第八話 償いきれない犯した罪
城中に警報が鳴り響く。トレントの襲撃でしょう。本当に懲りないトレントです。
ユーゴが反対する言葉も気にせず、城壁へと向かいました。当然のようにユーゴと二人の近衛兵がついてきます。
「姫様。この警報のなり方は、かなりの大群のようです。危のうございますから、すぐにお戻りください」
ユーゴは困った顔をしながらも、ついて来てくれました。ただ、ユーゴの目は冒険好きな少年のようにキラキラ光っています。
以前、聞いたのですが、彼はトレントや兵士の戦いに興味はないと言っていました。どうも私が次に何をしでかすのかが楽しみのようです。
そのようなユーゴと近衛兵二人を連れて城壁に立ちました。
普段は白一色の荒野が、トレントの緑の葉で覆い尽くされています。サイモン中佐がいたときと同様に、低いトレントが横一列に並び、兵士たちと戦っていました。その奥には指揮しているトールの姿も見えます。その向こうにはジャイアント、そしてキングの姿も見えています。
以前は見えなかったキングが見えている理由は、兵士たちが後ずさりして城壁のすぐそばで戦っているため。かなり苦戦しているようです。やはり、サイモンの存在は大きかったのでしょうか。
「これほど近くでトレントを見たのは、はじめてですわ。近くで見ると大きくて怖いものですわ」
「少しばかり形勢が良くないようですね。早めに切り上げて城内へ戻りましょう」
「そうですわね。でも、近衛の二人もいますし、もう少し兵士たちの活躍を見るまでいさせてくださいませ」
「かしこまりました」
博識のユーゴの目からも、兵士たちが押されていると見えるようです。ユーゴの言うとおり、早めに切り上げようと思います。
しばらくすると、トレントが中心付近へ集まってきました。以前も見た動きです。
しかし、以前と異なるのは、兵士がそのままの隊形で戦っているところです。以前はサイモンの指示で兵士も中央へ集まり、魔術士による火の攻撃をしていました。魔術士たちも分散したままです。
「どうして兵士たちは中央へ集まらないのですか?」
「いや、指示が出ていないようでございます。あとで連隊長に言っておきます」
「いえ、その必要はありません。彼らのほうが良くわかっているでしょう」
「はい。かしこまりました」
そのように会話している間に、トレントが中央の隊形を突き破り、こちらへ向かってきました。傘型隊形の先頭付近よりトレントが、次から次へとなだれ込んできます。
「「「え!」」」
「姫様! ここは危険です。すぐに城内へお戻りください!」
ここにいる全員が驚きの声を上げるなか、一人の近衛兵が危険を察知して大声で警告します。
近衛兵の一人を先頭で、ユーゴ、私と続き、最後にもう一人の近衛兵が並んで城壁の階段を駆け下りました。城壁の向こう側からは兵士たちの悲鳴にも近い大声が飛び交っています。
「バシッ!」
階段の中腹まで着いたときに、何かが強烈な勢いで城壁へとたたきつけた音がしました。瞬時に手すりへと捕まり身構える。先頭の近衛兵も立ち止まりましたが、少しだけ様子を伺ってから、再び階段を下りはじめます。
――あともう少し。兵士の皆さんもがんばってくださいませ!
兵士たちの奮闘を祈りながら、折れ曲がる階段の最後の踊り場を通り抜けました。
「ドカッ!」
「キャー」
扉のあったところから出てきたのは、兵士ではなく五体のトレントでした。耐性のない私は思わず叫び声を上げてしまいました。
トレントがこちらを向くと同時に、先頭の近衛兵が剣を抜いて、階段を駆け下りる。
「姫様。早く上へお上がりください!」
後ろにいた近衛兵が叫びますが、体が動きません。私は階段の段板にしゃがみ込んでしまいました。
「うぁー」
一人の近衛兵が立ち向かっていますが、一対五です。四方八方から枝が飛んできて、彼の体を打ちつけました。それでも彼は剣を振り回し、トレントと戦っています。
――早く上へ逃げないと!
全身の力を振り絞り、なんとか腰を上げました。手すりへ捕まりながらも振り返り、階段を上ろうとします。
「危ない!」
「ドスッ」
後ろのユーゴの叫び声が聞こえました。そしてすぐに、鈍い音がしてユーゴのけはいがなくなりました。
「えっ!」
「ドサッ」
振り返ると、さきほどまでいたユーゴの姿はありません。
必死で彼を探しますが、この狭い階段にいればすぐにわかるはずです。手すり越しに階段の下を見ると、白い大地に横たわる人の姿が見えました。
「ゆ……、ユーゴ!」
大地に横たわっているユーゴの姿は、放り投げられた人形のようでした。ピクリとも動きません。
「姫様。早く!」
「ユーゴ、ユーゴ、ユーゴ!」
近衛兵の言葉など耳に止まりません。ひたすらユーゴを呼んでいました。
そのとき、少しだけユーゴがこちらを見た気がします。遠くからでよく見えませんが、彼は安心しきった笑顔をしていた気がしました。
次の瞬間、ユーゴの体を黄色い光が包み込みます。彼の顔や手のひらが、その光に同化して透明になる。
そして、黄色い光が薄くなり、消えると同時に、彼の着ていた服が『ドサリ』と大地へ落ちました。
「あーー!」
服が大地へ落ちた音はかすかな音のはずですが、私には絶望を告げるエンドロールに聞こえました。
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