触るな

猫村文楽

第1話

 留守中に高田馬場の自宅が全焼した。

 残業で帰宅深夜の疲れた体に鞭打って地下鉄の階段を上がった松島の目の前に、ものものしい光景が飛び込んできた。

 消防車が何台も連なり、自宅のあるマンションのほうに向かって、何本もホースが伸びていっている。

 虫の知らせか悪い予感が見事的中、ホースを辿るように通りを歩いて路地へ曲がると、立ち入り禁止のロープが渡って警察官が野次馬の整理を行っていた。

 どうやら火元は上の階の一室だった様子ですでに鎮火しており、階下の駐車場に大量の水がしたたり落ちていた。

 ロープを掴んで消防隊員に声を掛けた。

「すいません。そこ、うちなんです。」

「何号室?」

「405号室です。松島義孝。」

「火元だよ。」

 火元は居間で、原因は定かでないが部屋は全焼したとのことだった。

 

「弟の稔がひとりで留守番していたはずなんですが。」

「酷い火傷を負って救急車で運ばれたと思ったけど。命に別状はない様子でした。病院調べて連絡します。」

 消防隊員は松島からスマホの番号を聞くと、明日の朝8時に現場検証に立ち会うよう言い置いてその場を立ち去った。

(火元が居間ってどういうことだよ。)

 弟の稔は未成年なので煙草は吸わないはずだが、このところはせっかく入った大学も行かずぶらぶらしていたので果たしてどうして火を出したものか。

 火傷を負ったということだから、やらかしたのが弟なのは明白だった。

 時計を見れば23時。

(とりあえずビジネスホテルに泊まって上司に連絡入れて寝るしかない。)

 野次馬の間をすりぬけようとしたとき、耳元で声がした。

「触るな。」

 

 

 

 


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触るな 猫村文楽 @nekomurabunraku

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