第2話(3)いったいどこへ連れて行くつもり…?
「なるほど、ここが噴水広場というわけ」と、シエロは言った。
実際に広場の中心には、白色の噴水の台座が道行く人の隙間からちらちらと見えていた。確かに、そこにあるべき噴水のシンボル、つまりマリー様はなく、まるで大きな白色の水桶が広場の中心にどっかりと置かれているように見えた。
なるほど、メイリンはもともとシエロをここに連れてくる算段だったようだ。だとしたらスコーンを食べたことまでもまさか計算だったのだろうか。
「で、どう思う?」
メイリンからの本日二度目の質問だった。
「分からない」と、シエロが言った。
「もっと真面目に考えてよ。学校一の天才でしょ? 今はそういった括りでは言い表せないかもしれないけど」
今回は学校には行っていないからとは言わなかった。一応気をつかうことはできるみたいではある。
「どう思うって言われてもわからないよ。というか噴水広場の石像がなくなったって何だって言うんだ。こんなに賑わっているじゃないか。石像がなくたって」
「とても全てのメニューを大盛りにした人のセリフとは思えないわね」
メイリンはグラスに付着した結露を指でなぞりって遊びながらそう言った。
「それは君がスコーンを食べたからだろう」
「じゃあお釣り分くらい頭を働かせてもいいじゃない。鳩の餌みたいなスコーンと大盛りのモーニングセットとじゃあ、そのくらいしてもバチは当たらないわよ」
メイリンは少し早口でそう言った。彼女の端正な顔の小さな眉間にはさらに小さなしわが寄っていた。
そのタイミングで、ウェイターが頼んだ料理の皿を腕一杯に乗せてシエロ達のテーブルまで運んできた。なるほど、彼の太い腕は一度に大量のオーダーを片付けるためのものだったのかとシエロは思った。
メイリンは右手を肩のあたりまであげ、まるで演奏前の指揮者が腕を振り上げて静止させるように、ウェイターに「待て」をしていた。
どうやらシエロはメイリンの納得いくような言葉を捻りださねば今日の朝ご飯にはたどりつくことができないようである。
「はぁ……」
シエロは溜め息をついた。メイリンは推理めいたものをシエロに期待しているようだが、この距離ではなんともいいようがない。ゴルフのティーイングエリアからカップの中身をのぞくようなものである。なので、シエロは率直にテラスから見えて気になったことをメイリンに伝えることにした。
「ここはやけにカップルが多いなぁ……」
シエロは率直に見て気になったことをつぶやいた。石像とはまったく無関係のことがらだったが、むしろこのくらいしか言うことが無い。それでも、広場にいるカップルは強欲なハツカネズミの群よりも多く見えたのだ。
「そうなのよ! ここは有名なデートスポットだからね!」
石像とはまったく関係のない事柄であったが、メイリンの関心を惹くことのできる話題ではあったようである。その証拠にメイリンは右腕を下ろして、それを合図にウェイターがテーブルに料理を置き始めた。
大きなエビの姿焼きに、三種類のソースがベッタリと乗っかっていて見るだけでも胃もたれしそうな一皿だった。とりあえず一緒にやってきたぶどうジュースで口の中をさっぱりとさせた。そのあとフォークで一切れとって口に運んだ。案の定ジャンキーな味だった。
「そうそう、だからね。ここは有名なデートスポットで特に友達以上、恋人未満の男女にはうってつけのスポットなのよ!」
メイリンの声のトーンが今日一番高かった。さすが今を生きるギャルというべきだろうか。とにかくシエロは本日の朝食にありつくことができたので、余計な指摘はしないようにしておいた。
「それでも、持っている物が気になるな」
シエロはサラダを口に運びながらつぶやいた。
「持っているもの?」と、メイリンが言った。
「ほら、彼らは全員と言っていいほど植物を持っているじゃないか」
シエロはそう言って、テラスからみえるカップルの一人を指さした。メイリンも指先を辿るようにして、その先に目を凝らした。
デートに必要な植物と聞いて想像するのは、カーネーションや花束くらいだろう。しかし、二人が見ていた植物はどうも様子がおかしかった。なぜか、ぜんまいのように先がくるりと巻いたシダ性の植物や、めしべの部分がぽっかりと穴があいて小動物でも呑み込んでしまいそうな大きな花を、鉢でも持っている男性もいた。デートよりも、樹海の奥で見ることができそうな類の植物ばかりだったのだ。あんなものを受け取って喜ぶのはジャングルの奥のアマゾネスくらいではないだろうかとシエロは思っていた。
突然、視界の端でハトが一斉に飛び立った。シエロとメイリンも含め広場にいる全員がそちらの方に意識を向けた。
ハトが飛び立った場所の中心では、男女が何かを言い合っているように見えた。この距離では会話はまったく聞き取ることができないが、様子を見るにかなりお互いかなりヒートアップしているように見えた。
周囲もその男女を中心に自然と輪をつくり、静かにその様子を見守っていた。
次の瞬間、女が振りかぶり、男の頬に勢いよくビンタをした。
周囲から「ohh」という声が漏れる。まるで映画館で一緒に映画をみているみたいだった。
「ふー、あれはなかなか聞くわね!」
となりでメイリンは手でパタパタと顔を仰いでいた。たしかに、自分の頬にも痛みが伝わりそうな一撃だった。シエロはもう一度カップルに視線を戻した。
彼女は彼氏のもとから走り去り、彼氏はそれを追いかけた。しかし、すぐに戻ってきてベンチに置いてあった謎の植物の鉢植えを持ってから彼女を追いかけた。
「それは絶対にいらないだろう」とシエロは呟いた。
「喧嘩の後に花束を持って謝りに行くくらいなら、フライドチキンが山盛り入ったバスケットをもらった方がよっぽどましね」
「これじゃあデートスポットが最悪の縁切りスポットになっちゃわ!」とメイリンが言った。「これもランドマークがなくなったのが原因じゃないかしら?」
「ランドマーク?」
「だから、噴水のマリー様のことよ! きっと、マリー様がいなくなってご利益がなくなっちゃったんだわ!」
メイリンはうんうんと自分の言ったことに頷いている。シエロは「それは分からないな」と静かに言った。そんなわけないだろうと思ったが、それは言葉にはしないでおいた。余計なことを言って、レストランの支払いを渋られるのが嫌だったからだ。
「近くに花屋さんがあるのかしら?」
「そう遠くにあるわけじゃないんじゃないか? 重いものを持って運ぶのが好きならいい運動になるだろうけど、さすがにあんな大きな物を持って一マイル以上歩きたくはないだろう。ポップコーンバスケットを持って歩いたほうがましだ」
「チキンバスケットは?」
「それもいいね」とシエロは言った。
「ねえ、せっかくだし調べて見ましょうよ! そのおかしな花屋さんを!」
「ええ、もう帰りたいのだが」とシエロは答えた。
「この支払を個別にするか、花屋さんを探すのかどっちが良い?」
「どうやら私に決定権はないようだ」とシエロは言った。
ペティット お涼 @mood_red
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