第九話 沸き起こる怒りの発動

 ユーゴは私が新生してから、いつでも一緒にいてくれました。右も左もわからない私に、すべてを教えてくれ、ときには厳しく、それ以外は包み込むような優しさで接してくれました。

 お父様は国王のため、忙しく、私の教育をしてくれる余裕はありません。その代わりに彼が、付きっきりで世話をしてくれました。

 ユーゴは第二の父親と言っても過言ではありません。


 その彼がこの世からいなくなるなど、私には信じられません。

 間違いなく彼は私を守るために、自らの体を張って犠牲になったのです。私のために……。


 体の中に熱い何かが沸き起こる。

 ユーゴに危害を加えたトレントをにらみつけます。

 さきに駆け下りた近衛兵が、城壁の入り口から入ろうとするトレントへ攻撃していました。さらに中に入ったトレントたちも威嚇しているため、五体のトレントは城壁のそばから離れていません。


――あのトレントさえいなければ! ユーゴは……。


 以前、サイモンが指揮していた戦いを思い出しました。魔術で放った火の棒がトレントへ突き刺さり、次から次へと燃え広がるトレントたち。


――そう! 燃えてしまいなさい。あなたたちも!


 頭の中でトレントたちが燃え上がる情景を思い浮かべる。真っ赤に燃え上がるトレント。

 私が左手で握っている木製の手すりに、熱いものが流れ込む。


 私のにらんでいたトレントが震えはじめました。生い茂るトレントの葉が揺れています。


「ザザッ、ザァー」


 震えが大きくなり、葉の擦れる音も大きくなってきました。

 そして、突然、トレントの幹から炎が噴き出します。燃えはじめるトレント。

 火の手は幹から枝へ、枝から葉へと燃え移ります。幹から上が一気に燃え上がる一体のトレント。

 そのうちに震えも止まり、燃え上がる火柱へと変わりました。


 さらに、周りにいた残る四体のトレントも燃えはじめます。まるで自ら火を噴き出したかのように。


「姫様。火の手がこちらへ来る前に、ご移動を!」


 後ろにいる近衛兵が何か言っていますが、気にしません。

 燃え上がる炎で周りの温度が上がっています。バチバチと燃える音とともに、煙の臭いが漂ってきました。このままでは、火の手が城内の木々にも移りそうです。


――危険なものは排除しなくては!


 お父様からは魔術の勉強は禁止されていますが、ひそかに初歩である『ムーブ』の魔術は練習していました。この城の人は使える人が多いので、見様見真似で練習していたのです。

 普段は手で持てる程度のものしか動きませんが、現時点の私には自信があります。なぜか、あのくらいのトレントであれば動かせる気がしてなりません。


「ムーブ!」


 練習していたときよりも大きな声で詠唱を唱えます。

 すると、五体のトレントは燃えながらゆっくりと空中に浮かびました。最初に火のついたトレントは身動き一つせず、ただの燃えている薪になっています。他のトレントも最初はもだえていましたが、空中に浮いてすぐに動かなくなりました。


――仲間のところへ飛んでいきなさい!


「「「ゴォー」」」


 思い浮かべたとおり、浮かんでいるトレントが一気に上空へと飛び出し、城壁を超えて荒野へと消えていきました。

 城壁のすぐ近くまでトレントが着ているはずです。あのトレントたちは荒野にいる仲間たちの上へと落ちるでしょう。

 その間に城壁の中へと入り込んでいたトレントがいましたが、火のついた仲間を見たためか、慌てて荒野へと戻っていきました。

 下で戦っていた近衛兵は城壁からトレントが入って来ないか見張っています。



「リュヌ!」


 階段の途中でぼう然としている私へ声をかけてきたのは、お母様でした。

 お母様は短い栗毛シャタン色に細い目、細く通った小さな鼻と小さな口で、きりりとした顔です。面長なその引き締まった顔でにらまれると、誰もが後ずさります。

 私より少しだけ低い体には、重い金属製の防具を身に着けていました。それを気にもせず走ってくる姿は、軽快で素早く、後ろから追いかけてくる兵士たちと遜色ありません。

 おそらく、私を守るために防具を着けて、駆けつけてくれたのでしょう。

 一緒に連れてきた兵士の半数は城壁の外へと出ていき、残りはお母様の周りを固めています。


 私は無意識のうちに階段を駆け下り、お母様へと抱きついていました。


「お母様! ごめんなさい。わたくしが、わたくしが……」


 お母様の胸にもたれると安心できました。もちろん自分がしてしまった不祥事を取り返せません。

 すべては私が起こしてしまったことなのです。

 私はひたすらお母様の胸で泣き続けました。

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