浜辺の追憶

@ituku-29

第1話

 これはとある"革命"の話だ。


 町は異様な灰色の煙に包まれ、沢山の国民が武器を手に集まっていた。

  その人々の形相はなんとも"歪"であった。

 しかし、私はその歪さを"美しい"とも感じた。

 その日の暴動は大層なもので、人の呻き声が度々聞こえてきた。

 私はお腹を空かせて、路地裏に縮こまっていた。

 見つからないようにするのがやっとで、私は死を恐れた。


 その時、曲がり角で一人の美形な男性がふらつきながら歩いているのを目にした。

 彼の側には、男が彼に銃口を向けていた。

 彼は辺りを彷徨うような足取りだが、やけに冷静だった。

 また、彼の瞳はサファイアのように艶やかであった。


 なんとも無秩序な事だが、私はあの一瞬にして彼に惹かれた。――


 そんな出来事も束の間で、私は空腹のあまり意識が朦朧としていた。

 路地裏に捨てられた小さなゴミ袋に体を寄せて、時が過ぎるのを待った。

 革命がなかったら、こんなに苦労をしていないだろうか。

 いや、革命がなくったって結局私は身分の低い者として蔑さまれ、今と同じような状況になっていただろう。

 私は路地裏で隠れることしか出来ない臆病者だ。

 彼のような冷静さはない。彼はあのまま死んでしまったのだろうか。

 分からない事を考えながら、私は眠りに着いた。


 目を覚ますと、目の前に彼がいた。

 私は勢いよく声を掛けそうになったが、目の前の光景に違和感を覚えた。

 彼は私の方を向いているのに、私の奥にある一点を凝視しているようだった。

 人々の怒号は聞こえず、天頂からグラデーションのように波紋がかった模様が空を覆い尽くしていた。

 足元には濃厚な香りを漂わせるジャスミンの花が一面に広がったいた。

 私は訳が分からず内心戸惑った。

 だが、彼は私を置いてジャスミン畑の中に入っていくので、私はとりあえず後を追いかけた。


 私はどんどん辺りが暗くなっていくのに気づいた。さらには、「ザザーっ」と波が引いていく音もする。

 彼が立ち止まった場所まで行くと、そこには彼と同じような美形の幼い子供がいた。

 どうも状況が読み込めなかったが、何となくあの子は彼だと分かった。

 あの子は浜辺に向かって涙ぐみながら手を合わせ、死者を弔っていた。


 彼はそれを一寸ばかり見て、さらに奥へと突き進んでいった。


 ある大きな家には、人が行列をつくり並んでいた。

 中へ入ると、そこは病院のようだった。

 少年になった彼は、松葉杖をついている男を介抱していた。

 あの小さな体で支えるのは大変であろう。

 男の体は沢山の包帯が巻かれており、片足と片腕をなくしていた。

 少年は男を病室に連れて行った。男は少年の彼に小さくお辞儀をして、「どうも、ありがとう。」と言った。

 少年はこくりと頷き、男の横に座った。

 男が「君はこの世界に似合わないくらい、綺麗だね。生前の私の祖母のようだ。」と言うので、少年は「貴方も綺麗ですよ。」と答えた。


「いや、私は人を殺めてしまったんだ。毎晩その人の顔が夢に出てきて、貴方は歪な生き物だと言ってくるんだ。」少年は少し黙った後、「僕も歪ですよ。僕はいくら生きてほしい存在が居ても、守る事が出来ない臆病者なんです。でも、貴方は大切な人を守る事が出来る。なので、僕から見れば貴方は綺麗ですよ。」と返した。

 男は少年の言葉に目を潤つかせながら、「少年よ、ありがとう。君は、きっと大切な人を守る事が出来る。」と言った。

 私は暖かく二人を見守ったが、彼は違った。

 男と少年の自分の前では、彼は冷静ではなかった。

 右手に握り拳を作り、男に向かって殴りかかった。

 だが、彼の拳は男をすり抜けていた。

 彼は荒い息遣いで、その場に崩れ落ちる。

 私は彼に触れようとしたが、触れる事はできなかった。


 彼は意気消沈したようで、頭を下げながらとぼとぼと更に奥へと突き進む。

 一方で、少年だった彼は立派な大人の姿になっていた。

 しかし、彼の背景には不穏な空気が流れていた。

 周りを見渡すと、人が数人で集り、彼の噂を口にしていた。

 それは、あの病院に対する悪口だった。

 どうやら、景気が悪い世の中で彼の病院が繁盛していたのが気に食わなかったようだ。

 彼は横目でそれを悟りながら、黙って歩いた。しかしそれは収まらず、先程の彼と少年だった彼は重なり、一体になった。私は驚きながらも彼を見守った。


 やがて、あの路地裏の前の角を歩く彼になった。

 彼はあの男に銃を突きつけられ、彼の財産を盗られた。

 明け暮れた彼はあの路地裏に入り、私の向かいにあるゴミ袋にもたれて息を引き取った。

 私は唖然とした。

 すると、急に体がゴミ袋にもたれている私に引き寄せられ、私は目を覚ました。


 目を閉じた彼の顔は歪なものだった。


 きっと彼が未練が残ったまま死んでしまったのだろう。

 私は彼をあの浜辺へと運び、彼が帰る事の出来るように願った。


 その日の波は満月が反射して、かつての彼のような面影があった。

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