第12話 いざ、引っ越しの時

「多分ここですね。着きましたよ」


 佳奈ちゃんに案内され、おそらく家であろう場所に辿り着く。僕一人だと永遠にたどり着けなかっただろうな。ありがたい限りだ。ほんと、情けない先輩だこと。


「ありがとう。迷惑かけちゃってごめんね。このお礼はまたいつか」


 ひとまず謝っておく。佳奈ちゃんのことだから、『大丈夫ですよ』なんて言ってくれると思うけど、迷惑をかけてしまったのは事実だし、そうしないと気がすまないから。


「いえ、迷惑だなんてそんな。私がやりたかっただけなので。全然大丈夫ですよ」


 ほらね。予想通り。


「僕が迷惑かけたと思ったから言ってるだけだし、そんなに気にしないで。それじゃ、またね」


 僕は部屋に向けて階段を登り始める。そして、その後ろを佳奈ちゃんがついてくる。……どうして? 案内してもらって何もしないのは確かに気が引けるんだけど、今は家に何もないからできることがない。それに、そろそろ荷物も届くだろうから、できれば帰っててもらいたいんだけど……


「帰らないの?」


 前を向いたまま、後ろにぴったり張り付いている佳奈ちゃんに声をかける。距離が近くないですか?


「せっかくなのでお手伝いしようかと思いまして」


「そこまでしなくてもいいよ。案内してもらっただけで十分。後は全部僕と業者の人でやるから」


 これ以上やってもらうのは本当に申し訳ない。力仕事にもなるし、そもそも手伝ってもらわなきゃいけないほど荷物があるわけじゃない。僕の私物は少ないから。それに……見られたくないものもあるからね……


「いえ、ここまで来たんです。何と言われようと絶対に手伝わさせてもらいます」


「なんでそんなにやる気なのさ……」


「なんでって言われましても……先輩の役に立ちたいからですかね。こういう些細なところでも、好感度アップを狙っていきますよ」


「それ、僕に行ったら意味無いでしょ」


「いえ、別にいいんですよ。さっきも言った通り、これからアピールしていくって決めたので」


 あれは本気だったのか。それにしても、僕からの好感度を上げて何になるのかねぇ……あんまり意味ないと思うんだけど。


 その後も、軽く言葉をかけ合いながら階段をのぼり、なんだかんだ部屋の前についた。


「ほんとに来る気?」


 結局、佳奈ちゃんは帰ることなく部屋の前までついてきた。


「当たり前です。ここまで来たのに『帰ってくれ』なんて言うつもりですか?」


 本音を言えば、帰ってほしい。見られたくないものがあるし、僕のために時間を使わせてしまうのが申し訳ない。それと何より、女の子と2人きりで引っ越し作業をするというのは、同棲する時の引っ越しみたいで少しばかり恥ずかしいから。


「言ったら帰るの? なら、帰って」


「先輩はそんなに私と別れたいんですか? 私を帰して他の人を連れ込むなんて……」


「うん。別に帰らなくてもいいから、誤解を招きそうな発言は辞めようか。引っ越し業者の人が家に入るだけでしょ」


「わかりました。では、おじゃましますね」


 軽い抵抗もむなしく、家に上げることになった。はぁ……見られたらまずい荷物を見られないようにしないと。……って待てよ? 荷物の選別は僕はやってないから、母さんが全部やって……いや、やめよう。まだ家にあるか、父さんがやってくれたんだと信じよう。うん。


 変なことで少しどよんとしてしまったな。ずっと外にいるのもなんだし、とりあえず鍵を開けて中に入ろう。この部屋の鍵は……そういえば貰ってないな。貰いに行かなきゃ。


「先輩、開けましたよ。早く入りましょう」


「あ、ありがとう。……なんで鍵を持ってるの?」


 おかしい。いつの間に貰っていたんだ? そもそも、なんで家主じゃないのに鍵を受け取ってるんだ。せめて僕に一言言ってからにしてほしいね。怖いから。


「大家さんが『忘れてるみたいだから彼女さんに』って渡してくれました」


 なんで僕じゃなくて佳奈ちゃんを呼び止めるのかなぁ……一緒に住むとでも思われたのか? 彼女さんって言われたらしいし、ありえるか。


「そうなんだ。まぁ、受け取ってくれてありがとう。でも鍵は返してね」


「あっ! むぅ……」


 ひょい。と、彼女の手から鍵を取り上げる。軽い抗議の声が上がるけど、そんなものは無視。僕の家なんだから僕が鍵を持つのは当然でしょ。


「ほら、入るなら早く入りなよ。5秒以内に入ってこなかったら閉め出すから」


「5〜……早っ」


 1秒も経たないうちに、玄関に足を踏み入れてきて、その勢いのままこっちに近寄ってくる。そして頭が目の前に迫ってきて……


「うえあっ!? ちょっと!」


 ぶつかる! そう思った時にはもう遅かった。佳奈ちゃんが勢いよくぶつかってきて、僕は情けない声を上げて倒れた。


「先輩、大丈夫ですか?」


 佳奈ちゃんが僕の上に乗ったまま顔をのぞき込んでくる。この状況は非常にまずい。なにがまずいって、ドアが開いてるのもそうだけど、体制がかなりまずい事になっている。こんなところを誰かに見られたら……


「あら、2人の家に帰って我慢できなくなったのかもしれないけど、ドアは閉めた方がいいんじゃないかしら?」


 遅かったか……


「い、いえ! そんなんじゃないので大丈夫です。でも、ドアは閉めさせて貰いますね」


 さっきまでの姿勢はどこへやら、顔を真っ赤にして動かなくなった佳奈ちゃんを横に退けて、開きっぱなしの扉を閉めに行く。


「お見苦しい所をお見せしました」


「いえいえ。仲がいいのはいいことですよ。ただ、声は抑えてくださいね?」


「なんのことでしょう」


 何が言いたいかはわかっているけど、適当にスルーする。初対面の人とこんな話を広げたくない。


「わかってるくせに。そんなに初なわけでもないでしょう? ……まぁいいわ。私は隣の部屋の多摩川よ。これからよろしくね」


「今日越してきた外山です。よろしくお願いします。それでは」


「ええ、また会いましょう。困ったら訪ねてきていいからね」


 予期せぬところで隣人との挨拶を済ませた後、部屋のドアを閉めて改めて中を見渡す。本当に家具一式が揃っていて、確かに誰かが住んでいた痕跡がある。


「先輩……本当にこの部屋なんですか? 初めから色々物が置いてあるんですが……」


「大丈夫。この部屋で合ってるよ。家具ごと譲ってもらっただけだから、色々残ってるんだ。ありがたいよね」


「家具一式を譲ってくれるなんて……そんな優しい方もいるんですね」


「全部買い替えるから、要らないものを押し付けられたって伝えられたけどね」


 まぁ、それがただの建前だというのはわかっている。替えるのは本当なんだろうけど、全部要らないものってことはないと思うから、多分かなりオマケしてくれている。


「そうなんですか。これなら、誰かと過ごすことになっても安心ですね」


「いや、ここは僕一人の家なんだけど。誰と過ごすっていうのさ」


「もちろん私ですよ。どうしてもって言うなら、お姉ちゃんも一緒でいいです。今から連絡しましょうか?」


 うん。なんとなくわかってた。揶揄っているだけなんだろうけど、本気で言ってる感じも少しする。相変わらずわからないなぁ……


「はいはい。程々にね。学校にいるのに連絡するのは迷惑だと思うから、呼ばなくてもいいよ」


「わかりました」


「わかったならその手に持ってるものを降ろさない?」


「はーい」


 佳奈ちゃんが近くにあった棚にスマホを置いた後、すぐに電話が鳴った。なんとも間が悪い……


「お姉ちゃんどうしたの?」


「うん。まだ帰ってないよ」


 どうやら電話の相手は佳織さんみたいだ。この時間ならまだ部活中だと思うんだけど……休んだのか?


「先輩の家だけど」


「え!? それはちょっと……はい。わかりました」


 話がついたみたい。最後の方ちょっと不穏な空気を感じたんだけど……大丈夫かな? 一抹の不安を感じながら、佳奈ちゃんが喋りだすのを待つ


「すいません。お姉ちゃん、来るそうです」


「……は?」


 波乱はまだまだ終わりそうにない。

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