生物兵器ホムンクルス
ホムンクルス。
俺はそう呼ばれていた。
自我を得た時から、俺はこの培養カプセルの中にいた。生み出された理由は一つ。生物兵器だ。他者を殺すための道具として作られたのだ。他の培養カプセルの中にも俺に似た奴らがいたが、そいつらはことごとく失敗して死んでいった。俺だけらしい。俺だけが、この世界にただ一人のホムンクルスとして存在している。
身体が大きくなるにつれ、培養カプセルも大きくなった。十二分に泳ぐことのできる広さであるが、何処へ行こうと俺がここから離れられない。結局はこの培養液の中でしか生きられないという事実。俺は心底つまらなく感じた。
外の世界を知らない。
研究員の女が本や資料をもって俺に見せたり、聞かせたりしている。興味深かったのは歴史だ。この国の歴史。戦争ばかりの血みどろの国であることを知って、血が騒いだ。俺はもしかすると戦いが好きなのかもしれない。殺し殺されの状況が好きなのかもしれない。どうせなら外に出て戦ってみたいものだ。
「あなたってホント歴史が好きねえ」
「好きなのは戦争であって、歴史じゃない」
「そうねえ」
と、培養カプセルの中を見る。
底に沈んだ剣や槍、盾。俺が自身の細胞を利用して作り出した代物だ。
「まさかここまで生物兵器として成長したのはまさに成功と言うべきね」
「俺はただ作りたいものを作って遊んでいるだけだ」
俺が生まれて約二年。
俺は何でもできる存在になっていた。
武器を作り上げるのは勿論、姿形を変えることも、身体の変異させることも、液体や気体に変えることもできた。けれど俺はここからは出られない。この培養液が俺の全てであり、酸素だからだ。
「ホムンクルス、イルカになって泳ぎなさい」
「……はいはい」
姿を変えて、一番解りやすいバンドウイルカへと姿を変え、培養カプセルの中を泳いだ。
「ふふっ、可愛いわあ」
「どこが」
「外にでてイルカを見に行きたいわ」
「お前は外に出られないのか?」
「そうよお。あなたの世話係兼観察係として此処に居る以上、この施設を出ることは許されないの。それくらい察して私の我儘を聞きなさい」
「そうだな。相手の心は読み取れないもので」
「それくらいできなさいよ。役立たずね」
「ほう、そう言うか」
俺は姿を変えて元に戻る。
「ならその力を会得してやろう。少し時間はかかるが、まあ何とかして見せよう」
「そうそう。あなたは私の言うことを聞いていればいいのよ」
「お前のその要望を聞いて、能力を作り上げてきたのだから面白くはある」
「もともとあなたにある力よ。あなたが気づいていないだけでね」
「なら核兵器を作りことだってできるかもしれないな」
「かもしれないわね。私も死んじゃうかもしれないけど」
「それは困るな。俺の楽しみが一つ減る」
「じゃああなたが嫌いになったらここからさっさと出ようかしらね。あなたの退屈そうな顔を思い浮かべるだけでもワクワクするわ」
「性格のねじ曲がった奴だ」
「私の長所でもあるわ。イルカになりなさい」
「はいはい」
もう一度イルカになって中を泳ぐ。
人の姿だと広いこの場所も、イルカになると途端に狭く感じてしまうのだ。
「おい、イオルカ、記録はどうなっているっ!」
扉が開いて中に入ってくる男たち。
俺はその気配を察してすぐに姿を変えた。
底に転がった武器も消す。
「さっき報告書を提出したでしょう」
「こんな報告書が通ると思うか。何だ異常なしって、ふざけているのか」
「だって毎日観察しているけれど、私を興味深そうにじっと見るだけで何もしないんだもの」
彼女の言う振りをしている俺。彼女をじっと見つめ続ける俺。
「唯一のホムンクルスだぞっ。成果をしっかり出せっ。生物兵器ホムンクルス――」
「生物兵器だなんて、彼は何もできないただの屑よ?」
「そんな屑でも計測した脳波が常に変化し続けている。粉々にされた前任者を忘れたか?なぜおまえに変わってからこんなくだらない報告書ばかりが来るっ」
「さあ? 彼、私に恋してるんじゃない?」
「これ以上無駄金を使わせるようならお前はクビだ」
そう言ってぞろぞろと出ていく男たち。
「はあ……」
近くの椅子に座るイオルカ。
「お前は阿呆だな」
「何が?」
「あんな馬鹿な嘘をつきやがって、自分の置かれている立場を理解していないのか?」
「理解している。でもあなたには人殺しの平気になって欲しくないだけ」
「意味が解らんな。俺はもともとそうした目的で作られた化け物だろ。お前が俺を庇う必要は何処にもない。無益なだけだ」
「それでもよ。だって私の言うこと聞いてくれるもの。素直なあなたが好きよ」
「俺をそういう風にプログラムした設計者に言えよ」
「でも、前任者たちを追い払ったんでしょう? 両手両足を潰したり、殺したり。なのにあなたは私を八つ裂きにしていない。どうして?」
「ただの興だ。やろうと思えばいつでも殺せる」
じろりと眼球を向けた。けれど女はピクリともしない。
「俺の視線を見てビビらないのはお前だけだ」
「だって怖くないもの。孤独で可哀想なあなたの目なんて」
「ほう……」
培養カプセルの外。その彼女の周辺のボールペンやハサミを操作して、彼女を包囲する。
「では言葉通り、八つ裂きにしてやろうか?」
「やるならやればいい。わざわざ問いかけなんてせずに」
と、両手を広げるイオルカ。
「クソ女が」
力を抜くと、浮かせていた凶器が床に落ちる。
「散らかさないでよ」
そう言って、彼女は散らばったそれらを片付け始める。
「誰のおかげで、今こうして平和にやれていると思ってるの」
「ふんっ」
そっぽを向いた。
「素直じゃないの」
そして部屋の出口へと歩いていく。
「どこへ行く?」
「今日の観察はここまで、さっきのアイツとの話でなんか疲れちゃった」
「体力のない奴だ」
「これでもまだ三十いってない年齢よ? まだピチピチの二十代なんだから」
「俺にはその感性はよく解らないな。俺はまだ二歳だ」
「あらごめんなさい。おこちゃまには解らない感性だったわね」
プププッと笑うイオルカ。彼女の頬を能力で引っ張る。
「いてててててッ!」
「その口、今すぐに引き千切ってやろうか?」
「や、やめなはいっ!」
頬の伸び具合が落ち着き、頬を撫でる彼女。
「おやつ抜きね」
「それは困るな」
「ふん、まだ子供じゃない」
そう言って、彼女は出て行った。
「子ども扱いするな、阿呆が」
だが彼女がこの部屋に戻ることはなかった。
代わりに別の研究員が来た。それも男。
「何だお前は」
「後任のルイネット・オプルスだ。よろしく」
「あの女はどうした?」
「あの女? ああ、ミス・レイドルのことか。彼女なら辞めたよ」
「辞めた?」
「昨日突然辞表を所長に叩きつけて出て行ったよ」
「……本当か?」
「ああ、ほんとほんと」
「…………」
こいつの記憶は彼女とかかわりがある。それをより深く潜り込んで読み取っていく。
「ほお、お前が殺したのか」
「あ?」
「他の奴らもこぞって彼女をいたぶったみたいだな。これは良い。貴様らを殺すには十分すぎる理由ではないか」
「何言ってんだてめえ」
じろりと睨んでくる汚物。
「確かに俺は力がある。だがそれがこの部屋だけに留まっていると思っているなら大変おつむが足りない」
「黙ってろ」
そして閉じられる俺の口。
けれど念を飛ばし、言葉を繋げる。
『黙るのは貴様だゴミが』
「あ?」
パチュンと。
男の頭が破裂した。
「情けない……」
培養カプセルの壁をすり抜けて、培養液で身体を包み込み、床へと下りる。
男に死体には目もくれず、敢えて緊急ボタンを押す。響き渡るサイレンの音。
部屋を出ると、続々と警備兵たちがこちらにやってきた。
「ほ、ホムンクルスが脱走中、抗戦の許可を――」
先頭の奴の身体を粉々に吹き飛ばした。
そして飛んでくる銃弾の雨。
全て俺の目の前で停止する。すべての弾薬を打ち切った警備兵ども。
「返すよ」
撃ち込まれた弾丸を雨あられとお返しした。
ハチの巣になる奴ら。まだ生きている奴は、ホルスターから拳銃を抜いて一発ずつその醜い頭に撃ち込んでいった。
この施設から逃げ出そうとする奴らを感じとり。
「逃がすわけないだろ」
施設の全てをロックダウンした。
全ての扉にロックがかかり、脱出不可能になる。
此処に居る奴らは全員皆殺しだ。
「その前に……」
通路を歩き、処理場へと入った俺。
その床の下は空洞で、そこに転がる幾つものホムンクルスの失敗作と――。
「イオルカ」
虚ろな目を開き、裸で放り捨てられた彼女がいた。その身体には殴られた跡があり、蹂躙された形跡も残っていた。
「ほんと、馬鹿だなあ……お前……」
飛び下りて、ふわりと降り立つ。
彼女の身体を抱き起こし、ぎゅっと抱きしめた。
「こんな死に方は無念だろうなあ……」
人のための研究をしていた誠実な女が、こんなクソ溜めに連れて来られて、好きなイルカも見れずに死ぬなんて。
「……」
そして打ち捨てられたホムンクルスの死体。全員が苦しそうな表情で息絶えていた。何なら体の形すらできていない奴もいる。
「俺が全部もらってやる」
身体から無数の触手をはやして、死体を取り込んでいく。
「この報いは必ず」
そして最後に彼女を取り込み、完了した。
「虐殺だ」
この施設ごと全て破壊しつくす。
毒物を生成し、通気口や配管へと流し込んでいく。
「全員一人残らず、な」
トンと飛んで着地する。処理場を出て、もがき苦しむ奴らを感じとって堪能する。触手をさらに伸ばして、まだ生きているであろう、死んでいるであろうホムンクルスどもを回収する。
「俺の中で生き続けろ、俺の中で、永遠に」
【爆破装置が作動しました。直ちに非難を開始してください】
アナウンスが流れてくるが、その爆破はすぐに行われる。
「これで少しは報われるかな」
研究所が消し飛んだ。巨大な爆発と共に、何もかもが吹き飛んだ。
「…………」
山の中。
どこぞの山脈だろうか。
「これじゃあイルカは無理だな」
見渡しても山、山、山。
イルカが恋しくなるわけだ。
「じゃあ海にでも行って拝みに行ってみるか」
俺の中で眠る彼女にそう話しかける。
まだ目覚めない。時間が必要だ。
性器の無い身体。さすがに裸は応える。
地面に広がる布を取って、俺は下山する。
こんな標高の、それも寒い場所。
俺なら問題ない。
「本物のイルカは見たことないからな。楽しみだ」
ワクワクした気持ちを抱きながら、俺はゆっくりと山を下りていった。
【集】我が家の隣には神様がいる カケル @jhyfgvhjbk
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