第90話 王女の事情と親書の中身
「感謝……ですか?」
あまりに予想外のアウグスティン様の発言に、私と旦那様の方が戸惑ってしまう。
感謝される様な事は何もしていないはずだ。いや、マジで。
それでも本気で私に感謝しているというのなら、それはすなわち王太子の失脚を喜んでいるという事になってしまう。
つまりセレスティア殿下は王位を……!?
私は、思わずソファから立ち上がった。
この話をこれ以上聞いてはいけない。
下手に関わればとんでもない事態に巻き込まれる恐れがある。
「……やはりハミルトン伯爵夫人は聡明な方ですね。ご安心下さい。結果として助かったというだけで、アルフォンス殿下の失脚を狙っていた訳ではないのです」
私の考えを読み取ったのだろう。アウグスティン様は穏やかに微笑むとそう言った。
む、この人多分、中々の切れ者だな。
「では、感謝しているというのは……?」
「……非常に申し上げにくいのですが、伯爵夫人は直接の被害に遭われたのですから既にお気付きでしょう。アルフォンス殿下は、金色の髪に異常に執着していたのです」
やはりそうか。こうハッキリ言われてしまうと複雑な気持ちになるけれど、あの時の元王太子の異常な視線を思い出せば、金髪に執着しているのであろう事は想像に難くなかった。
……が、この流れでその話をするという事は。
ま、まさかあんの品性下劣元王太子、実妹の事までいかがわしい目で見てたとか!?
「元々、セレスと……失礼しました。セレスティア殿下とアルフォンス殿下は、とても仲の良いご兄妹でした」
……アウグスティン様、普段は王女殿下の事を『セレス』って呼んでるのか……。
仲がよろしい様で何よりである。
「しかし歳を重ねるにつれ、アルフォンス殿下のご様子が少し変わられたのです。必要以上にセレスティア殿下の行動を抑制しようとしたり、自分以外の男と話をするだけで機嫌を悪くされたり……」
うん、気持ち悪い。
「私に対しても非常にあたりが強くなりました。恐らくですがアルフォンス殿下はセレスティア殿下をずっと手元に置いておきたかったのでしょう」
そんな無茶な。
一国の王女が、嫁ぎもせずにずっと王城で暮らしているなんて前代未聞の珍事態だ。
セレスティア殿下に何か瑕疵でもあるのかと邪推されかねないし、王女殿下にとっても王家にとっても得な事など何一つない。
それなのに己の欲の為だけにそんな状態を望むなんて、あの元王太子、本当に国の事とか何も考えてなかったんだな。
……これは廃太子されて幽閉(というか引き篭もり)になって、国の為にも良かったのかもしれない。
「このままでは、私とセレスティア殿下の結婚にも悪影響があるかもしれない……と、恐れていた時にあの『夜会事件』が起こったのです」
なるほど。その話が本当なら王女殿下が私に感謝していてもおかしくない。
「それでセレスティア殿下は、妻の事を慕って下さっているのですか?」
「ええ、きっかけはそれですね。その後も様々な流行を生み出していく夫人の手腕にも憧れを抱いている様です。殿下は少し夢見がちな所があるので、『平民育ちの令嬢が、養家で虐げられながらも真実の愛を見つけて幸せになる』という、そんな童話の様な話に魅せられてしまったのでしょう」
「…………」
出たな、真実の愛。
現実では必ずしもそんな素敵な感じではなかったのだが、何故かどこかの界隈では私の話がそんな感じの美談になっているらしい。
何はともあれ、セレスティア殿下が私を恨んでいるという事は無さそうなのが分かってほっと胸を撫で下ろした。
じゃあ、今回のお手紙もまたこの前みたいなファンレター的な?
そう思って私が手元の手紙に視線を落とすと、それに気が付いたアウグスティン様に
「どうぞ、よろしければ中をご確認下さい」
と促された。
私も手紙の内容は気になっていたので、近くに控えていたマリーに声をかけ、封筒を開けて貰う。
「これは……」
手紙に一通り目を通した私は、思わず眉を顰めそうになるのを我慢して平静を装った。
……やられた。まさかこんな内容だとは思わなかった。
一瞬大した警戒もせずに手紙を受け取ってしまった自分の迂闊さを恨めしく思ったが、考えてみればそもそも王家からの親書を受け取らないという選択肢は無いのだ。
つまり、もうこれは避けようがなかった。
こんな、国の行く末に関わりそうな情報を知りたくは無かったが、辺境伯領と私達夫婦には浅からぬ因縁がある。
どの道無関係ではいられない以上、早めに相手の企みを知れたのは幸運だと思うしかないだろう。
「……こちらの手紙の内容は、ご存知なのですか?」
私は、アウグスティン様の目を見てそう尋ねた。この手紙がセレスティア殿下一人の考えで書かれた物なのか、アウグスティン様も同じ考えなのかで状況が変わってくるのだ。
「はい。というよりも、内容は二人で考えたと言っても過言ではありません」
「そうですか……。こちらの手紙は旦那様にもお見せしても?」
「勿論です。セレスティア殿下から伯爵夫人への親書、という形の方が怪しまれないと思いこういう形にさせて頂きましたが、元々ハミルトン伯爵にも読んで頂きたいと思っていたのです」
アウグスティン様にも確認をとった上で、私は旦那様に手紙を渡した。
「…………!?」
手紙を読む旦那様の顔色がみるみる悪くなって行く。
「これはつまり……まさか辺境伯領の反領主派は、独立を狙っているという事か!?」
そう、彼らの悲願とやらはフェイヤームの復活らしい。
これが本当なら、彼らがやろうとしている事は最早クーデターだ。
旦那様、これが内助の功なのです!〜下町育ちの伯爵夫人アナスタシアは旦那様の敵を許さない〜 時枝 小鳩(腹ペコ鳩時計) @cuckoo-clock
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