第89話 アウグスティンという男

「アウグスティン様ってどんな方なのか、旦那様はご存知ですか?」

「ああ、比較的同年代なので一応面識はあるが……、あちらは公爵家でこちらは伯爵家だ。属する派閥も違ったし、そこまで親しく会話をする様な間柄ではないな」


 ……うーん、旦那様もよく知らないって事かぁ。


 私はこの前の夜会でお見かけした事がある位でアウグスティン様とは面識自体ほぼないし、どんな方なんだろう?


 以前ミシェルの書で猛勉強したお陰で国内の主要貴族の情報と派閥関係は頭に叩き込まれてるけれど、それだけでは人となりは分からない。


 派閥関係は今まさにゴタゴタ真っ最中で把握し辛いし、恐らくあの頃と今で既に力関係が変わっている所も多いと思う。


「まぁ、少なくとも悪い評判を聞いた事はないし、感じの良い方だぞ?」

「……ちなみに、ウェスティン侯爵家のバージル様の評判はいかがですか?」

「……悪い評判は聞いた事が無いな」


 悲報。旦那様が聞いてくる噂はアテになりません。


 私達が邸内に戻ると、急な来客の報を受けた使用人達が既に準備に奔走していた。

 前方では、ダリアとデズリーとアイリスが笑顔で私を待ち構えている。


 同時多発プロの出番ですね、分かります。


 


 そして午後。

 敏腕侍女たちの手によってすっかり伯爵夫人モードに整えて貰った私は、旦那様と共に出迎えの為に玄関に立っていた。


 フェアランブル王家の紋章の付いた豪奢な馬車から、優雅な身のこなしでアウグスティン様が降りて来る。


 アウグスティン様は旦那様と私の前で一礼すると、挨拶の口上を口にした。

 それを受けて旦那様も丁寧な口上を返す。


 アウグスティン様は公爵家の方ではあるけれどまだ公爵家であって、本人が爵位を持っている訳ではない。

 よって、公式に言えば既に伯爵家のである旦那様の方が身分は高いのだが、やはりこういう場合は公爵家のアウグスティン様の方を丁重に扱うというのが通例だったりもする。


 どうやら今回はお互いがお互いを『自分より格上扱い』しているせいで、何やら凄い丁寧な挨拶の応酬が繰り広げられている様だ。


 うーん、やっぱり貴族社会はたいへんだなぁ。


 私が他人事のように二人のやり取りを眺めていると、


 「今回はセレスティア王女殿下の代理として親書を渡しに来ただけだから」


と言って玄関口で手紙を渡してアウグスティン様が帰ろうとなさるので、旦那様と二人で慌てて引きとめた。


 ただの使者ならともかく、王女殿下の婚約者の公爵子息を玄関先で帰らせるなんてとんでもない。

 ようやく応接の間にお通しすると、アウグスティン様は


「長旅でお疲れのところを急に訪問したのに、邸内にまで上がり込んで申し訳ない」


と、こちらに気遣いを見せて下さるので、なるほど確かにとても感じの良さげな方だなと思った。


 とはいえ、クリスティーナの例もあるし、高位貴族の方々の外向きの顔をそのまますんなり信じる訳にもいかないんだけど……。

 時に高位貴族というのは完璧な擬態を見せてくるから気を抜けないのだ。


『大丈夫! 敵意はないよー!』


 私がアウグスティン様の様子を慎重に窺っていると、ドレスのリボンに隠れていたクンツがひょっこり顔を出す。


 そうだ! クンツ!


 今回も人の感情に敏感なクンツは、こっそり私達に同席してくれている。

 完全に相手の感情が読み取れる訳ではもちろんないけれど、敵意のある無しが分かるだけでも相当助かるのだ。


 うん、少なくともアウグスティン様はこちらに敵意ナシ、と!


 私がほっと安心して息を吐いた所で、アウグスティン様が話を切り出した。


「申し訳ありません、以前も殿下がいきなりハミルトン伯爵夫人に親書を送ってしまったというのに、本日またこの様な形で押しかける事になってしまいました」


 この前貰った、まるでファンレターみたいなお手紙の事ですね。

 確かにあれには驚いたし、未だに真意を測りかねているのだけど……。


 丁度良い。こちらに敵意も無い様だし、少しお話を聞かせて頂こう。


「セレスティア殿下からは、こちらの立場を慮ったとても優しいお手紙を頂きました。心より嬉しく思っておりますが、殿下はとてもお優しい方と聞き及んでおります。私がこの様な事を申し上げるのも烏滸がましいのですが、こちらを思いやる故に殿下がお心を痛める様な事はございませんでしょうか?」


 私はにっこり微笑むと、アウグスティン様にそう返した。


 我ながら回りくどい表現ではあるけれど、まさかどストレートに「こっちに気を使ってない? あれ本心? 元王太子の事とか気にしてないの?」なんて聞く訳にはいかないし。


 アウグスティン様は私の言葉を聞くと、苦笑いの様な表情を浮かべて頷いた。


「お気遣いありがとうございます。セレスティア殿下は心根の真っ直ぐな方ですから、ご自身のお気持ちを偽った手紙を、わざわざ親書として書かれたりはなさらないですよ」


 アウグスティン様の言葉を受けて、思わず旦那様と視線を交わす。


 フェアランブル王家の兄妹はとても仲が良い、というのは有名な話なのだ。

 セレスティア殿下が事の顛末を知っているなら、私の事を快く思っていなかったとしても仕方ないと思っていたんだけど、そうではないのだろうか。



「……お二人は、アルフォンス殿下との一件を気にされているのですね?」

「!!」


 アウグスティン様の言葉に、私と旦那様の間にも緊張が走る。

 そう言うって事は、やはりアウグスティン様も私と元王太子の間で起きた事を知っているって事だよね……?


「その件でセレスティア殿下の気持ちを案じて下さっているのなら、心配はご無用です」

 

 アウグスティン様は少し迷う素振りを見せた後、覚悟を決めた様にこちらをしっかりと見てこう言った。



「……むしろその件に関して、私もセレスティアも、ハミルトン伯爵夫人に感謝をしている位なのですから」

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