第七話 離れゆく最強の男
正確には、サイモンは中佐ではありません。彼の持っている
もちろん、彼はフェヴリエ軍で最強の男と言われるとおり、技能も功績も中佐にふさわしいものを持つ。さらに、前回の再編のときは軍の
しかし、彼はその昇任を辞退し、現在の軍団長に留任しています。
佐官になるには、この世界を統括する国であるバシリッサ国で試験を受ける必要があります。合格すれば、世界最高峰の軍であるバシリッサ軍への入隊も可能。しかも各国で功績を残し、国王の推薦があれば、合格と同時に少佐ではなく中佐や大佐にもなれます。
サイモンは、かねてよりバシリッサ軍への入隊を志していました。しかし、私の父である国王から、大佐としての功績を残すまではフェヴリエ軍に残ってもらいたいと要望されていました。
軍の
そのサイモンが、いよいよバシリッサ国へ行くことになりました。これまでの功績が認められ、大佐への昇任が決まったのです。彼の実力から、間違えなく試験に合格するでしょう。
「姫様。長きにわたり、本当にお世話になりました。くれぐれも、無理をなさいませんよう、お気をつけください」
サイモンは最後まで私に近づきません。
「わたくしはあなたの邪魔ばかりしていた、と認識しています。お世話になったのはわたくしのほうですわ」
私の気まぐれから、禁止されている荒野近くまで何度となく赴いています。そのたびにサイモンは駆けつけて、私を気遣ってくれました。
「とんでもないことです。姫様がいらっしゃったからこそ、バシリッサを目指せたのです。私にとって目標であり、理想でもありました」
サイモンの話している主旨はよくわかりません。私はトレントと一度も戦っていませんし、バシリッサ国へも行っていません。私のどこが目標だと言うのでしょうか?
「あなたの言いたいことは良くわかりませんが、きっと佐官になれますわ。今よりずっと強くなって、この世界を守ってくださいませ」
「……はっ!
サイモンは目を見開いた後、最敬礼のままで静かにうつむきます。
それが、フェヴリエ国軍サイモン中佐から聞いた最後の言葉でした。
私はまったく会話になっていなかった気がしたのですが、彼にとっては違ったようです。
サイモンがいなくなると、予想どおり、国軍の士気は目に見えて下がってしまいました。新しい軍団長も任命されましたが、何かにつけて彼と比べてしまうようです。
「ユーゴ。サイモンがいなくなってからというもの、フェヴリエ軍の士気が落ちている気がしますわ」
「はい。サイモンという男はそれだけの存在感を持っていたのです。しかし、彼を止めることは国王陛下でも、かないませんでした」
ユーゴも寂しそうに答えてくれました。彼の意思は硬かったのでしょう。私のお父様である国王の説得にも屈せず、自分の意思をつらぬいたようです。
お父様が弱気なわけではありません。どちらかと言うと頑固なところがあります。しかし、サイモンの意思がそれを上回っていたのでしょう。
私とユーゴは、フェヴリエ城の前から城壁のほうを見ていました。城壁の前では兵士たちが訓練していますが、サイモンがいなくなってからというもの、何かちぐはぐな気がします。
「それはそうなのですが、武術士と魔術士の息が合っていないと感じますわ」
「否定はできないのですが、兵士たちもがんばっておりますので……」
フェヴリエ軍は魔術士と武術士の人数が半々くらいです。一緒に戦う武術士と魔術士の息が合わないと、そのまま戦力に影響することくらい私でも理解できました。
城の裏側は円形の回廊に囲われた大きな庭園となっており、そのもっとも奥に離宮があります。この離宮が私たち王家の暮らしている場所です。
お父様からは庭園から外へは行ってはいけないと言われていますが、そうはいきません。王家の人間であるからこそ、兵士たちの日常の様子を知っておくべきだと思うのです。
回廊を歩いて城へ入ると、二人の近衛兵がつきました。これでは王女が歩いていると丸わかりです。近衛兵たちに断ってはいるものの、私の意見など聞き入れてくれません。
ユーゴと近衛兵を連れて城の廊下を歩いていると、大声で怒鳴り合う声が聞こえてきました。
「だから、魔術士がしっかりしねーから俺たちが苦労してるって言ってんだ!」
「はぁ? 武術士がちゃんとトレントを倒さねえから、魔術の発動もできねぇんだろ!」
最近の兵士たちの動きを見ていると、こういったいざこざが起きることは予想できました。以前からあったのでしょうが、私が耳にするのは、はじめてです。
「おい! 何をしている。姫様の御前だぞ!」
さらに兵士たちが言い争いをしているほうへと歩いていくと、上級の兵士でしょうか、二人の言い争いを止めはじめました。私は廊下の三差路の手前にいますので、兵士たちの姿はまだ見えません。なぜ私がいるとわかったのでしょう。伝令を飛ばしているのでしょうか?
私が廊下を左へ曲がると、そこには、ひざまずく四人と立っている三人の兵士がいました。全員、右手を胸の前に当てて敬礼をしていました。
非常にわかりやすく、ひざまずいているのが魔術士、立っているのは武術士です。サイモンの影響を受けてか、私の前で魔術士は、かならずひざまずいてくれました。国王であるお父様と廊下ですれ違っても立って敬礼する兵士が、私だけ特別待遇するのは、少しだけ恥ずかしいのですが。
私の前にひざまずいた魔術士の
彼の右手が少しだけ震えているのがわかりました。
――わたくしは、そんなに怖いのでしょうか? 取って食べたりしませんわ!
王女ではありますが、お父様へ言いつけてひどい目に合わせてはいません。それどころか、できるだけ兵士たちを元気づけるように言葉に注意しているつもりです。
「見苦しいところを、お見せして申し訳ございませんでした。この者たちへはきつく言い聞かせますので、何とぞご容赦ください」
中尉は振り絞るような声を出しながら、頭を下げる。
「いえ、そのような必要はありません。皆さんは国を守る大事な方々です。わたくしなど気にせず、働いていただければと思いますわ。ただ……。魔術士と武術士の力を合わせてこそ、手ごわいトレントを倒せるのだと思います。お互いに仲良くしてくださいませ」
「
中尉は頭を下げたままです。このような場合は退散するに限ります。ユーゴと近衛兵を引き連れて、そのまま廊下を進みました。
騒ぎを見に来た
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