第4話

 ふと胡蝶の夢という説話を思い出した。自分が蝶になった夢を見ているのか、蝶が人間となった夢を見ているのか、今の状況はきっとそれに近いものだろう。とはいえ、この説話を聞いた多くの人間が「蝶になった方の世界が夢だろう」と思う程度には、本宮には今見えている世界が偽物である確証があった。メメントなんて装置も、自分が本宮としての疑似人生を送る以前の記憶も、夢と呼ぶにはあまりに鮮明で具体的なものだった。

 どちらの世界が本物か確信を持ってしまえば、二度寝にかける時間程度で頭の中を整理することができた。少し前の混乱や不安が嘘のように、せっかくなので残りの80年程度の時間でロールプレイングを楽しもう、飽きたら飛び降りでも首吊りでも好きにすればいい、などと楽観的に考えていた。自分の死後も世界が続かないことを知った途端、死がこれほどまでにカジュアルなものになるのか、などと感心までしてしまった。


 頭の整理を終えてリビングに向かうと、ちょうど結衣が朝食を食べ終えたところだった。

「おはよう、結衣。愛してるよ。」

 試しにちょっと喜ばせてみよう、などと思いいたずらっぽく伝えてみた。

「さっきまで死んでたくせに」

 嬉しそうな顔をした結衣が照れ隠しで言い返してきた。不思議なもので、相手に届かないことを知ってからのほうが軽い気持ちで好意を伝えることができるようになった気がした。

「朝ごはん用意してあげよっか」

 明らかに上機嫌な結衣が言った。

「ありがとう、悪いね。」

「あーあ、私って単純な女だなあ」

 などとぶつぶつ呟きながら結衣は朝ごはんの支度を始めた。そんな姿を微笑ましく眺めながらも、自分が彼女に向けている気持ちが、昨日と今日とでは全く異質なものになっていることを本宮は自覚していた。人間に向けた恋愛感情とも、犬や猫の愛玩動物に向ける愛情とも全く異なるものだった。

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