第11話 先輩は私のです

 「それで? 好きなのはわかってるけど、私と話してるだけで嫉妬するほど重い感じだったの?」


 何事もなかったかのように話を進めてくる麗奈に、少しイラっとした。まぁ、誰も何も悪くないんだけど。私の気持ちの問題だし。


「うるさい……麗奈なんか知らない……」


「さっきのはごめんって~。盗らないって約束したじゃん。それで許してくれない?」


「そこじゃないよ」


「およ? なら……連絡先交換したこと?」


「当たり前じゃん!」


 それ以外に何があるというのか。私も交換しているけど、それは彼女という肩書きがあるからで、この繋がりはかなり細くて薄いものだ。いつなくなるかわからない。少しでも長くこの関係を続けたい。だから些細なことでも、今の関係を脅かされそうで怖い。


 なんて説明ができたら楽なんだけど、そうすると本当の恋人じゃないってバレてしまう。そうなると、麗奈も先輩を狙いに行ってしまうかもしれない。ただでさえお姉ちゃんという最強の敵がいるんだから、これ以上敵は増やせない。


 私から見ても麗奈はかわいいと思う。それに、さっきの感じを見るに2人はかなり息が合いそうだ。こうやって牽制しておかないと、外から掻っ攫われてしまうと思う。それだけは絶対に嫌だ。


「ごめんって。でも、仲良くなりたいって思うのは悪いことじゃないでしょ?」


「そうだけどさぁ……仲良くなったら麗奈が先輩のこと好きになるかもしれないじゃん」


「無い……とは言い切れないからなんともねぇ……私も私でチョロい方だしね」


「絶対辞めてよ。友達と取り合いなんてしたくないからね」


「大丈夫だって。ところで、先輩が女の人と話してると、どう思うの?」


「ムッとするかな。それで、後でいっぱい話しかけようって思う。あと、笑顔を私以外に向けてると『それは私だけに向けてほしいな』とかは思うかな」


 そこまで言うと、麗奈が驚いたような顔をしていた。何? 好きな人のことをこうやって思うのは悪いこと? それに、言いたいことはまだまだあった。私の気持ちはこんなものじゃないんだから。


「あの佳奈が……誰にも興味なさそうだった佳奈が、こんなに誰かのことを想うなんて……」


「母親みたいなこと言わないで。それに、興味が無かったんじゃなくて、周りにいない人のことを気にしても仕方ないと思ってただけ」


「あんまり変わらないと思うけどなぁ……まぁいいや。考え方や感じ方なんて人それぞれだしね」


 勝手に納得してる麗奈を横目に、先輩のことを考える。今は何をしているんだろう。もう家に帰った頃かな。いま連絡したら返してくれるのかな?


 思い立ったら即行動。スマホを取り出してメッセージを送る。


『今大丈夫ですか?』


 それだけ送って、通知をつける。そして再度麗奈の方を見ると、呆れたような顔をしてこっちを見ている。あ、ため息つかれた。そんな態度の彼女に抗議の目線を向ける。まったく、失礼だなぁ。


「そんな目で見られてもねぇ。隣で幸せそ~にメッセージ送ってるんだもん。私からしたら当てつけよ。当てつけ。いいですねぇ、彼氏がいる人は」


「なら作ればいいでしょ。麗奈ならすぐできると思うけど?」


 中学の頃からよく告白されてたし、その気になればすぐ相手を見つけれるはずだ。


「そんな適当に決めた人じゃダメなんだよねぇ。やっぱり、気が合う人なのが一番だからさ。その点彼氏先輩は良かったんだけどなぁ」


 譲ってくれない? と、こっちを見てくる。


「はいはい」


 さっきの一瞬で気が合うかどうかを判別したのか。それも結構適当じゃない? なんて思いながら軽く流す。人の基準にとやかく言うつもりはないからね。


『ブー』


 はっきり言ってくだらない会話をしていると、メッセージが返ってきた。なになに?


『大丈夫だけど、道に迷ってる』


 その返信に、クスッと笑いが溢れる。いつも通り帰れば迷うことはないはずなのに、案外ドジなところもあるんだな。


『大丈夫ですか? 今どこに?』


 なんとなく聞いてみる。私の知ってる場所なら、案内できるかもしれないから。


『今ここ……って言ってもわからないんじゃない?』


 送られてきた座標を見ると、明らかに見覚えのある風景が添付されていた。そこ……私の家の近くだ。もしかして、先輩の家はかなり近かったりするのかな?


『その辺りなら案内できますよ。今から合流しますか?』


 とりあえず、提案だけしてみる。場合によっては麗奈とはここでお別れだ。後ろで騒いでるなんかうるさい人にも伝えとかないとね。何も言わずにいなくなるわけにはいかないから。


「麗奈。先輩からの連絡によってはここでお別れだから。よろしく」


「待って待ってわからない。急すぎる待って」


 家に向かって歩く足を止め、先輩からの連絡を待つ。……来ないな。やっぱり案内はいらなかったかな? それならそれで安心だけど。


「あ、来た」


「私にも見せて!」


 後ろから麗奈が覗いてくる。重いんだけど……


『お願いできるかな? 少し頑張ってみたけど、元の場所に帰ってきちゃった』


『了解です。今いる場所で待っていてください』


 そう言うと、先輩の現在の位置情報がアプリで送られてきた。これを使えば先輩の動向が丸分かり……いつでも先輩に会いに……いやいや! 先輩は私を信用して送ってくれたんだし、悪用はしちゃ駄目!


「まぁ、そういうことだから。じゃあね〜」


 麗奈からの返答を待たずに、私は走り出した。待っててくださいね。先輩!


 ※※※


 2人と別れてからというもの、僕は新居に向かって歩いていた。アプリを見ながらだから、流石に迷うようなことはないだろう。……なーんて、思ってたんだけどなぁ……


「ここは……どこだ?」


 普通に迷った。地図アプリを見ながら迷うって、僕はそんなに方向音痴だったのか……自分に軽く戦慄する。ここから入れる保険があるのか、少し考えよう。まずはアプリ。これは今失敗してる最中だから論外。一考の余地もない。次の案は近くにいる誰かに聞くことだけど、周りを見ても誰一人いない。どうしようか……


「うん?」


 困っていると、佳奈ちゃんからメッセージが飛んできた。どうやら案内してくれるらしい。ありがたいけど、申し訳ないな。もうちょっとだけ頑張ってみて、だめだったらお願いしよう。


 スマホを片手に、もう一度歩き出す。数分歩くも、結局どこにいけばいいかわからない。仕方ないか。位置情報アプリのリンクを送って、現在地を動かずに待つ。


「お待たせしました!」


 数分待つと、佳奈ちゃんが息を切らせながらやってきた。そんなに急ぐようなことじゃないだけどなぁ。


「走ってきたの? そんなに急がなくてもよかったのに」


「いえ。先輩を待たせるわけにはいきませんので。どこへ行くんですか?」


「ここだよ。せっかく来てもらって悪いんだけど、かなり近くだね」


 スマホで位置情報を示して佳奈ちゃんに見せる。ほんと、なんでこんな所で迷ってるんだ? 改めて見るとそこまで複雑でもないし……方向音痴って怖ぁ……


「やっぱり、そこなら私の家と近いですね。すぐに着きますよ。行きましょう」


「あ、うん」


 位置を確認するなり、佳奈ちゃんが先行して歩いていく。凄いな。このへんの地形を完璧に覚えてるみたい。


「先輩の家って近くにあったんですね。知りませんでした」


「今日からこっちの方に住む事になるんだ。だから、元々近かったわけじゃないよ」


「あ、だから今日は部活に行かなかったんですね。お姉ちゃんが心配してましたよ」


 そう言われ、今になって連絡が来ていたことを思い出す。急いでアプリを確認しようとすると……


「84件!?」


 アイコンの右上に、大量の通知が表示された。さっきはそんなに来てなかったはずなんだけど……佳奈ちゃんを待ってる間にどんな連絡が……


『今日はどうしたの?』


『何かあった?』


『おーい』


『来てくれないと寂しいよー><』


『辞めたわけじゃないよね? 勝手に辞めるのは許さないよ?』


 こんな感じの連絡が続いていた。とりあえずなんか返しとかないといけないな……


『用事があって先に帰ってるだけです。連絡を忘れてたのは……すいません』


 これでよし。後で言っとかないといけないかな。心配してくれるのは嬉しいけど、この量はちょっと怖いって。


「お姉ちゃん……どれだけ送ってるんですか。先輩は私のなのに……」


「佳奈ちゃんの物でもないよ」


「いえ、先輩は私のものです。これから教え込んであげます。なので」


『覚悟しておいてください』


 耳元でそう囁く彼女は、妙に色っぽく感じた。これから何をされるのだろうか。期待もあるけど怖くもある。1つだけわかることは、今まで以上の行動を起こしてくるということだけだった。

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