第十二話 はじめての魔術の修行

「姫様。アーサーには私からきつく言っておきましたので、もう失礼な態度はしないと思います」


 イヴォーンは、昨日のアーサーの言葉づかいが、そうとう頭にきたようです。

 練習へ向かう途中で、鼻息を荒くして話しかけてきました。


「いえ、わたくしは魔術を教えていただく身です。敬語を使われる筋合いはございません」


 私からしてみればアーサーは魔術の先生、言葉づかいなど気にしていません。


――そもそも、あの人、敬語なんて使えるのかしら?


「いいえ。どのようなお立場であろうと、姫様は一国の王女。その方へ向かってため口など、姫様が許しても、侍女である私が許しません!」


「……は、はい」


 私の少し後ろを歩いてくるイヴォーンは、両手を握りしめ、真剣な顔です。彼女の迫力に負けてしまいました。

 ただ、私を気遣ってくれる彼女へ感謝します。

 本城ではじめて会ったときの、物静かで手際のよいイヴォーンのイメージが、少しずつ変わってきました。


 昨日と同じく中庭の小屋の横へ行くと、アーサーが薪割りの台の上に腰掛けていました。

 何か、独り言を言っているようにも見えます。


「ごきげんよう。アーサー」


「はっ。姫さんにはご機嫌うる、……うる、うるわしゅう?」


 私から声をかけると、彼は急に立ち上がり、たどたどしい言葉づかいで返事をしました。徐々に声が小さくなり、最後は質問になっています。


「は……はは。そんなに堅苦しいあいさつは不要ですわよ」


「ありがたき……なんだっけ?」


 イヴォーンは片手を額へ当てて、うつむいています。彼は優秀な魔術士ですが、言葉を覚えるのは苦手なようです。

 しかし、ここへ来た目的は、言葉づかいの練習ではありません。


「……それよりも、本日も魔術を教えてくださいませ」


「おう。そうだな」


 イヴォーンの目が冷たく光ります。アーサーも失言に気づき、右目をつぶり苦虫をかみ潰したような顔をしました。

 すぐに気を取り直した彼は、姿勢を正して私と向き合います。


「えーと。とりあえず、薪割りを続けよう……です。昨日と同じように、杖へマナを流し込んで、ですね。お、おのを振り下ろす練習だ……よです?」


「あのー。教えていただくときは、普通に話してもらえないでしょうか。というか言葉づかいが気になって頭へ入ってきません」


「は、はい……」


 きっと、イヴォーンからたたき込まれたのでしょうが、このような説明では練習になりません。

 彼女には申し訳ありませんが、これまでどおりに話してもらいました。


 私の斜め後ろにいる彼女は、ガックリとうなだれていました。


――ドンマイ! イヴォーン。


 その後魔術の練習を本格的に開始しました。

 毎日、数時間を使ってアーサーから魔術を習っています。

 最初はふらつきながら、おのを振り下ろしていましたが、数日もすると、安定して薪を割れるようになりました。

 彼の教え方が上手なのです。


 薪を台の端のほうに立てます。


「まず、体の中にマナを感じるのよね」


 彼に教わったとおり、声に出しながら魔術を発動させます。

 昔、ユーゴが教えてくれました。『聞くよりも、書いたほうが覚えられます。書くよりも声に出したほうが覚えられます。さらには人へ教えるとよく覚えられるのです』そう言いながら私にいろいろなことを教えてくれました。


「次に、そのマナを集めて手から長杖スタッフへ流し込むのよね」


 体中に空気のように広がっているマナを左の腕へ集めます。感覚でしかないのですが、熱い空気のような流れが起こり、左腕へと流れ込みます。


長杖スタッフがマナで満杯になるまで流し込む」


 腕から握っている長杖スタッフへとマナを流し込みます。体の中にはまだマナが残っているようですが、簡単には動きません。動くマナだけを長杖スタッフへと集めました。


「そして、長杖スタッフを当ててから、おのが空中へと上がる様子を、鮮明にイメージする!」


 おのがまっすぐに空中へと浮き上がる状態を、頭に思い浮かべました。


「そのまま、長杖スタッフを上げる」


 腕を上げて長杖スタッフを上へ振り上げます。当てていたおのも一緒に上がってきました。さきほど、イメージしたとおりの動きです。


「えいっ!」


 次はおのが薪の上へ落ちて、真っ二つに割る様子をイメージします。

 一緒に長杖スタッフを振り下ろす。


「コーン。ドサァ」


 乾いた薪の割れる音とおのが台へ突き刺さる音がしました。

 成功です。


 アーサーもイヴォーンも、手をたたいて喜んでくれます。

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