ダークグレーと守護天使

時けい

第1話 11月

 これと似たような経験をすでにしている方がいるかもしれませんし、もしかしたらこれから遭遇されたりするかもしれませんので、その際はくれぐれも一人で抱え込まず、身近な誰かに相談してください。



 それはある年の11月でした。


 ちょうど長期休暇を取っていた時でしたが、コロナ禍ということもあり、旅行もできずに我が汚部屋の整理に精を出していました。


 掃除も一段落ついて、駅前まで徒歩で買い物に行き、帰宅の途についていた時でした。


 角を曲がれば家が見えて来る所で、バイクに乗った男性が後をついて曲がってきました。


 配達かなと気にも留めていなかったのですが、私の家の近くで停まり、じっと奥の家を見ています。


 何か嫌だなと思いつつ、鍵を開けて家に入りました。


 そのすぐ後でバイクが走り去る音が聞こえました。


 気持ち悪いとは思っても、ただ見ているだけで何かされた訳でもないので、その時はモヤモヤしつつも誰にも言わずにいました。


 それから数日後、午後の四時くらいにチャイムが鳴りました。


「突然すみません。お宅の屋根が外れているのが見えたので危ないので……」


 と若い男性が訪ねてきました。


 「危ないので」と言われたので、その時にまず考えたのが、うちだけならいいけど他所に迷惑かけるようなものだったら大変だと思い、出てしまいました。


 そこにいたのは二十代から三十代前半の若い男性二人で、作業着のようなものを着ていました。


「通りがかって見ていたら危ないと思ったので」

 と言って、あそこです、と指を指して示すのですが、私が見た限りでは全然わかりませんでした。


 家にご主人はいるのか、屋根の修繕を頼める人はいるかとか聞かれたので、適当に主人は今日は出勤で知り合いに建築士がいるので見てもらいますと答えていました。


 その内、母もで出てきて何だ何だとなったので、その二人はじゃあこれでと帰っていきました。


 家に入ってから母に話すと、それは絶対に怪しい、これから変なのには出なくてもいいと言われました。


 家には屋根裏部屋があり、屋根に問題があるならすぐそこに影響があるはずだが、天井に染みもないし、第一地面から見上げても屋根が外れているなんて見える訳ない、と。


 冷静になってみればそれもそうだなと思い、すっと肝が冷えました。


 ニュースでは強盗事件が頻発している頃だったので、余計に。


 怖くなったので、色んな人に「こんな事があった」とあらゆる手段(電話、SNS、メール、世間話等)を使って話し、「大丈夫?」とか「うちにも少し前に来たよ」と言ってもらえて安心して、もし何かあった時には彼らにもこの出来事を証言してもらおうと思いました。


 それだけでは不安が拭えず、次の日に買い物ついでに交番に行きました。


 ですが、交番でまず最初に住所を聞かれて、

「それなら管轄は○○署なんだよね」

 と、言われました。


 じゃあそっちへ行きますと言うと、

「まあ、話は聞きますよ。でも、見廻りとかは管轄が違うのでできませんが」


 と、まあ若干面倒くさそうなのが垣間見えるけれども話は聞いてもらえました。


 そのお巡りさんもそういう話はよくあると言って、次に来た時は110番してください、○○署にはこちらからも申し送りをします、と他にも色々アドバイスをくれました。


 警察もそう言うし、家族全員、友人知人にも知らしめたので、やっと人心地着きました。


 それから数日後、


「お宅の屋根が壊れているのが見えたので」


 と、聞いたことのある台詞がしました。


 ですが、私の家にではなく、斜め向かいにある区画の老姉妹が住む家にです。


 思わず窓に寄ってそっとカーテンを開けたら、あの時と同じ作業着の男性が、今度は一人でいました。


 うわっと、急に心臓がばくばくとなり、スマホを片手に取りました。


 いざとなったら110番できるように。


 ですが次の瞬間、


「知らないわよ、そんなこと言われたって!」


 と老婦人の甲高い声が響き渡りました。


「でも、お宅の屋根が……」


「知らないって言ってんでしょう!」


「そんなに怒らなくてもいいじゃないですか」


「怒らせてんのは誰よ!」


 あまりの剣幕に、男性タジタジです。


 そのご婦人は近所でも割と有名な方で、子供が遊んでいると頭が痛いから静かにしろと言ったり、夜でも構わず姉妹喧嘩する元気良すぎるくらいの方です。


 怪しい(普段なら疑ってはいけないと思いますが、現時点ではダークグレーくらいの)男性 VS 剛の者老婦人。


 スマホ片手に通報するのも忘れて、世紀のマッチに固唾を飲みました。


「あの、ちょっとだけ話を……」


「うるさいわね、知らないって言ってんでしょ。どっか行きなさいよ!」


 取りつく島もなく、男性は退散しました。


 さすが、剛の者。


 それまでは恐い人だなあと、ちょっと敬遠がちだったのですが、それ以来見る目が変わりました。


 私の目には彼女が守護天使ガーディアンエンジェルに見えました。



 今は行動制限もなくなり、車も人通りも多くなりました。


 冒頭のバイクの男性と屋根の男性が同一人物であるかは定かではありませんが、あれからあの男性は来ることはありません。


 ですがそれ以来、昼間にピンポン鳴っても、出ないでドアホンだけで済ますように家族にも徹底して、買い物も自転車で行くようにしています。


 ある時、またニュースを観ていたら、強盗は11月から年末にかけて増えるので注意しましょうと解説している方が言っていました。


 ですが、年末だけではなく、警戒は怠らないようにしたいと思います。


 これをお読みいただいた皆様も、どうぞお気をつけください。


 皆様のご近所に守護天使が必ずいるとは限りませんので、もし似たようなことがあったら、まずは一度警察に相談してみるのがいいと思います。



 そして、得手勝手ではありますが、斜向かいの区画の老婦人にはこれからも健やかで長生きしてしていだきたいと心秘かにお祈り申し上げます。


                 END.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダークグレーと守護天使 時けい @moccakrapfen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ