第六話 一歩先を考える

「あの、一つだけ聞いてもよろしいでしょうか?」


「なに?」


「どうして、ビアンカはお父様と一緒に国軍を退役されたのですか?」


 以前から、ぜひ聞きたかったのです。お父様とお母様の結婚が、ビアンカの退役と関係があるのでは? と勘ぐってもいました。

 その昔、お母様はフェヴリエ軍の武術の達人として、中尉まで上り詰めたそうです。魔術の達人であったお父様と二人で王家を継承しました。これにより、フェヴリエ軍は武術も魔術も秀でた軍へ変わりました。

 当時、お父様と肩を並べていた魔術士がビアンカです。

 それほどの魔術士が退役すると、国軍の戦力も激減したでしょう。国軍を率いていた魔術士が二人同時にですから。

 しかし、ビアンカは政治の中枢にいるので、愛国心があります。


「んー。難しい質問ね。簡単に言えば、私が軍にとどまったら、それ以上に強くなれないからよ」


「強くなれない? でもビアンカは魔術士として、とても強かったのではありませんか?」


 予想外の答えが返ってきます。兵士たちのうわさでは、お父様とビアンカのいた時代がフェヴリエ軍最強だったと聞きました。ユーゴは『姫様が指揮されるときこそが、最強となるのです』と否定していましたが。


「もちろん、あるレベル以上の魔術士が軍に一人いるだけで、圧倒的に強くなるわ。今のフェヴリエ軍にはサイモンがいるから、わかるでしょ?」


「はい」


 確かに、サイモンは軍団長として圧倒的な力を持っています。それは指揮力だけでなく、トレントとの戦いにおいても同じ。

 フライの魔術を使えば、トレントも届かない空高くから攻撃できます。しかし、彼はよほどのことがなければ、自ら攻撃はしないそうです。


「でも、サイモンがいるため、彼に任せっぱなしとなって、鍛錬を積んで国を守ろうとする魔術士も現れない。彼よりもっと強くなる魔術士がいるかもしれないのにね」


「そういうものなのですね」


 サイモンの指示どおりに兵士たちは行動している。もちろん軍にとって上官命令は必守ではあるが、自主訓練のときも彼に合わせているのです。素人の私でも、どうかと思っていました。

 逆にサイモンは兵士たちにトレントを倒させるために、自らは戦いません。

 彼もビアンカと同じように心配しているのでしょう。


「ええ、もうすぐサイモンもバシリッサへ行くでしょう。そうすれば、一時的には軍の力は弱くなるけど、かならず、彼に代わる魔術士が現れるわ。私のあとに何人も魔術士が育ったようにね」


「なるほど」


 つまり、新しい魔術士が育つように、自ら身を引いたということ。

 現在のことだけでなく、先々まで考えての判断だったのでしょう。


――ビアンカもサイモンも自分だけでなく、周りを考えているのですね。わたくしも周りや、将来について考えなければ!



 夜は歓迎会がありました。

 兵士は『一緒に戦えば誰とでも仲良くなれる』という人が多いのですが、文官は歓迎会でお近づきになる慣習があるようです。


 私も、すぐに多くの文官たちに囲まれてしまいました。


「姫様。魔術士と武術士と文官とでは、どれがお好みでしょうか?」


「え? ……そうですね、魔術士には憧れておりますわ」


 国務大臣からの突然の質問にどう答えてよいのかわかりません。とっさに出てきたのは昼間のビアンカの魔術でした。


「そうでございますか。おい、財務大臣」


「はい」


 国務大臣は私の返事を聞くなり、隣にいた財務大臣を呼びました。

 財務大臣は寡黙な人で、顔は知っていますが、あまり話した覚えはありません。


「えー。実はですね。私の息子ピエールも兵士をしておりまして、とてもよい功績を上げていると聞いています。ぜひ機会があれば、一度お会いしていただけないでしょうか?」


「はぁ?」


 財務大臣は太った体から、しゃがれた声を絞り出すように語りかけてきました。

 ただ、話しの意図がわかりません。

 兵士であれば、外城にいるので、いつでも会えるはずです。私も何度となく城壁へ行っていますので、会っているかもしれません。

 それに、ピエールという兵士は初耳でした。軍の上官であれば、名前を耳にするはずです。


「その、ピエール様は魔術士なのでしょうか?」


「はい、そのとおりでございます。わが息子ながら魔術が使え、家族も期待しております」


 魔術士であれば問題はありません。

 尉官以上の魔術士の方々は、私が近づくだけでひざまずいて最敬礼してくれます。彼らは統率がとれているため、下士官も例外ではありません。

 万一、下士官の方ばかりのところへ行っても、すぐに上官の方が駆けつけ最敬礼させます。


――あら? 魔術士の方々はわたくしを怖がっていませんこと? いえ、わたくしは魔術士を叱責しっせきなどいたしませんわ!


 ふと思いついた疑問は自分自身で打ち消します。

 とりあえず、ピエールという魔術士の方とお会いできても、まともに話はできないでしょう。


「姫様。ビアンカ様がお話ししたいそうでございます」


 私が財務大臣にどう返答しようか迷っていると、横から背の低い侍従が声をかけてきました。

 さすがは私の専属の侍従です。絶妙のタイミングでした。


「はい、かしこまりました。では、機会があればお会いできるかもしれません。ビアンカが呼んでいるそうですので、これで失礼いたしますわ」


「はっ」


 私は国務大臣に、ありきたりの回答をして、ビアンカの所へ向かいました。

 声をかけてくれた侍従の後ろを追っていきます。


「どう話せばよいのか困っていたところでした。ありがとうございます。ユーゴ」


「姫様。私はユーゴではなく、チャールスでございます」


 声をかけてくれたのは、私の侍従であるユーゴではなく、双子の弟のチャールスでした。

 顔が沸騰したように熱くなります。


「あ! ごめんなさい。いまだに見分けがつかなくて――」


「いえいえ、姫様の侍従であるユーゴと間違えていただくなど、身に余る光栄でございます」


 チャールスは深く頭を下げながら、私の声にかぶせるように、声をかけてくれました。

 そして、彼は続けます。


「あの者たちは、姫様と親族のご縁を結びたくて近づいているのでございます。ビアンカ様の名前を出せば、たじろぐと声をかけました」


「え! ビアンカが、わたくしを呼んでいるのではないのですか?」


 ユーゴとチャールスは少しだけ違いがあります。今回のように同じ場所にいてようやくわかるほどの、わずかな違いですが。

 念には念を入れて行動するユーゴに対して、チャールススはこのように冒険することがあります。

 確かにビアンカは本城では宰相として大臣たちを統率しており、誰一人逆らう者はいません。


――ビアンカにバレたら、どうなさるおつもりですか?


 二人とも私に敬意を示してくれるのは同じなのですが、ほんの少しだけ行動が異なります。

 チャールスは私の心配もよそに、お母様のところまで連れていってくれました。


――え! ビアンカのところへ行かなくてよいのですか?

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