すき間

中原恵一

すき間

 小学校高学年のとき、当時僕の通っていた小学校のウサギ小屋のウサギが何者かに殺されてしまった、という事件があった。なんでも、夜の間に不審者が校舎に忍び込んだらしい。

 この事件はテレビでも取り上げられたせいで、しばらくの間はこの話題で持ち切りだった。

 事件のあった日の朝、学校の前に撮影機材を持ったテレビ局の人たちが集まっていて、子供たちにインタビューをしていた。

 この時、僕は野次馬根性丸出しでテレビカメラに映ったのだが、それが全国ニュースで放送されてしまった。一躍地元の有名人になった僕はことの重大さなどそっちのけで、ただ調子に乗っていたのだった。


「なんでこんなことするだかいね」

 次の日、朝の会で話を始めた担任の先生は、開口一番にそう言ってため息をついた。

 この日、学年主任の先生はストレスがたたったのか学校を休んでいて、うちのクラスの担任の先生が代わりに全てを取り仕切っていた。

「先生、ウサギ当番はどうするんですか?」

 生徒の一人がそう質問すると先生は、

「危ないでしんでいいよ。まぁ、しばらくあの辺近づかん方がいいら」

 と答えて、また大きなため息をついた。

 しかしこの答えを聞いて、同級生のみんなは大盛り上がりだった。

「イェーイ!」

「やったー!」

「これでもう、ウサギの世話やらんでいいな!」

 歓声に沸き返る教室で、僕は隣にいた友達とハイタッチした。みんなよほどウサギの世話が嫌いだったらしい。

「……しょうもな」

 学級委員のひーちゃんだけが、冷めた目で見ていた。

 朝の会の最後、先生は繰り返した。

「とにかく、今日は寄り道せず早く家に帰るだよ。分かった?」

「はーい」

 この時だけは、みんな先生の言うことを聞いて大きな声で返事をした。


 休み時間になると、みんなが僕の机の周りに集まってきて、口々に話しかけてきた。

「山っちすごい」

「うちもテレビ出たかったやー」

 普段は全く話しかけてこない女子たちが言う。

「山田、お前だけズルいぞ」

「そーだ、そーだ」

 男子たちが悔しそうに言う。

「いいだろ、別に。そんなこと言うなら、お前らも何か面白いこと言えばよかっただよ」

 何も偉いことをしてないのに僕は鼻高々だった。


 放課後、僕はいつものように友達と空き教室に集まって、「よっ! おいも」の続きをしていた。

 その場のノリでテキトーに決められたこのヘンな名前の仲良しグループは、お昼に放送部に出張して謎の一発芸を披露したり、「サイバン委員会(委員のもじり)」などと名乗って学校内で起きたトラブルやケンカの仲裁に当たったりしていた。

 主なメンバーは僕と野球児のゴンちゃん、学級委員長のひーちゃん、そして隣の高橋さんという女の子だった。

「でさー、僕が出たニュースがさー……」

「その話はもう聞きあきたよ」

 僕が椅子の背もたれに寄りかかりながら、ゴンちゃんに武勇伝を語っていたときだった。

「山田くんさぁ、それってジマンすることなの? ちょっとムシンケイじゃない?」

 教室の掃除をしながらひーちゃんが少し怒りぎみに言った。

 正論すぎて何も言い返せなかった。

「そうよ、渡辺さんなんて泣いてたよ?」

 机の上で折り鶴を作っていた高橋さんも加わった。

 渡辺さんの家では何年か前に飼い犬のポチが死んでしまったらしく、学校のウサギがこんな形で亡くなってしまったことが個人的に響いたらしい。

「わ、わかったよ。ごめん」

 僕は口だけ謝ったものの、悔しくなって言い返した。

「だけど、僕らに何ができるんだよ」

 するとみんなはうーん、と考え込んでしまった。

 こんな田舎町でここまで本格的な事件が起こることはめずらしく、小学生にできることはほとんどないように思われた。

「自分で考えてよ。サイバン委員会のなんじゃないの?」

「前は自分のこと『野党ヤトー』とか言ってなかったっけ?」

「クラスに一人はいるよね。話し合いのときにゼッタイにサンセイしないヤツ」

 みんなが好き放題色々言ってくる中で、僕は一人椅子から立ち上がった。

「よし、じゃあなんとかするか!」


 小学生のころ、僕は毎日ヒマで、退屈で、とにかく刺激に飢えていた。

 毎日ヒマな小学生の執念というのはすさまじいもので、僕はとうとう犯人を突き止めてしまった。


 僕は手始めに、兄弟や学校中の友達、駄菓子屋のおばさん、隣の学校に通う知り合いにまで聞き込み調査をした。

 すると、犯人と思しき人物がこの小学校以外のいくつかの学校でも不審な行為をしていたらしいということが発覚した。

 公園でその辺の子供にジュースを手渡そうとしてくるとかその程度ならかわいいものだったが、中でも一番怖かったのが、とある小学校の路地裏で、フードを被った誰かが包丁を指揮棒か何かのように振り回している姿が目撃されたらしい、というのだった。

 いずれもお互いにそこまで遠くない場所で、犯人はおそらくこの辺りに住んでいることが考えられた。

 それが何を意味するのか——当時の僕はそんなことは何も考えず、ただ探偵ごっこをして遊びたかっただけだった。


「で、何すんの?」

 ある日の放課後、僕は例の目撃情報があった小学校の路地裏に、ゴンちゃんを無理やり引っ張って連れてきた。

 生垣とフェンスの向こうにはその学校の校庭が見える。

「ここで待ってればいつか来るはず」

 僕は不敵に笑ってそう言い放った。僕はカッコつけることに関してだけは余念がなかった。

「そんな気長な」

 ゴンちゃんはうんざりした顔だった。 

「だいたい、一回来たからって、もう一度来るとは限らんら?」

 僕は自信満々だったが、ゴンちゃんの言う通りだった。

 実際、一時間経っても通ったのはこの学校に通う小学生と野良猫ぐらいなもので、気がつくと日が暮れる頃になっていた。

「あー、つかれた。今、何時?」

「五時だよ」

 途中からその場に座り込んでゲームをしていたゴンちゃんは立ち上がって大きく伸びをした。

「オレ、もう帰るでねー」

「チッ、このうらぎりもの」

「うるせー。お前もいいかげん帰らんと母ちゃんが心配するら」

 僕はまだあきらめておらずあの後も少し粘ったが、結局空腹に負けてこの日は帰った。

 しかし、僕がすごかったのはここからだった。


 あれから実に一ヶ月近く、僕はヒマさえあれば例の現場に通った。本物の刑事顔負けの勤勉さだった。

 いつも学校から帰ったぐらいの時間帯にテレビでやっていたサスペンスドラマの再放送で、「犯人は現場に戻る」とかいうセリフを聞いて信じ込んでいたからかもしれない。

 それともやはり単にバカだったからもしれない。

 でも、僕のその単純さは、やがて取り返しのつかない事態を招いた。


 一ヶ月ぐらい経った頃、僕は特に期待もしないでまたあの場所に行った。

 正直もう飽きてきていて、その日もさっきまでは「よっ! おいも」のメンバーと校庭で他の遊びをしていたのだが、突然謎の義務感に駆られて一応様子見にきたのだった。

 来るわけないよな。

 この日も当然誰もおらず、僕は帰ろうとした。

 しかし、僕が立ち去ろうとしたまさにそのとき、ちょうど入れ替わりで誰かが裏路地に入ってきた。

 ただの通りすがりの人だろう。

 初めはそう思ったが、その人はフードを被ってサングラスをかけていた。背はそんなに高くなく、若い感じだった。

「……ガキか」

 その人は僕とすれ違うなり、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でそう言った。意外と高い声だった。

 今になって考えると明らかに少し様子がおかしかったのだが、この数週間毎日張ってもダメだったので、今更来るわけないと完全に思い込んでしまっていた。

 まさか、そんな。

 日常のすき間を垣間見てしまった僕の頭にあったのはそれだけだった。


 この日、僕が家に帰るまで、なぜか後ろからずっと原付バイクの音が聞こえていた気がする。

 今思うと犯人につけられていたのかもしれないが、真実は定かではない。


 その次の日、学校に行くとまた大騒ぎになっていた。

 うちの学校のポストにが投げ込まれていたのだ。


「お前、ウサギの命なんてどうでもいいと思ってるだろ」


 しわくちゃの紙切れに乱雑に書きなぐられたその字——問題はこの「」というのが誰か、ということだった。

 僕は一瞬のうちに裏路地で出くわした不審者のことを思い出して震え上がった。

 これは、僕のことに違いない。

 当時の僕は本気でそう信じていて、しばらく怖くて外にも出られなくなるほどだった。


 しばらくして犯人が逮捕されたのだがなんと若い女性で、しかもうちの小学校の卒業生だった。

 そしてそれと同時期にうちの学年主任が学校からいなくなった。責任を取って辞めた、と風の噂で聞いたが、本当かどうかは分からない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すき間 中原恵一 @nakaharakch2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説