閑話一 押し寄せる喪失の覚悟

 静まり返った部屋に俺の足音だけが響く。

 不要なものは一切ないすっきりとした部屋には机とソファーがあるが、俺は座っている気分ではない。

 ソファーには妻のルーシー落ち着いた表情で座っている。


「ルイ。もう少し落ち着けば?」


「そうは言ってもな。毎年、この時ばかりは緊張してしまう。ビアンカのやつ、遅いな」


 公には、国王である俺から国民へ褒章するため、年に一度、本城へ訪れる。だが、それは建前にすぎない。

 本当の目的は娘のマナの診断だ。俺もオーラを見られるが、詳細の判断までは難しい。

 フェヴリエ国で魔術士として俺と肩を並べるビアンカは、マナの測定や判断などに長けており、彼女に任せるしかなかった。


 最近、娘のオーラが強くなっており、俺は気になっていた。

 体内のマナが多くなると自然にオーラが大きくなったり、濃くなったりする。このところ、俺でもわかるくらいオーラが濃くなっているのだ。

 荒野へ行ってはならない、魔術も武術も学んではいけないと言いつけているのだが、どうやら限界のようだ。

 ときどき、城壁まで行って荒野で戦っている兵士たちの姿を見ていると報告を受けている。見ているだけであればよいのだが、万一、魔術を発動してしまえば……。

 サイモン中佐には、くれぐれも娘に危害が及ばないように厳しく言い伝えてはいるものの、心配で仕方がない。


 もちろん。マナが多いだけであれば問題ないのだが。


「入ってもいいかしら?」


「おう! 待っていた。早く入ってくれ」


 ようやく、ビアンカがやってくる。

 一秒でも早く結果が聞きたいのに、何時間も待たされた気分だ。実際は、三十分程度かもしれないが。


「それで、結果はどうであった?」


「座らせてもくれないの? お茶の用意もしてあるのに。フェヴリエ国王は厳しいのね」


 俺とルーシーが座っている前のテーブルには三人分のティーセットが置いてある。

 テーブルの横には侍女がワゴンの隣に立っており、ビアンカの分も注ごうと動きはじめていた。


「ああ、座ってくれ」


 侍女は、ビアンカのカップへ紅茶を注ぎ、菓子を皿に置く。

 普段いる外城は兵士ばかりのため、武骨な男性が音を立てながら紅茶だけ出してくれる。

 それとは対照的に、侍女は手慣れた手付きと流れるような動きで静かにティーセットを用意してから、退室していった。


「結論から言うわ。そろそろ覚悟を決めないとね」


「覚悟だと!」


 ビアンカは決意した顔つきになり、大きな目で俺をにらみつける。

 結論から話してくれるのはありがたいが、唐突すぎて理解できない。


「本人は魔術の練習はしていないと言っているでしょうけど、マナの量は圧倒的に増加しているわ。それこそ、ルイや私をはるかに超える魔術を発動できるくらいにね」


「そうか……」


 やはり、俺の不安は当たっていた。まあ、マナが見える者であれば、誰が見ても明らかではある。

 どこかで、それを否定し続けている自分がいた。『我が娘に限って、父親の言いつけを破って魔術の練習をするはずがない』と。

 え、『親バカ?』フェヴリエ国王の辞書にそのような言葉はない!


 いずれにしても、娘は多くのマナを持っているのだ。このフィヴリエ国で一、二を競った俺とビアンカでさえ、足元にも及ばないほどのマナを。


「きっかけとなる機会が訪れれば、誰もが目を見張るような魔術を発動しかねないわよ。そうすれば、バシリッサの耳にも入る。草の情報網は、あなた方のほうが良くご存じよね」


「んー。きっかけとは、たとえばどのようなものなのだ?」


 この世界にはバシリッサ国にいるとい言われている頭領率いる『草』と呼ぶ集団がいる。彼らはいわゆる諜報ちょうほうの専門家だ。

 彼らは独特の体術を習得しており、知らない間に影へと潜み情報を収集してくる。そして、彼らは自らのあるじ以外には自分の身分を明かさない。

 いたるところに潜み、情報を収集しているのだ。


 実は国王にも草はついている。何を隠そう、俺にも硫黄いおうという草がいるのだ。

 草は皆、任務を持っているという。硫黄いおうの任務は俺の守護と情報提供だ。よほどの無理難題でない限り、フィヴリエ国のことであれば、かなりの情報を入手してくれる。彼一人が情報を調査するのではなく、国内に散らばる諜報ちょうほう網から入手するらしい。

 そして、その情報がバシリッサ国へ筒抜けかと思いきや、彼の任務は国王の命令に従うことも含まれている。つまり、国王の許可なしに漏洩ろうえいしないそうだ。

 ただし、バシリッサ国への謀反など、この世界全体へ影響を及ぼす場合は別らしい。


 この国には硫黄いおうの配下以外にも草は潜んでいる。バシリッサ国からの任務を受けている者たちもいるだろう。それは街だけでなく、兵士にも紛れている可能性が高い。

 娘が驚異の魔術を発動すれば、きっと彼らの目にとまる。

 それを防ぐ方法はないのだろうか。


「あのは素直なだけに、自分の周りの人をとても大切にしているわ。たとえば、あなたたち二人のうちどちらかが負傷すれば、きっと強力な魔術を発動するでしょうね」


「いや、俺はトレントと戦ったりしない。俺が戦うときは国が存亡の機となったときだ」


「そう。じゃあ、わたくしも極力、トレントとは戦わないようにするわ」


 確かに娘は素直な子だ。俺の言いつけも、嫌な顔一つせずに聞いてくれる。実際に守っていないこともしばしあるようだが。

 妻のルーシーとも仲がよく、普段から楽しそうに会話している。

 この本城へ来る道中も家族三人水入らずで楽しいひとときを過ごせた。もし、俺たちがけがでもすれば、きっと悲しんでくれるだろう。それがトレントであれば、怒りに任せて魔術を発動してもおかしくはない。


 ルーシーも娘のために、自粛してくれるようだ。

 彼女はたまに、トレントとの戦いで形勢が不利になると自ら戦いへと向かっている。

 最近はサイモンの鉄壁な戦術のおかげで、彼女の出番もめっきり減っているが。


 ルーシーは、結婚する前は国軍でも有名な剣士だった。あるとき、俺の魔術と彼女の剣、どちらが強いのかはっきりさせようと試合を申し込む。当時、無鉄砲だった俺はもろくも、彼女に完敗してしまった。

 しかし、彼女は俺をバカにはしなかった。それどころか、魔術と武術のどちらかが強いのではなく、共に力を合わせればもっとも強くなれるのだと教えてくれる。

 俺はその言葉にれ込んでしまい、ついには結婚するまでにいたった。

 以前、ルーシーへそのことを話すと、『あら? 私にれたんじゃないの?』といやみを言われてしまったが。


「そのほうがいいでしょうね。一度、大きな魔術を発動してしまえば、次々と魔術を習得してしまうわよ。あのは魔術の超エリートということを忘れないでね」


「そうなれば、バシリッサの手が入るのは必定というわけか」


 この世界の上層部、各国の国王とサバシリッ国の賢者と呼ばれるものだけが使う『超新星』という隠語がある。

 新生しながら、魔術または武術に秀でた才能を持つ者を呼ぶ。

 ただ、それだけではトレントと戦えるわけではない。魔術も武術も鍛錬により、技術を高めてようやく戦えるのだ。

 それまでは、新生した国に教育は任されている。そして、その才能が開花し、トレントと戦えるようになると、バシリッサ軍の兵として召集される。

 他の兵士は本人の意思が尊重されるが、『超新星』は例外中の例外。国王命令でバシリッサ国へ行かざるを得ないのだ。


「そのとおり。おそらく、あの手この手で、あのを誘惑するでしょうね。バシリッサ軍の幹部候補とするために」


「あのはフェヴリエの王女なのだ。バシリッサなんかにくれてやるものか!」


 うわさではあるが、ある程度の才能が目覚めると、国王の意思とは関係なくバシリッサ軍が人を派遣してくるという。

 専門家をその国へ派遣し、知らずしらずのうちに技術を高めて、バシリッサ軍でも通用するまでに育てていくというのだ。

 ビアンカが言っているのは、そのことだ。


「あなたの気持ちはわかるけど。超新星として新生した以上、いつかは覚悟しないとよ。あのが望む望まないにかかわらずね」


「とりあえず、そのきっかけを作らならないように、気をつけるしかないわね」


 ビアンカの話しにルーシーが同調する。


「そういうこと。ただ、心の準備だけはしておくのね」


「ん……。わかった……」


 俺には何一つわからないが、やむなくそう答えた。


――覚悟などはとっくにできている。あのが新生したときからだ! 娘は絶対に手放さない。


 このとき、俺に欠けていたのは冷静な判断だった。

 ビアンカの言った『自分の周りの人』とは、俺とルーシー以外に、もう一人いるのを忘れていた。それも、俺たちよりも長い時間一緒にいた存在を。



 そしてとうとう、それは起こってしまった。

 俺は一部始終を城の見張り台から見ていた。


 娘の体が濃い黄色い光に包まれる。露出している体も服もすべてが金色に輝き、そこにいるのは女神としか言いようがない。

 階段の欄干は経費削減のためトレントの魔心が使われていたのもあり、彼女の握りしめている欄干も金色に輝きはじめた。

 その様子もつかの間、五体のトレントが次から次へと燃えはじめる。誰かが火を放ったのではなく、自ら燃えはじめたのだ。

 燃え上がる火柱は、まるで大地が炎を吹き上げているかのように。


 さらに、火柱となったトレントは空中へと浮きはじめた。空中を漂う五本の火柱は、まさに神の御業。

 次の瞬間、トレントは、とてつもない速度で城壁の外へと飛んでいく。あれだけの大きさのものが、まるで光の矢のように荒野へと消えていった。


――夢なのか……。いや、夢であってもらいたい。


 俺は、しばらく見張り台の手すりにしがみついていた。そのまま全身が震えて動けなくなっていると気づいたのは、戦いが終わりトレントも退散したあとだった。





――――――――『第一章』完――――――――


 読者さまへ。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。



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 物語はまだまだ続きます。



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