第5話
今見えている世界が現実ではない、と知ったからというものの、本宮の人生は劇的に変化したわけではなかった。変わった点といえば、人に対して腹を立てることや、人の期待に答えるために疲弊することがめっきりなくなり、日々の人間関係で抱えるストレスは明らかに減っていたことくらいだった。会社から家に帰る電車の中で、今までの自分はなんとも窮屈な人生を送っていたものだ、と本宮はしみじみと今までの人生を振り返っていた。
昔から友人は多い方だった。クラスの中で飛び抜けて目立つ訳ではないが、存在感がない訳でもないタイプ。学生生活の間で何度か学級委員になったことがあるが、いずれもクラス内で候補者を募った際に、誰も手を上げない気まずさに耐えかねて立候補したものだった。自ら望んだ肩書ではなかったものの、ひとたびついたイメージを覆すことは難しく、気がついたらあだ名まで「委員長」と呼ばれるようになってしまっていた。あまり好きなあだ名ではなかったが、わざわざやめてほしいと口にするほど嫌な訳でもなかった。
中学と高校の6年間でサッカーをやっていたが、大学に入ってからはフットサルのサークルに入った。サッカーが嫌いな訳ではなかったが、大学生活をサッカーに捧げるほどのモチベーションもなく、たまたま勧誘されたサークルに所属した。それほど前向きに所属した訳ではなかったが、競技性の強くない、いわゆる「ゆるい」団体であり、本宮にとってはその曖昧さが心地よかった。
結衣との出会った場所もそこだった。二人とも生真面目な性格ではあったが、周囲からの印象を崩さないために真面目にならざるを得なかった本宮とは対象的に、結衣の真面目さは純粋に彼女自身から湧き出たもののように本宮には見えていた。真面目で堂々とした嫌味のない性格、それでいて容姿も優れていたので、多くの男たちの憧れの的であり、本宮にとっては到底手の届かない高嶺の花だった。そんなこともあり、たまたま知人から「彼女が本宮のことを気になっている」と耳に挟んだときには、それだけで今までの人生が報われたような気になった。この機を逃すわけには行くまいと本宮からアプローチをかけたところ、思いの外とんとん拍子に事が運び、晴れて付き合うことができた。
今になって改めて思い返すと、結衣との馴れ初めがあまりにチープなご都合主義のストーリーに感じられ、本宮は軽く笑ってしまった。電車の中だったので隣の席に座っていた同年代くらいの女性に冷たい目で一瞥されたが、何ら恥ずかしさも感じることはなかった。面白半分で向こうの顔を見つめ返してみると気まずそうに目を伏せられた。以前だったら気まずくて目を伏せていたのは自分だっただろう。
愛した彼女はNPCでした ssoio @sisokiji
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