超能力法、正式名称は『超能力が一般社会に適応するための法』である。


 この法律の下、『超能力管理センター』が設立され、さらには『超能力監視官』の制度も立ち上げられた。


 彼らは特殊な訓練を受け、能力者が一般社会を脅かさないように、監視をしている。


 また、ただ一般社会に害を加えないように大人しくしているばかりではなく、せっかくの能力を活かす仕事の依頼があり、報酬として金銭と『フラップカード (通称:フラップ)』が与えられる。


 フラップカードとは、能力者を制御する『セーフティデバイス (通称:セーフティ)』に差し込むことで、能力者が能力を行使する際に発生する『Q波』を妨害する『R波』の発生を限定的に解除する。


 フラップ1枚につき、1回能力を行使できるということだ。


「……はぁ、何だ」


「やはり、何も目ぼしいお宝は入っていませんでしたか……」


「いや、何か金目のモノはたんまり入ってんだけどさ」


「何ですと!?」


「俺、昔のエロ本とか期待していんだけど。もしくは、昔のエロい絵……確か、春画しゅんがって言うんだっけ?」


 そんな一哉の戯言には耳もくれず、依頼主は血眼になって電話をかけていた。


「良かったな、桜井。きっと、報酬は弾むだろう」


「う~ん、あんまりアガらないなぁ~。エロ財産じゃ無かったし」


「お前は本当に……ならば、得た報酬で買えば良い。あまり、勧める気はしないがな」


「何だよ、お前がご用達のエッチなお店を紹介してくれんのか?」


「バカ者! そんな店など、利用しとらんわ!」


「まあ、そしたら、ホーケーバレするもんな」


「貴様、また気絶したいのか」


「冗談だって、怒るなよ」


「全く、お前は……最後まで、コレか」


「んっ?」


「言いそびれていたが、桜井。実は……」


 その時、ビー、ビー、と警報が鳴る。


 大石は黒服の胸ポケットに挟んでいた、小型のマイクに指を添えた。


『市街地にて、能力者1名、暴走。テレポーテーター』


「こちら、大石。現場に急行します」


 表情を険しくした大石は、


「行くぞ、桜井」


「え、これって、報酬とか出んの?」


「そんな話は後にしろ」


「分かったよ」


 肩をすくめた一哉は、しぶしぶ頷く。


 大石と共に、住宅街から、市街地へと向かう。


 そこでは、悲鳴が飛び交っていた。


「ヒャッハー!」


 1人の男が、奇声を上げながら、縦横無尽に移動している。


 現場には警察もいるが、何も対応策が無く、睨みを利かせるばかり。


「厄介だな……」


 大石は唇を噛む。


「桜井、お前の力で何とか出来んか?」


「と、言われましても……俺、女のパンツを覗く以外、やる気が起きないんだよなぁ~」


「だから、こんな時までふざけるな!」


 声を張り上げた大石は、左手首に巻いた装置に手を添える。


 それは、能力者のセーフティとはまた違う。


「警察の方は、一般人を退避させて下さい! ここは、我々が対応します!」


「お願いします!」


 大石は駆け出す。


 左手首の装置に触れて、起動した。


 直後、


「ヒャッハ……あれ?」


 現れては消えてを繰り返していたテレポーテーターが、その動きを止めた。


「ちっ、ジャミングかよ」


 舌を打つ。


『ジャミングデバイス (通称:ジャミング)』は、セーフティと同じく、R波を発生する装置。


 左手首にバンドで固定するのも同じ。


 ただ違うのは、セーフティは能力者の体内にR波を放つのに対して、ジャミングは外部に拡散する。


 その結果として……


「……うっ……オエッ」


 一般人にも、リスクが高まる。


 R波は能力者にとってはQ波を遮断され、能力が行使できないに留まる。


 けれども、一般人にとっては、有害。


 吐き気、めまいなどの症状が現れ、場合によっては中毒症状で死に至る恐れもある。


 監視官は、暴走する能力者への対抗策としてジャミングを装備しており、一般人よりはR波に対する耐性を身に付けている。


 とはいえ、まともに判断し、動けるのは5分、いや3分くらいだろう。


「十分だ」


 大石は大股で動きを止めた能力者に肉薄する。


 握り締めた拳を、その横っ面に叩き込んだ。


「グハッ!?」


 相手は吹き飛ぶ。


 能力者は能力に頼るがゆえに、身体能力はそこまでないケースが多い。


 このテレポーテーターも例に漏れず、脆い。


 とは言え、油断はならない。


 まだ若い者には負けないが、やはり年齢のせいか、全盛期には劣る。


 大石は、次の一発で仕留めるために、立ち上がった能力者に再度接近した。


 そして、再び殴り飛ばす。


 軽い男は、先ほどよりも大きく吹き飛び、そして転がった。


「……ふぅ、はぁ」


 大石も、ちょうどR波の耐久に限界が来ていたので、ジャミングを止めた。


 ツカツカと、倒れる相手に歩み寄って行く。


「――待て、大石!」


 ふいに、一哉が背後から叫ぶ。


 ハッとする大石の目の前に、倒れていたはずのテレポーターがいた。


 大石は、R波によるダメージで動きが鈍っていたところ、顔面にパンチを食らう。


「グッ……」


 実に軽いパンチだが、弱った体にはまあまあ堪える。


「ほらほら、どうしたぁ~?」


 こちらがもうジャミングを使えないと分かり、怒涛のあおりと攻めを仕掛けて来る。


 軽い攻撃の連発でも、積み重なればダメージは大きく、大石は片膝をつく。


「ヒャッハー、死ねぇ~!」


 上空にテレポートした彼は、そこから大石の脳天を狙うかかと落としを繰り出して――


「――調子に乗るな」


 かすかな声が聞こえた直後、銃声が響き渡る。


「……ガハッ!?」


 空中で、能力者が血を吐いていた。


 そのまま、アスファルトに叩きつけられる。


 腹部から出血していた。


 すると、ツカツカ、と足音が聞こえる。


「テ、テメッ……腹を撃ちやがって……」


「仮に脚を撃ち抜いても、あなたはテレポーターだから、移動は出来るし」


「だからって……殺す気……かよ」


「死ねば良いのよ、能力者なんて、みんな」


 黒服を纏った、黒髪ポニーテールの彼女は、冷然とそう言い放った。


「……牧村まきむら、助かった。けれども、街中で発砲をするな」


「申し訳ありません。ですが、大石さんは、私の射撃の腕前をご存じでしょう?」


 あくまでも、クールな姿勢を崩さない彼女。


「おーい、てか、救急車を呼んでやれよ。俺は医者じゃねーけど、応急処置をしねーと、そいつあと10分くらいで死ぬぞ? いや、5分かな」


 一哉が言うと、彼女はそちらに目を向けた。


「てか、もしかしてだけど、そいつってお前が担当?」


「ええ、そうよ。だから、厳正に処分をしたまでよ」」


「おっかねえ女。大石よりも、よっぽど」


「黙りなさい、下種が」


「ひでぇ、初対面で。まあ、否定はしないけど」


「救急車を願います……よし、手配したぞ」


「ありがとうございます。大石さんも、病院へ」


「ああ、そうだな……じゃあ、こんな状況ではあるが、引き継ぐか」


「んっ? どした?」


「桜井……私は本日付けで、お前の監視官の責務を終える。もしかしたら、このまま引退するかもしれない」


「マジで?」


「そして、代わりにお前の監視官になる、牧村怜奈れなだ」


「マジで!?」


「桜井よ、お前とは色々とあったが……」


「オンナ! オンナ!」


「私にとっても、色々と勉強になって……」


「おっぱい! おっぱい! それDカップくらい?」


「あなた、もしかして、透視したの? 気持ち悪いわね」


「ノンノン、男のカンってやつよ」


「無視するなああああああああぁ!」


「怒るなって、大石。お前のホーケーに会えないと思うと、俺も寂しいよ」


「この男は本当に……」


「大石さん、お気の毒に……お疲れさまでした」


「ああ、牧村……この男のこと、頼んだぞ」


「ええ、そうですね。私は、容赦しませんよ?」


 鋭く冷たい目で睨まれた一哉は、


「ヤバッ、ゾクゾクするぅ~」


「度し難い変態ね。死ねば良いのに」


「じゃあ、死ぬなら、ベッドの上で……お前と一緒にな☆」


 ヒュッ、と風を切る音がした。


 直後、


「グヘッ!?」


 一哉のテンプルにきれいなハイキックが決まった。


 そして、彼は意識を失う。


 ちょうど、救急車が到着した。


「すみません、追加で2名お願いします」


 怜奈はあくまでもクールに言ってのける。


「大石さん、申し訳ありませんが、最後のお仕事をお願いします」


「……全く、世話の焼ける」


 ため息をこぼした大石は、気絶した一哉を背負って、救急車に乗り込んだ。







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