第十話 心に刻む不退転の決意

 二週間ほどたった、ある日の団らんのとき。


「お父様、お母様、お話がありますわ」


 意を決して声を出したため、思わず大声になってしまいました。


 あの後、私は何日もひたすら泣き続けました。涙が枯れてあのときのことを忘れようとしても、次から次へと押し寄せる波のように悲しみが襲いかかります。

 しかし数日もすると、涙をこらえて思い返せるようになってきました。

 なぜあのようになったのか。いつどこで間違えたのか。誰が悪かったのか。何が悪かったのか。どうすればよかったのか。そして、これからどうするかです。

 何度も何度も振り返り、その中で出したのか今回の決意です。


「わたくし、戦術を習いますわ!」


 お父様は少しだけ驚いた顔をした後何かを悟ったようにそっとまぶたを閉じました。お母様は優しくほほ笑み、娘の成長を喜んでくれているようでした。

 戦術とは魔術と武術を合わせた意味です。魔術だけでもよいのですが、トレントと戦うには、両方を習得する必要があると考えたのです。


 少しの間、沈黙が訪れたあとに、低くずぶとい声がしました。


「俺は反対だ」


「あなた!」


 お父様の発言に驚いたお母様が振り向きました。


「だが、リュヌ、おまえの決心が固いことも理解している。だが、どうやって魔術や武術を習うつもりなのだ?」


「まずは書物を読んで基本を学ぶつもりです。その次に体を鍛えてから本格的に魔術や武術を練習しますわ」


 お父様の厳しい質問の内容も考えています。何ごとも頭で理解してから身につけるがほうが、早く習得できると教えてくれたのはユーゴでした。

 何も知らない私ががむしゃらに練習しても上達は見込めません。フェヴリエ城には多くの兵士がいますので、魔術や武術に関する書物は豊富にありました。まずはそれを読み、どのように練習していくかを考えるところからです。


「だが、兵士たちはおまえの相手などしている暇はない。誰かに習うのであれば自分で見つけなければ意味がない」


「はい。承知しております。何を学ぶべきか理解した上で、教えてくれる人を探しますわ」


 お父様のおっしゃることはもっともです。兵士たちは国を守るために自ら訓練しているのです。私へ教えるため兵士になった人はいません。

 現時点では、あてはないのですが、教えてくれる人も探さなければなりません。


「もう一つだけ制限をかけさせてもらう。おまえが中尉レベルまで上達するまではトレントとの戦いは禁止だ」


「え?」


 フェヴリエ軍の中尉は、大隊を指揮する役目ですので指揮能力も必要。ただ、私は王女であり、指示に反論する人はいません。とくに魔術士は忠誠を誓ってくれるでしょう。

 尉官になる条件は、武術士、魔術士としての実力も必要です。少尉であればトレントと一対一で戦えるレベル。中尉であればトールと戦えるレベルが必要です。

 中尉となると、かなり高位の階級です。

 つまり、トールと一対一で戦えるレベルになるまでは、実際に戦場へ出てはいけないということ。


 お父様の意図は二つあるのでしょう。一つは私を危険にさらさないため。もう一つは兵士たちに迷惑をかけないためです。

 王女である私が荒野で戦えば、兵士たちは気を使います。とくに魔術士たちは盾になって私を守ってくれに違いありません。私のために大切な兵士たちが負傷しては大変です。


「わかりました。では中尉レベルになるまでは独学で鍛錬しますわ」


 私も兵士たちを危険な目に合わせるのは、本望ではありません。この程度の制約であれば乗り切る覚悟はできています。


「そうか。それであればおまえの好きにしなさい」


「ありがとうございます!」


 お父様はあきらめきった顔になり、それまでとは打って変わって弱々しい声になりました。お母様は満面の笑みで私を見つめてくれています。


「あなた。リュヌが元気になったら、例のものをあげるのではなかったのですか?」


「うっ……。うーん。……わかった。リュヌ。そなたに大杖スタッフと剣を授けよう」


 お母様が促すと、お父様は仕方なくといった表情で告げました。


「え! 本当でございますか?」


 魔術を使うにはつえが必要です。これまでは魔術の練習を禁止されていたので、杖も持っていませんでした。

 杖はトレントの魔心からつくります。普通のトレントやトールだと小杖ウォンドと呼ばれる短い棒のようなつえ。ビッグやジャイアントだとケインと呼ばれ、立てると腰の高さまであります。

 そして今回もらえるのは、キング以上のトレントからつくられる長杖スタッフ。非常に貴重なつえです。

 私は飛び上がるほどの感激で、胸がいっぱいになりました。お父様もお母様も、それだけ私を心配してくれたのでしょう。



 そのご、私は来る日も来る日も書物を読みあさりました。

 都合がよいことに城内の図書室には初歩から上級者まで分類され、用語から練習方法、戦い方まで各種の本がありました。

 初歩から順番に読んでいき、メモを取りながら頭の中にたたき込みます。


 ユーゴがいなくなってので、私には待女のイヴォーンがついてくれました。

 彼女はこれまで、本城で働いていたそうです。確かに本城へ訪れたとき、王室で紅茶を注いでくれる彼女を見た記憶があります。

 背が低く、私の肩くらいまでしかありません。その体からは思いつかないほど動きが早く、どのようなことでも素早くこなしてくれました。

 その場にとどまってばかりいる私と比べて、常に動き回っています。正反対の行動が私にはちょうど良いと感じていました。

 彼女の少し濃い栗毛マロン色の髪は肩までありますが、普段は後ろで結んでいます。丸顔に細く曲線を描いた目は明るい性格を象徴しているようでした。


 イヴォーンは私のお付きですので、使わせてもらいます。昼間に覚えた内容を彼女に説明して、わからないところがあれば質問してもらいました。

 昔、ユーゴに教えてもらった方法です。


『人に教えることが一番勉強になるのです』


 以外にも彼女の質問は的確で、鋭い視点の質問が多く返ってきます。

 最初は質問されても答えられないことばかりでした。しかし、しだいに回答できるようになり、自分の知識がついたと実感できました。彼女にとっては、はた迷惑だったかもしれません。



 ようやく、お父様の許しがもらえました。ただし、城壁に立つことは禁止。トレントを見るときは、城にある見張り台からにします。

 どうやら、私が城壁に立つと戦いが乱れるようです。


――確かに常にトレントが集まってくるのですが、わたくしとどのような関係があるのでしょうか?


 数カ月の間、知識と一緒に体力や魔術で使う情景イメージなど基本鍛錬も続けてきました。そろそろ、お父様からもらった、長杖スタッフや剣を使っても良いでしょう。


「誰か魔術や武術を教えてくれる方は、いないかしら?」


 独り言のようにイヴォーンの前でつぶやいてしまいました。


「そうですね。もう少しすると、魔術の使える使用人が来ると小耳にはさみました。どのくらい使えるのかわかりませんが、基礎であればお役に立てるかもしれません」


 予想外にイヴォーンはよい情報を持っていました。思ってもないことです。


「本当ですか! ぜひ、その方に話してみましょう。使用人であればお父様も容認してくださるでしょう。イヴォーン。その方がお見えになったら、すぐに連絡してくださいませ」


「かしこまりました」


 私は新しい使用人が来るのを心待ちにしていました。ここから、人生が一変していくとは、露知らず。

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