第二章 鍛えれば鍛えるほど美しく咲く

第十一話 無愛想な魔術士の使用人

 一面を芝生で覆われた庭へと踏み入れると緑の匂いがする。左右を回廊で囲われた中庭にはいくつかの低木が植えられ、花が鮮やかに咲き誇っています。


 あれから数日がたったある日、イヴォーンに連れられてここへ来ました。

 中庭の端にある小屋の前で、使用人の女性と男性が話をしています。


「アーサー。この荷物を一番上の棚へ上げてくれないかしら」


「はーい。ムーブっと」


「わぁー、すごい! 本当に魔術が使えるのね」


「ええ、まぁこのくらいなら」


 男性は魔術を使い、重そうな農機具を最上段の棚へ簡単に載せてしまいます。実際に持ったことはありませんが、金属のかたまりのようなそれは、私では持ちあげられないでしょう。

 依頼をした女性も驚いた顔で彼を称賛していました。


「あそこにいるのが、新しい使用人のアーサーです」


「あれが……」


 イヴォーンが小さな声で教えてくれます。そこにいたのは、髪はボサボサで、愛想のないぶっきらぼうな感じの男性でした。


「ありがとう。じゃあ、薪割りをお願いね」


「へーい」


 先輩の女性は彼に仕事を頼んでから、建物の中へ入っていきました。

 彼は小屋の横へ行き、手慣れた手付きで重そうなおのを振り上げて薪を割りはじめました。

 周りには誰もいません。イヴォーンの顔を見て、うなずき合います。


「あの、少しだけよろしいかしら?」


「は? なに?」


 思い切って、彼へ話しかけます。緊張して、声が上ずったかもしれません。

 私の気持ちなどけんもほろろに無愛想な声が返ってきました。


「さきほど、魔術を使うところを見せていただきました。それで、わたくしにも魔術を教えていただけないかしら?」


「あんた、だれ?」


 私はこの国の王女のはずです。このように話しかけられたのは新生して以来はじめてかもしれません。

 突然の出来事に一瞬ですが、言葉が出なくなってしまいました。


「アーサー! こちらはリュヌ王女殿下です。口を慎みなさい!」


 私の代わりに、イヴォーンが口火を切ってくれました。おかげで、われに返れました。


「いえ、名乗りもせずに、勝手にお願いばかりしてしまった、わたくしが悪かったのですわ。わたくしはリュヌ・ド・フェヴリエです。リュヌと呼んでくださいませ」


 緊張して、名乗ることも忘れていた自分が情けありません。

 王女として、マナーについても厳しく教えられてきたはずなのに。


「あぁ、アーサーだ。で、リュヌは魔術を教えてほしいのか?」


「アーサー! 姫様を呼び捨てにするなど許されません!」


 彼も名乗ってくれました。しかし、イヴォーンは彼の話し方に不満を持っているようです。

 さきほどよりも、さらに大きな声でしかりつけます。


「だって、そう呼べって言ったじゃん」


「だからと言って、うのみにするものではありません!」


「おっかねえなぁ、わかったよ。じゃあ、……姫ちゃんは魔術を教えてほしいんだな」


 イヴォーンの怒りは収まりません。普段は機敏な動きをする割には物静かな彼女でも、怒るときはこれほどの声を出すのだと、はじめて知りました。

 いっぽうで、アーサーはどう呼べばよいのか迷ったあげく、おかしな言い回しになりました。

 それでも、私は魔術を教えてくれる人を知りません。ここで手放したら、どれほどさきになるか。


「ええ、そうです。ほんの少しできるのですが、まったくの素人ですので、基本を教えていただきたいのです」


 なるべく、丁寧な言い方でお願いしました。


――お願いします!


「わかった。じゃあ、まずは薪を割ってもらおうか」


「アーサー! それはあなたの仕事でしょ!」


 イヴォーンがアーサーの言葉に、かみつきます。

 しかし、彼が魔術を教えてくれるのです。私の希望がこれほど早くかなえられるとは思ってもいませんでした。


「いえ、いいのです。教えてもらうのですから、このくらいはしないといけませんわ」


 魔術を教えてもらう以上、私も彼へ与えるものが必要です。薪割りが必要であれば、きちんと返しましょう。

 腕力には、まったく自信ありませんが。


「ん! お、重い……」


「あぁ、姫様!」


「キャー!」


 予想どおりおのは重く、私が簡単に持ち上げられるものではありませんでした。

 なんとか持ち上げたものの、そのまま後ろへ倒れてしまいます。

 薄黄色のドレスが黒い土で汚れてしまいました。お気に入りの服の一つではありますが、それどころではありません。


「も、もう一度です。よっ! それー」


 ドレスの土を払いながら立ち上がります。ようやく魔術が習えるというのに、こんなことで、へこたれている場合ではありません。

 もう一度、おのを持ち上げて、立っている薪へ向かって振り下ろします。

 しかし、私の軟弱な足腰は重さに耐えきれず、ふらつきながら薪へ向かいました。


「あ、あ、キャー」


 最後まで薪から目を離さなかったからでしょう。なんとか薪におのが突き刺さりました。

 しかし、同時に私の体は大地へとたたきつけられました。


「アーサー! やはり、こんなことを姫様に、させるわけにはいきません! あなたがやりなさい!」


 私の哀れな姿を見たイヴォーンの怒りは最高潮に達しています。

 しかし、アーサーの口から出たのは予想外の言葉でした。


「いやー。誰がおのを手で振り上げて薪を割れって言った?」


「え?」


「だから、魔術を教えてもらいたいんじゃないの?」


 そう言いながら、アーサーは薪へ突き刺さったおの小杖ウォンドを当てると、おのと薪を引き連れて空中へと振り上げます。


「コーン」


 空中へ浮かんだ薪は、おのと一緒に木の台の上へたたききつけられ、乾いた音とともに真っ二つに割れました。

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