第3話 開会式

 晴天の、夏の公私宴開会式当日。午前九時五十九分、気温は既に三十度を超えている。七万人の収容能力を有する公私宴球場は満員。スタンドの過剰な熱気が、フィールドの天然芝を焦がす。一羽のハヤブサが球場の上空を滑空した。

 バックスクリーンからややライト寄りに設置されたスコアボードの時計が十時を指し、公共放送である編集放送協会のテレビ、ラジオによる公私宴開会式生放送がスタートする。

 司会を務める女性アナウンサーが、フィールドのダイヤモンドを丸々使って用意されたステージに上がった。

 「これより、第22回夏の公私宴を開催いたします!」

 収音された女性アナウンサーの声が特大のスピーカーから放たれて、球場のみならず大城山全体にまで響き渡った。その直後、レフトスタンドに陣取った交響楽団がファンファーレを奏でた。

 「各選挙区代表チームの入場です!」

 ファンファーレが入場曲に変わる。曲名は、民主主義の夜明け。1946年にジャズピアニストの沖田忠吾郎が作曲したこの曲は、デューク・エリントンの楽曲にオマージュを捧げたものであり、現在のジャズシーンにおいても尊重される完成度を誇っていた。

 公私宴球場のレフト側には、球場の外に通じるゲートがある。そこから、公私宴に出場するチームが順番で球場に入ってくる。

 最初に入場してきたのは、東東京都選挙区代表だった。群青色の優勝旗を持った男を従えて、東東京都選挙区代表二十人の先頭を歩くのは、現職の内閣総理大臣、国滅同義。国滅は、中肉中背の男だった。アメリカ合衆国大統領も愛用するブランドのスーツ、ローファーを装着し、身なりこそ上品を装えているが、人相ににじむ品位のなさだけは隠しようがなく、浮かべた笑みは禍々しく歪んでいた。

 国滅が片手を挙げると、凄まじい歓声が轟いた。公私宴球場に集まった観衆のほとんどが沈没党もとい国滅の支持者であるという事実を表す事象だった。

 「夏の公私宴五連覇中の、東東京都選挙区代表です!」女性アナウンサーの目が血走った。「先頭を歩くのは、失われた三十年に終止符を打った日本の救世主、東東京都選挙区代表キャプテン、沈没党党首、我らが国滅同義総理です! 抱かれたい男ランキング、七年連続ナンバー1! 理想の上司ランキング、七年連続ナンバー1! 理想のパパランキング、七年連続ナンバー1! その他もろもろ、ナンバー1! 歴代最高の総理大臣と名高い国滅同義総理が、今、素敵な笑顔で、観客席に手を振っております! 混沌を極める世界情勢にあって、唯一人、日本を導ける、モーゼ顔負けの先導者! 危機管理のスペシャリスト! 道徳の生きた手本! 正しい歴史の伝道者! 株高製造機! デフレ破壊王! 好景気クリエイター! 全日本国民の父! 国滅同義総理、万歳!」

 東東京都選挙区代表は球場を一周してから、フィールドのセンターに当たる場所、ステージの真ん前で足を止めた。

 東東京都選挙区代表の後は、北北海道選挙区代表、南北海道選挙区代表、青森県選挙区代表、といった具合に、北から南へという順番で入場が続く。

 沈没党、あるいは沈没党に肯定的な政党が代表を務めるチームには拍手喝采が送られ、それ以外のチームにはブーイングが浴びせられた。

 極端な政治偏向が蔓延しつつも入場は滞りなく進行し、ステージの前には幾つもの列ができた。そうして、鳥取県選挙区代表の入場する番がやってくる。先頭は、漢咲。後には、真田、海原、大原と続く。ドレスコードがない公私宴にあって、四人の服装は様々で、大原は上下ともにジャージ、海原はタンクトップにチノパン、真田は野球のユニフォーム姿、そうして漢咲は一張羅である紅のスーツを身にまとっていた。

 「鳥取県選挙区代表です! なんという無作法でありましょうか!? 由緒ある公私宴の開会式に、たった四人で参加する暴挙! 参加人数に法的な規定がないとはいえ、ベンチ入り最大人数をそろえて参加することは暗黙のルールであるというのに! これは公私宴軽視、もとい選挙軽視に他なりません! 今、我々、誇り高き日本国民は、鳥取県選挙区代表キャプテン漢咲努大の正体を見ました! 慣例を軽んじ、伝統を軽んじ、与党を批判し、甘い戯言で国民をたぶらかす非国民! それが漢咲努大です! 正しく政界の恥部! こんな人間が、こんな人間を支持する馬鹿どもが、公私宴の地を踏んでよいわけがない! 人口最小の弱小県民、さっさと辺境の地へ帰れ!」

 女性アナウンサーが丸出しにする嫌悪感に呼応して、観衆も特大のブーイングを発する。

 程なくして、ブーイングは醜悪なやじに派生した。それを四方八方から浴びてなお、漢咲は温和な表情を崩さず行進を続けた。

 心身に一切の乱れがない漢咲とは対照的に、鬼の形相を作るのは、真田だ。やじを浴び続けるストレスで、観客席に殴り込みをかけたい心持ちになっている。それでも、公衆の面前であることを踏まえて怒りを静めようと努力する。必死に、仏遺教経をたどたどしく暗唱してまで感情を抑制しようとする。しかし、努力もむなしく、「水木しげるの名前を不当に利用するな!」の声が耳に入るや否や、堪忍袋の緒が切れ、怒りに任せて高々と突き上げた左手は、中指まで突き立てられていた。

 「水木しげるロードは水木先生の公認だ! 覚えとけ!」

 その怒声はブーイングにかき消されたが、突き立てられた中指は観衆の認知するところとなり、やじは一層と激しさを増したのだった。

 「火に油を注いじまった!」海原が悲鳴を上げた。「なんで余計なことをするんすか、哲さん!? 大人しくやり過ごせばいいのに!」

 「なめられっ放しは性に合わないんだよ」左手をポケットにつっこみながら、言う。「油だろうがアルコールだろうが何でも注ぐぜ、俺は」

 「いい歳してルーキーズ気取りだもん! 付き合ってらんないっすよ!」

 海原の歩調が鈍った。深く俯いて、蒼白な顔面が隠れる。無理もない。常日頃12トンの漁船に乗って多くの時間を過ごす彼は、多数の視線を浴びる経験に乏しいのだから。ましてやその視線が嫌悪を含んだものであり、罵声のおまけ付きとあれば恐怖も一しおだ。

 「退場しても問題はないでしょう」海原の震える肩にそっと手を置いて、大原は言った。「無理して最後まで参加する必要はありません」

 「駄目なんすよ」涙目になりながら、言う。「逃げるわけにはいかないんす」

 「どうして開会式なんかにそこまで拘るんですか?」

 「エンジェルイレブンが・・・・・・」強く固めたこぶしで目をぬぐう。「アイドルグループのエンジェルイレブンが、この開会式で新曲を初披露するんす。単推しの有村奈々ちゃんを、現場で応援してやりたいんすよ」

 「そういう腹だったのか。他の若い二人がさらっと不参加を表明したのに、キヨちゃんだけがこんな茶番に参加したわけ、飲み込めたぜ」

 言いながら、真田の目は、漢咲の背中に向かって飛んでくる空き缶を捉えていた。観衆の一人が投げたそれは、漢咲に直撃する直前で、真田の右アッパーに弾き飛ばされた。

 天高く舞った空き缶は、ステージ上の女性アナウンサーのすぐそばに落下した。刹那に、悪態混じりの悲鳴が木霊して、興奮の極まった観衆は今にもフィールドになだれ込みそうな勢いで客席の最前列になだれた。

 「もう少し刺激してやれば、奴ら、暴徒になるな。そうすれば好都合だ。正当防衛で国滅信者どもをぶちのめせる」

 そう言って笑った真田に、海原と大原は非難の眼差しを向けた。

 「分断も暴力も、うんざりです」表情も変えず、歩調も変えず、漢咲は言った。「不毛を終わらせるために、私たちは公私宴に出場する」

 真田はばつが悪そうに肩をすくめ、海原は大きく息を吐き、大原は天を仰いだ。

 夏の空は、例年よりも青色が深かった。

 一触即発をピークとして、鳥取県選挙区代表はステージ前の列に加わり歩を止めた。

 後続のチームが行進する最中も、鳥取県選挙区代表へのやじは続いた。何度か真田が観客席へ向かおうとしたが、その度に海原と大原が静止して、そうこうしているうちに、沖縄県選挙区代表の行進も終わっていた。

 全49チームがずらりと並ぶ様は壮観で、それを見下ろす女性アナウンサーは気後れしつつ、乱れた呂律で式を進めた。

 「続きましては、国旗掲揚です!」

 バックスクリーンのそばにある旗ポールに二枚の旗が上がっていく。最初に上がった旗は国滅の顔が大きくプリントされた物で、二枚目が日章旗だった。上の旗が大きすぎるために、強くなびけば日章旗は飲み込まれ、隠れた。

 「あのポールは日章旗以外の旗を上げることを許されていない」大原は、旗にプリントされた国滅の顔をにらんでいた。「公私宴法、日本の法律で定められていることだ。それが、こんなにもしれっと犯されるなんて」

 「今大会から公私宴の開会式は公私宴庁ではなく総務省が取り仕切ることになった」真田が苦々しい口調で言った。「それなら国滅のやりたい放題だ」

 「続きましては!」女性アナウンサーの声。「内閣総理大臣による優勝旗の返還と、出場者宣誓です!」

 国滅は従えていた男から優勝旗を引ったくり、ステージに上がった。岡山県選挙区代表キャプテンとしてステージ前に並んでいた総務大臣も、国滅に付き従う形でステージに上がる。

 ステージ中央で、国滅から尊大に差し出された優勝旗を、総務大臣はへいこらしつつ受け取った。

 女性アナウンサーにピンマイクを付けてもらった国滅は、バックスクリーンに体の正面を向け、口を開いた。

 「私、国滅同義が内閣総理大臣の任に就いてから、八年が立とうとしております。思い返せば、私の統治が始まる以前、日本は失われた四十年待ったなしの危機的状況にありました。前任の総理大臣である賢王道貞の悪政によって、コロナウイルス終息後も混迷を続け、亡国の一途を辿っていた愛すべき祖国。そんな日本を救うことこそが、私の使命であり、天命でもあったのです。私は、この八年間、偏に、日本のため、国民の皆様のため、粉骨砕身、働いてまいりました。その結果、日本は、蘇りました。日本は、強くなった! 日本は、豊かになった! 日本は、美しくなった! 日本は、偉大になった! 今ある日本の勝利は、私と、国民の皆様で勝ち取った果実でございます・・・・・・内閣総理大臣就任当時、私はまだ、うら若い五十四歳でございました。下劣な野党や低俗な一部マスコミからは、こんな若造に日本が救えるものか、と散々中傷を浴びたものです。しかし、私は負けませんでした。唯々、日本を救いたい、国民の皆様を救いたい、その一心で、戦い続けました。全国民の、支持と、期待と、親愛を支えにして、決して諦めることはありませんでした。そうして、私は、失われた三十年に終止符を打ち、今日、素晴らしい日を国民の皆様と共に迎えているのです・・・・・・過酷な世界情勢にあった2020年代後半から2030年代前半にかけて、私は日本を救うべく、多くの画期的な政策を打ち出してまいりました。前人未踏のトゴ化マイナス金利政策は、日銀による国債の爆買い政策という英断と相まって、投資家の資金を際限なく潤沢にしました。更には、日銀筆頭株主政策の完遂によって、疲弊していた企業の持続可能な安定経営までをも私は成し遂げたのです。それらが経済の潤滑油となって、株価は未曽有の爆上がりを見せ、経済大国日本の復活を世界に示すこととなりました。また、偉大な金融政策の計算ずくの副産物として、永続的な円安を果たしたことも、輸出大国日本の復権を印象付ける形となっています。世界最高品質であるメイドインジャパンは、今や世界中を席巻しているのです。インバウンド需要という大いなる恩恵を生み出したのも、私の八年間における数多い成功の一つと言えるでしょう。雇用の面におきましても、正規雇用拡大解釈法案の施行によって、戦後最大数の正規雇用者を生み出すに至っています。日本の経済は、もう、大丈夫です! 私の政策がある限り、日本の経済は大丈夫です! 皆さん、安心していいんです! この国の総理大臣は、国滅同義なのですから・・・・・・国滅同義といえば経済政策。しかし、忘れてはならないのが、緊迫するアジア情勢にあって日本をどのように守るかという問題であります。安全保障の面に置きましても、この国滅同義、全くの抜かりなく、経済政策と同等の成功を収めてまいりました。米中キャパシティ全振り外交は功を奏し、日本は東西の両大国と対等以上の関係を築き上げています。その上で、私の私設軍隊である国滅同義軍の北海道、沖縄への配備が近隣諸国に対する抑止力となり、日本の平和は盤石のものとなりました。今や日本は、アジアの聖域という立場を確立したのです! 我々は最強クラスの軍事力を有する強国です! 何も恐れるものはありません! 私、国滅同義の目が黒いうちは、日本の安全は保障されているのです・・・・・・長いようで短かった、八年間。私の功績は枚挙にいとまがなく、到底、この場で全てを語りつくせるものではありません。しかし、私の偉業は未だ、道半ばでございます。世界の覇権奪取という偉大な大和民族の宿願を果たすべく、私は、なおも邁進せねばなりません。先月に行われました東東京都選挙区における夏の公私宴代表選出投票において、沈没党が圧倒的な票数を獲得して勝利したことは、東京都民もとい日本国民が私のこれまでの統治を評価し、私の三期目を求め、私の政治思想を支持してくださっている事実を強く示しています。ですから、私は、約束します! 賢明な日本国民に約束します! 必ずや、三期目の四年以内に、日本が世界の覇権を取ると、約束します! 私がこのように自信を持って言い切れるのは、この球場にお越しいただいた有権者様たちの行動に勇気付けられたからでございます。先程の代表チーム入場の際、皆様は、正義を遂行する私の沈没党を温かい拍手で迎えてくださり、沈没党を否定する不埒な野党に対してはしっかりと非難をぶつけておられました。良いものは称賛し悪いものは攻撃する、そんな民主主義の精神が、私の統治下で国民の皆様にこれほど浸透していたのだと知り、私は嬉しく思い、日本は覇権を取れるのだと、確信するに至ったのであります。私と国民の皆様は、相思相愛、一蓮托生の関係にございます。さあ、共に日本の成長を進めましょう! 私たちなら、やれる! 日本が世界一の国になるまで、後もう一息です! この夏の公私宴、沈没党に、この国滅同義に、どうか変わらぬご声援をお送りください! 清廉潔白な、やましいところなど一つもない、沈没党を、この国滅同義を、支持し続けてください! 沈没党だけが、この国滅同義だけが、国民の皆様の願いをかなえることができる唯一の存在なのですから!」

 国滅が声を発している最中、従順に黙していた観衆は、十秒ほど静寂が続いた後、話が終わったのだと確信して、弾かれたように歓声を上げた。

 割れんばかりの国滅コールが鳴り響くなか、国滅は乱暴に外したピンマイクを女性アナウンサーに投げて寄越し、両手を高らかに上げながらステージを下りていった。

 「出場者宣誓ではなかった」大原が呆れた声をこぼした。「自画自賛と世論の誘導を長々と続けただけだ」

 「公私宴を人気取りに利用しないため出場者宣誓を簡潔に済ませることこそ、暗黙のルールだったろうが」真田は自身の手の平にこぶしを叩きつけた。「慣例と伝統を軽んじているのは、どいつだよ」

 「素晴らしい出場者宣誓でございました!」女性アナウンサーは号泣していた。「アメリカの独立宣言さえもが霞んでしまう、人類史に残る演説でございました! 我らが名君、国滅同義総理、万歳!」

 女性アナウンサーに続いて、観衆も万歳を始める。巨大な万歳の波がアメリカの球場を模した場所で猛り狂う様は、混沌そのものだった。

 万歳は三分ほどノンストップで続いた。

 「続きましては、大会歌の歌唱です! 国民的アイドルグループ、エンジェルイレブンによる第22回夏の公私宴テーマ曲、同義でフォーエバー!」

 その女性アナウンサーの声は、空気を切り裂く騒音にかき消されていた。

 騒音はどんどん大きくなり、数秒後にはもう、公私宴球場上空で三機の大型ヘリが存在を誇示していた。スーパースタリオンが一機と、チヌークが二機である。

 「エンジェルイレブンの皆さん!」女性アナウンサーはステージを駆け下りた。「どうぞ、ステージへ!」

 二機のチヌークから、五人ずつ、計十人の少女が空へと身を投げた。観衆は落下してくる少女たちを見つけ、悲鳴を上げる。

 観衆の肝を十分に潰してから、パラシュートを開いた少女たちは、そのまま自由降下を試みて、無事、公私宴球場のステージ上に降り立った。

 悲鳴が歓声に変わり、球場の熱気が高まるなか、スーパースタリオンからも少女が身を投げる。先の十人同様、自由降下を難なく成功させた彼女は、ステージの中央に立ち、腕組みポーズをとった。同時に、大量のスパークラーが火花を噴き上げる。

 「肝を冷やしたぜ」ステージ上の少女たちに難色の目を向けながら、真田が言った。「あんな無茶をするなんて」

 「一般人は何も分かっちゃいないっすね」海原はチノパンから二本の棒を抜き取っていた。「自由降下くらいのことは、エンジェルイレブンのライブじゃ日常茶飯事っすよ」

 「サイリウムライト・・・・・・」海原の両手にある棒を注視しつつ、大原が言った。「この2034年に、なんてクラシックな」

 「クラシックで結構っす!」海原も腕組みポーズをとる。「これ以上の感情表現はないんすから!」

 三機の大型ヘリが公私宴球場を離れると、スピーカーからポップな前奏が流れ始めた。それに合わせて、少女たちが踊り出す。手の指先にまで意識が向いたその動きは、一見しただけで高い技巧を感じ取れるものだった。

 前奏パートで観衆を虜にして、歌唱が始まる。

 


  祖国を穿った闇は去った

  愛国の光が威光と化した

  私は特別 あの人も特別

  私は日本人 あの人は同義総理


  デフレ脱却 楽勝でした

  無限円安 ありがとサンクス

  称賛ありきの感情爆発

  日本再生 ここに極まり


  同義 同義 同義でフォーエバー

  日本の未来はパラダイス

  同義 同義 同義でフォーエバー

  日本のお金はウハウハだ


  がんばれって言われなくてもがんばってる 体が自然とがんばってる

  私は資産 祖国の資産 同義のために生きれる喜び プライスレス

  大和民族に生まれた誇り 覇権に挑む大いなる志 万歳の文化大革命

  アメリカがなんぼのもんじゃい 中国がなんぼのもんじゃい こちとら日本無双じゃい

  

  同義 同義 同義でフォーエバー

  日本の国土はサンクチュアリ

  同義 同義 同義でフォーエバー

  日本の魂は不死鳥だ


  祖国の衰退は過去となった

  内閣人事局が希望と化した

  私はハッピー あの人もハッピー

  私は大和民族 国滅同義も大和民族

  

  軍備増強 俺たち最強

  株価最高 経済盤石

  正規雇用だ 御礼御礼

  徴兵上等 ご奉仕ご奉仕


  抑止力について考えてみたよ そうしたら答えが出たんだよ 日本のリーサルウエポン 同義でイエス

  経済について考えてみたよ そうしたら答えが出たんだよ 日本のメガバンク 同義でイエス

  人口減少なんて嘘さ 実質賃金なんて嘘さ 沸騰化なんて嘘さ 貧困なんて嘘さ 報道の自由度ランキングなんて嘘さ 軍事ローンなんて嘘さ 一人当たりGDPなんて嘘さ そもそもGDPが嘘さ 日本の未来は明るいぜ

  みんなで行こう 夜明けの先に 例え世界が滅んでも 日本だけは永遠に続くんだから


  同義 同義 同義でフォーエバー

  ミラクルは続くよ どこまでも

  同義 同義 同義でフォーエバー

  日本の心に国滅同義


  同義 同義 同義でフォーエバー

  同義 同義 同義でフォーエバー

  同義 同義 同義でフォーエバー

  同義 同義 同義 同義 同義 同義 フォーエバー フォーエバー

 

  私たちの未来を

  日本の未来を

  あなたに託します

  国滅同義総理 大好き



 発声の基本からしっかりと磨き上げられた歌声は、踊り同様ハイレベルだった。技巧に裏付けされて上質に仕上がったパフォーマンスを、観衆は歓声と拍手でたたえた。

 エンジェルイレブンのファンではない人間さえもが失神する、そんな熱狂の坩堝にありながら、おまいつである筈の海原が悲壮感を露にしている、違和感。炎天下で丸々一曲オタ芸を打ち、汗と共にこぼれ落ちたサイリウムライトは、芝に伏せて光を失った。

 「史上初めて本格的な世界進出を果たした日本のアイドルグループが、プロパガンダ丸出しの馬鹿な曲を歌わされてしまった・・・・・・」海原の頬を涙がつたった。「こんな悔しいことはない」

 あからさまな絶望に掛けられる言葉は皆無で、大原たちは海原を見詰めることしかできなかった。

 出番を終えた少女たちは、笑顔で手を振りながらステージを下りていった。

 「素晴らしい曲でした!」ステージ上に戻った女性アナウンサーが言う。「たいへん名残惜しくはございますが、プログラムも残すところ108発打ち上げ花火と各選挙区代表チーム退場の二つのみとなりました! しかし、俯くことはせず、四年後もまた偉大なる国滅同義総理に会えることを信じて、素晴らしい今この時を前向きに終えようではありませんか! 歴史に残る、感動の開会式に花を添えましょう! 公私宴名物、108発打ち上げ花火です!」

 人間が持つ108の煩悩、それら全てを天に打ち上げて消し飛ばすという趣旨で第1回夏の公私宴から行われているのが、この108発打ち上げ花火である。同時に2発以上を打ち上げることはせず、1発ずつ順番に打ち上げていくため、昨今では助長すぎると非難されている催し物だ。

 1発目の花火が、上がった。四尺玉の冠菊だ。澄んだ青に火の赤髪が垂れた。観衆の視線は全て、空に向けられた。

 「久しぶりの再会だというのに、挨拶が遅れてしまって申し訳なかったね。辺境の地で知事をやられている、漢咲努大君」

 2発目の花火の弾ける音に重なった声。それは、大男を従えて鳥取県選挙区代表の列に近付いてきた国滅の声だった。

 「お久しぶりです。同義さん」

 侮辱に動じず、唯、微笑みを浮かべて、漢咲は握手を求めた。

 「冗談じゃないよ」漢咲が差し出した手を、国滅は手の甲で払い除けた。「六十を過ぎて地方で政治をやってるような奴と握手なんかしたら、負け犬が移ってしまう」

 「地方を守ることには大きな意味がある」微笑みを絶やさずに、言う。「国民一人一人が望む場所で生きられることこそ、国の豊かさを表す一つなのですから」

 「二十年以上が立っても、相変わらず綺麗事ばかりか・・・・・・」眉間にしわが寄って、人相の邪悪さが増した。「地方なんぞ日本のお荷物でしかない」

 「地方は人口減少の弊害を被っているだけです。人口減少に関連付く多くの放置された土地は、東京の一極集中を脱した際、大きな力になる」

 「地方を東京の植民地にしようとでも?」

 「帰郷と移住を可能にするだけです。コロナ下を経てさえ頓挫してしまったリモートワーク社会を今度こそ実現する。企業が変化を、行政が支援を渋らなければ、環境は作れる。場所を選ばずに働けるのであれば、地方の人口は自ずと増加します」

 「愚かな地方崇拝だ。一体全体この日本のどこに、何もない地方なんかで暮らしたいと思う物好きがいる? 君の大好きな鳥取県だって、砂漠しかないだろう? 誰も住みたくないよ、そんな無益なところ」

 「砂漠じゃない、砂丘だ!」真田が、漢咲と国滅の会話に割って入った。「黙って聞いていれば好き勝手を言いやがって! 鳥取県には豊かな土地も文化もある! そんなことすら分からない奴が一国の総理大臣だなんて、聞いて呆れるぜ!」

 「なんなんだ、これは?」無遠慮な値踏みの視線を真田に向けて、国滅は不快を露にした。「品位の欠片もないじゃないか。漢咲、由緒正しい公私宴球場に地方の蛮族を連れ込んではいかんよ」

 ぷっつん、という音がはっきりと聞こえた。それは聞こえる筈のない、人間がキレた音だった。

 「ぶっ殺す!」

 発声より先に体が動いていた。やり投げの助走であるかのような足さばきで、こぶしを振り上げながら国滅に迫る。そんな真田を、大原が背面からのタックルで押し倒した。芝が激しく千切れて舞った。

 「放せ、大原ちゃん! 野郎、一発殴らせろ!」

 「殴ったらどうなる!」這って暴れる真田を必死に抑えつけながら。「御用でしょう! 午後からの試合には100パーセント出場できなくなる!」

 わなわなと震える。歯を剥き出しにして強く食いしばる。感情と理性がせめぎ合う、その苦悶の末、真田はこぶしを地面に叩き付け、大人しくなった。

 国民を見下ろす総理大臣、その顔に、冷笑が浮かんだ。

 「さすがは田舎者、まるっきり獣だ。おい、漢咲。地方の知事の務めとして、獣にはちゃんと首輪をつけておきなさい」

 再び、ぷっつん、が聞こえた。抑えつける力を僅かに緩めていた大原を振り払い、立ち上がった真田は勢いそのまま、国滅に向かって走り出した。

 「下郎! 一度ならず二度までも!」国滅の背後に付いていた大男が、国滅と真田の間に立ち、野太い声で叫んだ。「この剛腕鬼丸! 国滅同義軍大将兼防衛大臣として、国滅総理だけは何があろうともお守りする!」

 「いいぞ、剛腕君。私が許可する」笑みが一層、冷えた。「殺せ」

 剛腕が左のこぶしを繰り出す。音速で直進する砲弾みたいなパンチだ。間髪入れず、真田がフック気味の右ストレートを放つ。カウンター狙いなんて上品なものではなく、迫りくるこぶしを正面衝突で破壊しようという意図の泥臭いパンチだ。

 どちらかのこぶしが爆ぜる、あるいは、両者のこぶしが爆ぜる、そんなグロテスクな事態が現実のものになろうかという寸前、剛腕と真田のこぶしは急停止した。漢咲が二人のこぶしをつかんだのだ。剛腕は漢咲の手を振り解こうとしたが、左手は微塵も動かない。圧倒的な握力による固定、しかしつかまれたこぶしには全く痛みを感じない、不自然。剛腕のごつごつした額に冷や汗がにじんだ。

 「公私宴球場は、国民のためにある選挙の場です」声だけでなく表情まで穏やかな漢咲だった。「断じて、暴力を行使する場所ではない」

 「何を気圧されている、剛腕君? 漢咲ごとき、打ち殺せ」

 国滅の声が耳に入って、従順に、右のこぶしを漢咲目掛けて放つ。しかし、当たらない。紙一重で回避される。続けざまにパンチを連発するが、そのどれもが当たらず、十数秒の後には、剛腕の疲労だけが明白になっていた。

 「君は、それでも大和男児か?」もう、笑っていなかった。「漢咲を一発でも殴れなければ、罷免の上で死刑だ。免れたければ死ぬ気でやれ」

 剛腕の顔から一気に血の気が引いた。

 恐怖に震える叫び声が上がってすぐ、ここまでで最速のパンチが放たれる。それさえ容易に回避できるものだったが、漢咲は自らの意思で静止し、結果、こぶしは顔面に直撃した。

 10000トンの有機物をマグマに投げ入れたような衝撃、そんなものをノーガードで受けてさえ、漢咲は微動だにしなかった。

 「暴力を扇動する言動は国家にとって最悪の毒」鼻の曲がってしまった顔を国滅に向けて、言う。「政治に携わる者の言動は常に暴力を諫止するものでなければならない」

 苦言を呈される、その不慣れで、国滅は瞬間湯沸かし器がごとく激怒した。

 「この俺に説教だと!? 何様のつもりだ、漢咲! 俺は国滅同義だぞ! 内閣総理大臣だぞ! 世界で一番、偉いんだぞ!」

 「政治家とは、国民の代理として政を任されているだけの立場に過ぎない。内閣総理大臣といえども、決して偉くはありません」

 「ああ言えばこう言う。こう言えばああ言う・・・・・・」

 怒りが高じて、苦痛さえも感じる。日々、イエスマンに囲まれている弊害で、否定されるストレスに耐えられない。涙目になり、地団駄を踏む様は、幼稚だった。

 『漢咲の野郎、許せない! こいつに俺のほうが上だと思い知らせる手段はないものか!?』

 思考まで幼稚で、優越感を満たしたいがためだけに悪知恵を働かせる。そうして一つの考えを思い付き、浮かんだ笑みは人類史に類を見ないほど嫌らしかった。

 「剛腕君。美麗君をここに連れてきなさい」

 「美麗副総理をですか?」

 「他にいるか、まぬけ! さっさと連れてこい! 俺を待たせれば命はないぞ!」

 「しかし、今、私は・・・・・・」

 そう言って、剛腕は弱々しい視線を漢咲に向けた。

 「これは、長々と手をつかんでしまい申し訳ありませんでした」漢咲は剛腕のこぶしから手を離した。「どうぞ、お行きなさい」

 二度も情けを掛けられる。そうして剛腕の心中に芽生えたものは、親愛ではなく憎悪だった。

 「よくも俺に恥をかかせてくれたな」顔面の筋肉を駆使して怒りを露にする。「この礼はいずれ必ず返すぞ。薄汚い野党のクズめ」

 吐き捨ててすぐ、剛腕は西東京都選挙区代表が並んでいるほうへと走っていった。

 「俺も放してくれ、漢咲さん」つかまれたままのこぶしを指差しながら。「大丈夫だ。あんたにそんな顔をさせちまったら、もう暴力に訴えることはできないからよ」

 口調と表情から冷静さを読み取って、漢咲は真田の望み通りにした。

 「漢咲さん・・・・・・」大原が言う。「鼻が・・・・・・」

 指摘されて、曲がった鼻に触れる。

 「ご心配なさらずに。骨は折れていません。鼻尖の軟骨が少しずれただけです」

 言うや否や、鼻尖をつまみ、曲がった方向とは逆に素早く引っ張る。乾いた音が鳴って、後は元通り、細い鼻が真っ直ぐにそそり立っていた。

 「処置が・・・・・・」大原は首を横に振った。「ワイルドすぎますよ」

 漢咲は大きく笑い、そのまま視線を空に流した。

 「今度は冠菊ではなく、通常の菊ですか」

 ちょうど、20発目の花火が弾けたところだった。大原もつられて空を見上げた。白菊の花は咲いたままの姿で消えた。

 「国滅総理!」剛腕の声が響いた。「美麗副総理をお連れしました!」

 美麗を目にすると、国滅は大いにはしゃいだ。

 「美麗君! 苦しゅうない、ちこう寄れ!」

 命じられるまま近寄ってきた美麗の肩に、国滅は腕を回した。

 「見たまえ! 漢咲君!」

 素直に、漢咲は国滅のほうへ目を向けた。

 美麗の笑顔が、僅かに陰った。

 「君のかつての親友、美麗楓が、今では私のマブダチだ」美麗の繊細な髪をもみくしゃにしながら。「いつぞやの愚かな総理大臣が、君の副総理にしようと丹精込めて育てた美麗楓が、今では私の副総理だ」

 漢咲は、悲しげに微笑んだ。

 「なあ、美麗君! 私たち、超仲良しだよな! 最近なんか一緒に週五でラウンドしてるもんな!」

 「国滅総理には、いつも手痛くやられております」笑顔をキープして、従順な声をしぼり出す。「大変、お上手ですから」

 「まあ、私は政治だけでなくゴルフの腕も一流だからね」絵に描いたような高笑い。「君もどんどん上手くなってるよ、美麗君。これからも私を参考にして、政治もゴルフも精進しなさい」

 「はい。勉強させていただきます」

 「どうだい、漢咲君! これで現実がはっきりと理解できただろう! 権力も、金も、女も、美麗副総理さえも、君が欲していたものは全て、私の物になっているんだ! 私は君の遥か高みにいる! 羨ましいだろう、漢咲君、悔しいだろう!」

 勝者だという絶対的な自負で勝ち誇り、敗者と断じた男の顔に負け犬の相を探す。そうして望んだものが見つけられなくて、稚拙な優越は踏みにじられ、再び憤る、怒りのスパイラル。

 「私は、国民の幸せ以外、何も欲したことはありません」

 漢咲の微笑みは潰えず、国滅の笑顔は潰えた。

 「嘘つき! 強がりの、嘘つき!」叫喚と共に美麗を突き飛ばし、そのまま漢咲に近付く。「悔しがれ、漢咲! 悔しがって、這いつくばって、俺に羨望の眼差しを向けろ! 俺を気持ちよくしろ! 総理大臣に気を使えよ、この野郎!」

 「総理大臣は気を使われる立場ではない。気を配る立場です」

 「違う! 総理大臣を気持ちよくすることこそが、日本国民の義務なのだ!」漢咲の胸倉をつかむ。「お前も、俺を気持ちよくするためだけに存在しているのだ! 俺の気分を害するような奴は、この国を生きる資格はねぇ!! 何度でも言うぞ、漢咲! 俺を気持ちよくしろ!」

 汚れ過ぎた心は、もはや洗われることなどないのだと悟り、悲哀の果て、微笑みさえもが消え去った。

 「同義さん。対義先生が・・・・・・お父上が、草葉の陰で泣いていますよ」

 「知るか! あんな奴!」国滅の顔が、この日一番の凶悪さを見せた。「人類史上最も優れた人間であるこの俺よりも、貴様のような卑しい下級国民の出のほうが総理大臣に相応しいなどとうそぶいた、あんな節穴の目をした男など、知るか!」

 緊迫した空気が、漂った。因縁が、二人の姿を球場に際立たせた。

 着火のミスで、残り80発となっていた花火が一斉に打ち上がった。空一面が壮大に光り輝く。それでさえ、儚く散る定め・・・・・・。

 「時は来た。それだけだ」

 「お前が死ぬ時がな!」

 「政治が国民のものになる時が、来たのです」

 開会式の閉会が間近に迫り、雲一つない空に稲妻が走った。その現象は、天の動揺によるものだった。天は知っていた。この夏の公私宴で日本の命運が決することを。

 漢咲が橋本真也氏の名言を拝借したのは、正しかった。今や正しく、時は来た、それだけなのだから。

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