好きになる瞬間

@tudaumetarou

第1話

ただの友達、ただの幼馴染だとだと思っていた人が好きな人になる瞬間をあなたは感じたことがありますか?


 夏の暑い日、その高校ではサッカー部員たちが練習に励んでいた。期待の新人の1年生孝明はその中でも一際、目立つプレーを見せている。ベンチにはそれを見守る女子高生が1人いた。サッカー部マネージャーの園子だ。園子は孝明の家の隣に住んでおり、園子と孝明は幼稚園に入る前からの幼馴染なのだ。親同士も仲が良く、正直距離が近すぎるくらいだ。中学校に上がるまで2人でお風呂に入ったり、目の前で平気で着替えたりしていた。孝明は今だに目の前で服を脱いだり、男同士でするような下品な話を笑いながらしたりする。園子は孝明のデリカシーのなさ、無神経さに怒るというより呆れていた。向こうはおそらく自分のことを双子の妹か姉だと思っているのだろう。だが自分も孝明を双子の弟か兄だと思っている。互いのことを異性だと思ったことなどない。それにも関わらず、よく学校や出先でカップルに間違われることに違和感を覚えていた。


「あんなサッカーばかりやっていて彼女なんてできるのかなあ」


 園子は呟いた。


「今、なんて言ったの?」


 クラスメイトの桜だった。桜は弓道部のエースとして期待される美人な生徒だ。園子とは地域クラブで知り合い、小学校中学校は違えども、園子にとって孝明の次に共に過ごしてきた時間の長い友人だった。


園子「あれ?桜、どうしたの?弓道部は?」


桜「飲み物持ってきたよ。これは孝明くんに」


桜は園子に2本、ペットボトルジュースを渡して園子の隣に座った。


園子「ありがとう。練習終わったら渡しておくね」


桜「孝明くん、今日もかっこいいね」


園子「そうかなあ、私にはよくわからない」


 本心だった。桜と孝明は知り合いではなかったため、高校を機に紹介したが桜は孝明のことをかっこいいとよく言っている。しかし、あまりに小さいころから知っているため、いくら周りがかっこいいと言っても自分からは双子の男の子にしか見えない。だが、孝明に恋人や婚約者、パートナーができたことを想像すると不思議な気持ちになった。決してネガティブな気持ちではない。だが、ポジティブな気持ちでもない。ただただ不思議な気持ちだった。


桜「二人で旅行とか行ってるんでしょ?」


園子「うん、夏休みと冬休みにいつも旅館とか行くんだ」


桜「部屋は?部屋は1つなの?部屋は1つなの?」


桜はからかうように聞いた。


園子「1つだよ。それでも中に仕切りおくし…」


桜「わあー!やっぱり好きなんでしょ?」


園子「好きって、昔からの友達とか…。兄弟的な意味だったら」


桜「そうじゃなくてさあー。孝明くんかっこいいでしょ?」


園子「かっこいいかな…?」


桜「ほら今も見て見てあれ!」


 孝明がオーバーヘッドキックでゴールを決めて周囲を驚かせている。すごいとは思うがあれを見て恋をするかと言われたら、そんなはずない。孝明はただの幼馴染だ。友達や幼馴染という評価から何かをきっかけに恋愛対象になることなどありえるだろうか。


 次の瞬間だった。


 ものすごい勢いでサッカーボールが飛んできた。園子の方へだ。普段、運動をしない園子は動けなかった。


パアアアアアン!!!


 乾いた音が鳴り響いた。自分は何ともない。園子は顔を上げた。桜が自分の手の甲で園子の顔に当たるはずだったボールを防いだのだ。手の甲は真っ赤になり、擦り剝けて血が出ている。


孝明「ごめん、大丈夫!?」


桜「大丈夫。大丈夫。」


 桜は手の甲の傷をできるだけ見せないようにしてボールを拾って、孝明の方に投げた。ずっとニコニコとしている。園子はその一部始終を見ていた。


園子「あ…あり…ありがと…」


 うまく声が出なかった。


桜「大丈夫?ケガしてない」


 桜は園子の前髪をずらして言った。


桜「顔赤いよ」


園子「あの…今日の帰り、どっか寄らない?お礼するから」


桜「お礼なんていいのに。でも今日、孝明くんと予定あるんでしょ?」


園子「いや、今日は違ったみたい」


桜「…?そうなの?わかった。ありがとう、また、あとでね」


 桜は自分の部活に戻った。園子は桜の揺れる後ろ髪をじっと眺めていた。全身が熱い。息が吸いづらい。でも心地よい。園子は自分の感じている感情が何なのか、そのときはまだ、わからなかった。


※LGBTQの方を差別する意図はありません。

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