佳織さんの手を引っ張って、玄関に引き入れてから扉を閉める。向こう側から抗議の声が聞こえるけど、それは無視だ。


「はぁ……」


 あの人が隣人なのはかなり面倒そうだ。何かあるたびに根掘り葉掘り聞かれるんだろうな……なんて、これから起こりそうなことに辟易していると、真下から声をかけられた。……真下?


「えっと……考え込んだいるところ悪いけど、離してくれると嬉しいなー、なんて」


 少し下を見ると、佳織さんが密着したまま上目遣いで僕を見つめている。さっきかなり力強く引っ張ったからなのか、距離がかなり近くなってしまっていたようだ。


「ごめんなさい!」


 風を切る音がしそうな勢いで、後ろに後退する。故意的ではないとはいえ、お互い正常な状態でこんなにも近づいたのは初めてだった。心臓の動きが急激に早くなり、少しだけ体温が上がるのを感じる。


「むぅ……そんなに離れなくてもいいのに。そこまで嫌だったの?」


「いやっ……そういうわけじゃ……」


 嫌なわけがない。自分の意中の人と密着するのが嫌な人がいるわけないじゃないか。ただ単純に恥ずかしいだけ。それと、他の人もいるから見られたくない。


「そーですか」


 少し拗ねたような反応をして、目をつむって斜め上を向く佳織さん。そんなわかりやすく心にもない態度をとる彼女に、ついつい笑みがこぼれてしまう。こういう時は……


「えい」


ぷっくり膨らんでいるほっぺたをツンと突く。


「うにゃ!? もう……お返し!」


 かわいい声で驚いた後、僕の頬を突き返してくる。……て、長い長い! 何回やってくるんだ!


「やりましたね!」


 少し手が止まったのをいいことに、僕も佳織さんの頬を突き始める。さっきはあまり気にしなかったけど、柔らかいな。


「むーーーー!」


「このっ!!」


 正面から相手を見つめ、お互いに頬を突き合っている。傍から見るとかなり異常だろう。でも、誰にも見られることはないし、今楽しいからいいんだ。


「2人して何やってるんですか……」


 なかなか帰ってこない僕達を迎えに来た佳奈ちゃんが、呆れた顔でこっちを見ている。彼女の言葉に反応して、僕達は我に帰って距離をとる。


「えっ、あ、その……」


「ご、ごめんね。夢中になっちゃった」


「い、いえ。僕の方こそごめんなさい」


 気まずい空気になった僕達の間に沈黙が流れる。やばい……顔あっつい。叫びたくなるぐらい恥ずかしい。静寂に耐えきれなくなり、佳織さんの方を見ると、ちょうど同じタイミングでこっちを見た佳織さんと目が合って、気恥ずかしくなりまた目を逸らす。


「佳織さん、顔真っ赤ですね」


「そう言うとや君こそ」


 視線を交わさず、お互いに顔を真っ赤にしたまま会話をする。まるで付き合いたてのカップルみたいに感じられて、更に恥ずかしさが加速する。


 そんな僕達を見かねたのか、佳奈ちゃんが近くに寄って話しかけてくる。


「イチャイチャするなら2人だけのときにしてください。目の前で見せられるのは不愉快です。それと、先輩は私のものなんです。他の女に目移りしないでください」


 そう言って後ろから抱きついてくる。身体の柔らかさや、特有のいい匂いが至近距離から伝わってくる。


「あ! 佳奈だけずるい! 私も!」


 便乗して佳織さんも正面から抱きついてくる。前と後ろからの今までに感じたことのない感覚に、理性が壊れそうになる。あ、これ、無理……


「きゅう……」


 僕は顔を真っ赤にして気を失う。まぁ、なんてことはない。ただのキャパオーバーだ。今までの人生で、女性に抱きつかたことはおろか、関わりもほとんど無かった。それなのに唐突にこんなことをされたから、僕が耐えきれなくなっただけの話。いつだったか、昔もこんなことがあったよなぁ……


 ※※


「とや君!?」


 『どんな反応をするかな?』なんて軽い気持ちでとや君に抱きつくと、顔を真っ赤にして動かなくなってしまった。もしかして嫌だったのかな……もしそうなら少しだけ悲しいな。


「先輩、大丈夫ですか!?」


「とりあえずどこかに寝かせるよ」


「ならこっち!」


 彼を抱えて、佳奈に案内されるままに家の中を移動する。案内された先には何故かもう設置してあるソファーがあった。……どうして?


「とりあえずここに」


「あ、うん」


 困惑したまま、とりあえず目を覚まさない彼をねかせる。こんな時にこんなことを思うのは不謹慎かもしれないけど、かわいい寝顔だなぁ。


「どうして家具がそろっているの? まだ初日なんでしょう?」


「あぁ、それはカクカクシカジカで……」


「なるほど」


 説明されて納得がいった。必要なものは大体置いていってくれたけど、とや君の荷物はこれから届くみたいだ。次に入る人が知り合いだから家具を置いて退室するなんて……そんなことできるんだなぁ……


「これ、寝てる間に荷物が届いちゃったらどうする?」


「……どうしましょう」


 困ったな。早く起きてよ~!


 ※※


「ここは?」


 真っ暗な空間に一人で佇んでいる。妙な浮遊感を感じながらも、出口はないのかと前へ進み始める。


 しばらく進むと、光が見えてきた。これでこの妙な空間からはおさらばだ。そう思って光に向かって走り出す。


「つい……た?」


 たどり着いた先は、病院だった。嫌な予感がする。正直言って、病院にはいい思い出がないのだ。


 目の前の個室から、誰かが泣く声がする。この声には聞き覚えがある。


「母さん?」


 何があったのか確認しようと扉に手をかける。だが扉は、固く閉じて開かない。鍵でも閉まっているのか?


 さっきより少しだけ力を込めて扉を引いてみる。すると今度は簡単に開き、中の様子がおぼろげに見えるようになった。これは……昔の記憶?


 はっきりと覚えていたわけでもなければ、感覚的にわかったわけでもない。ただ、過去の僕がそこにいたからそう思っただけだ。ベッドに寝ているのは……


「ぐっ……」


 そこまで思い出そうとしたとき、拒絶するかのように頭痛に襲われ、そにまま眩しい光に飲み込まれた。飲まれる直前、ベッドの上の彼女が何か言っていた気がするけど、その言葉を今の僕は覚えていない。


 ※※


「眩しい」


 電球の光にあてられ、目を覚ます。何か懐かしい夢を見ていたような、そんな感じがする。でも、内容は全く覚えていない。


「起きたの? 大丈夫?」


「痛いところとかは」


 目を覚ました僕に、美月姉妹が寄ってくる。心配してくれるのはうれしいけど、倒れた原因が原因だけに、少し身構えてしまう。


「大丈夫、安心して。耐性がなかっただけだから」


 その説明に2人は首をかしげていたけど、詳しく説明するつもりはない。自分から言うのは恥ずかしいからね。

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貴女が笑顔で昇るまで ハルノエル @harueru

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