空港小話
篠岡遼佳
空港小話
わたしはそわそわしている。
座り心地の良いベンチへ、座ったり立ったり。
空港はいつも広い。
特有の呼び出し音、高い天井に、どこまであるかわからない搭乗口。
人もいっぱいだ。
年末のいま、空港はどこも混雑しているが、ここは例年より一層混雑している。
おかげで今年は終夜営業するらしい。よくわからないが、めずらしいことなんだそうだ。
終夜営業ということは、みんな年越しはここで迎えるのかな。
わたしはスマホの画面を意味もなく何度もスライドさせて、連絡を待っている。
着いたなら着いたと言って欲しい。まだならまだと言って欲しい。
そのくらいのワガママは、許されているはずだ。
「ごめん、遅くなった」
そのとき声がやってきた。
目の前でぜいはあと息を切らして、短髪をかき上げながら、彼はあらわれた。
「むう、連絡するって言ったじゃん」
「スマホの電池切れた」
「準備不足!」
「悪かったって」
貴方の姿に気付いた瞬間、意外と他のことはどうでも良くなってしまった。
げんきんだなぁ、わたしは。
「また帰ってきてくれたんだね」
「そりゃ帰ってくるだろ。待っててくれる人が居て、家があるんだから」
「それもそうか」
空港特有のポーンという呼び出し音。
たくさん人が居る混雑した場所。
そこで私たちは手を繋ぎ、ぎゅう、と抱きしめあった。
ここはそういう場所だ。
長々会えなかった人たちが、出発と到着を繰り返し、出会いと別れを繰り返す場所。
だから、出会えたのだから、ハグくらいどうってことないのだ。
……はずかしいけど、これはそれ以外にかえられない。
わたしたちは充分に相手を確認してから、腕をほどいた。
「少し、話そ」
「もちろん」
貴方は隣に座り、これまでのことを話してくれる。
わたしはそれを聞き返したり、茶々を入れたり、おどろいたりして、彼を満喫する。
短髪のおでこがかわいいきみ、将来頭髪にお困りになっても、ちゃんと大丈夫、格好いい髪型にしようね。
まあまあ痩せ型のきみ、将来おなかがちょっと出ても、それはそれで地球に対する存在感が増したということで、ゆるしてあげてしまうかも。
わたしはどうかな。
「一年経って、変わった?」
「変わんないね」
「ちょっと~!」
「わかったわかった、かわいくなった」
「うそだぁ」
「俺を待ってくれてるところがかわいいじゃないか」
にっこり、そんなことをさらっと言えてしまうから、貴方はずるい。どうしようもなく好きになる。
好きに、なる。
ゆっくり時計の針が進んで、もうすぐ12時だ。
空港に居る人たちのざわめきがなぜか凪いで、みな、そばにある時計を見つめる。
3、2、1。
空港中央の仕掛け時計が動く。
アメイジング・グレースが鳴り響く。
年が変わったのだ。
わあっとすべてのひとが大きな声で言葉を交わす。
祝い喜ぶための言葉を、挨拶として交わしあう。
「おめでと」
「おめでとう」
わたしたちも、言葉を交わす。
――わたしたちは、約束をしあう。
家があって、家族が居るところに帰って行く。
何があっても、誰も居ないかも知れなくても。
心の中に約束がある。
そして最後に交わすのは、小指だけ。
だけどこの指切りだけは、なにがあっても永遠だから。
空港小話 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka
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