第十三話 繰り返す魔術のいろは

「じゃあ、次はサウンドの魔術だな。まったく違う魔術にも見えるが、物を動かす代わりに空気を動かすだけだ」


「空気を動かす?」


 予想外の言葉に独り言が出てしまいました。音と空気にどのような関係があるのでしょうか。


――空気が動くと……。風になるのでは?


「あぁ。音とは空気の振動。大きく揺れれば大きな音が出るし、早く揺れれば高い音が出る」


「そうなのですか」


 音について考えたこともありませんでした。確かに外にいれば、遠くの音もよく聞こえます。それは空気の振動を遮るものが何もないからなのでしょう。

 ビアンカから魔術はイメージだと聞きましたが、アーサーは少し考え方が異なりました。

 しかし、私にはアーサーの言葉のほうが理解できそうです。


「マナの使い方は今までと変わらない。杖にたまったマナを使って杖の先端の空気を振動させるんだ。ただ、空気は見えないから、できるだけ出す音を頭にイメージする。明確にイメージできれば、そんなに難しくないはず」


「明確にイメージですか」


 やはり、イメージは重要なようです。

 ただ、空気を振動させるのだとわかっていれば、マナの使い方が変わってきます。


「どんな音でも構わないので、はっきりとイメージしてから空気を振動させてくれ」


「はい」


 人の声も出せるそうですが、難しいので、単純な音にしてみます。

 私がよく知っている音と言えば、この城にいると頻繁に聞くあれしかありません。


「……では、やってみます」


 聞き慣れた音を頭の中にイメージします。そして、その音が長杖スタッフの先端から出るように空気を振動させるのです。

 長杖スタッフへとマナを集中させました。最初なので、多めにマナを注入しましょう。

 そして、魔術を発動します。


「ウゥー!」


 大成功です。新生してはじめて、サウンドの魔術を使ったというのに、一回で大音量の警報が鳴り出しました。


――やはり、魔術の才能がありますわ!


 私は自己満足に浸っていました。

 しかし、城内で警報音が鳴るということは――。


「トレントの攻撃だ! すぐに荒野へ出動せよ! 急げ!」


 それまで静まり返っていた城内が、兵士の足音や武器の当たる金属音、さらには怒声により騒然となります。

 突然の襲撃だと勘違いした兵士たちは、一斉に動きはじめました。


 ついさきほどまで、有頂天だった私の背中に冷たいものが流れていきます。

 アーサーは素知らぬ顔をして、あさっての方向を見ています。

 後ろにいたイヴォーンは額へ手をやりながら、うつむいていました。


――誰か、わたくしの味方はいないのですか!



 その後も、魔術の練習は続きます。マナの量のコントロールも学びました。

 毎日、最初は以前練習した復習からです。異なる魔術を練習すると、以前のものを忘れてしまうので、反復するそうです。

 そして、魔術の難易度も上がっていきました。


「サーマルの魔術は経験があるらしいが、一応、練習してみよう。ここからは集中力が重要になってくる」


「お願いします」


 アーサーは水をいっぱいに入れたバケツを用意しています。

 サーマルの魔術は、あの悲しい事件のときに、私がとっさに使った魔術でした。

 自分でも驚くほどの魔術でしたが、どのように発動したのか覚えていません。


「この水面へ杖の先端を近づけて、マナで水の中を感じるんだ」


「はい」


 長杖スタッフを水面へ触れるようにかざします。

 そして、マナに伝わる水の中の感じを受け取ります。マナに集中すると、徐々に感覚がつかめてきました。


「さらに、水の中を感じていく。どんどん中へ中へと集中していくと、たくさんの塊を感じられる」


「塊ですか……。やってみます」


 アーサーの言う『塊』という表現がわかりませんでしたが、とにかく水の中の感覚を研ぎ澄ませていきます。

 より小さな範囲を探っていくと、本当に塊のような感覚がしてきました。

 水という一つのモノだと思っていたのですが、さらに中には細かい粒のようなもので満たされています。

 バケツの水面は揺れることもなく鏡のようですが、その粒たちは頻繁に動いています。

 まるで、別の宇宙のようでした。


「その塊をまとめてマナで振動させるんだ。動かしてもいいが、その場で回転させるとやりやすい」


「はい」


 マナで感じた塊を、すべて回転させます。

 私は学んでいます。ありったけのマナで回してはいけません。最初はゆっくりと、さらに回転速度を上げていきます。

 すると、バケツの中で静かにたまっていた水が、水面の少し下から泡立ち、表面へと浮かんできます。湯気も立ちはじめ、沸騰しはじめているのがわかりました。


「うーん。いいんだが、沸騰しているのは表面だけだな。バケツの水全体を意識できれば合格だ」


「わかりました」


 一応、成功したようです。ただ、及第点ではないようです。

 確かに、私は水の表面のほうしか感じていませんでした。バケツ全体を感じるには、さらに集中し、マナから感じる感覚を広げていかなければなりません。


 その後も水で感じた塊を分割したり、くっつけたりするケミカルの魔術。塊のさらに中にある雲のようなものを集めるエレクトリカルの魔術や、雲と粒を切り離すライトの魔術を学んでいきました。


 最初のメカニカルの魔術を覚えるのに、約二週間かかりましたが、徐々に難しくなり、覚える時間もかかります。アーサーの教えてくれた、六大要素の魔術をすべて習得するのに一年間かかりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年7月3日 07:45
2024年7月8日 07:45
2024年7月11日 07:45

教国の王女 〜Zipped Memories〜 善天侍 利乃匠 @Zentenji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ