Yuzu
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お疲れ様と自分に言う時は決めている。
疲れた時はもちろん。頑張ったなぁって思う時もそう。
違う。そうじゃないのよ。
熱すぎるくらいの紅茶を入れて、おしゃれな雑貨屋さんでほこりを被っていた三段重ねのお菓子用のスタンドにデパ地下で奮発したお菓子を並べる。
その時スーツは脱いでいて、お風呂にも入っている。
気付けば翌日が始まって1時間経っていることに気付くのは日常茶飯事。大したイレギュラーでもない。
深夜に食べるお菓子の背徳感、紅茶の苦味で中和される頃には私は仕上がっている。ネットの世界に逃げている同僚を見るけれど私はネットには存在していない。アカウントも作りなよ、と学生時代に言われて作ったきり。
私は周りから見ても“遅れている子”だったんだと思う。
それがいつの間にかキャラクターになって、全然詳しくないというキャラを確立していた。
(はー、楽)
とか思いながら過ごしていた学生時代は今となっては記憶のオアシスのような存在になっている。分からないんだけど~って笑って聞けばそろそろ見ろよ~とツッコミが返ってきたあの頃に戻りたくもないけれど、現在進行形か、過去形。
どちらかと言われると過去形の方が得意そうだ。
先生、数学。微塵も使ってないよ。四則演算だけで何とかなってるよ。xに置き換えるなんてこと、会社に入ってから一度もしてないよ。
『高校を変えたことについて、もしかしたらマイナスになるかもしれない。今答えた理由を面接で答えると大丈夫か?って思われるぞ』
そう言われたこと。許してないよ。
私の中ではだから何?って感じ。どうせ卒業なり、転校したら切れる関係性に縋るつもりなんてないんですけど。
反骨精神にまみれていた私の昔話。
今では会社に何とか就職してある程度ホワイトで、時々ブラック。白強めのグレーっていう可もなく不可もない場所で働いてます。
特に不自由なく暮らせています。
ユニットバスの家賃6万5千円。キッチンは一口コンロでシンクは狭い。洗面所は独立していませんがベッドはギリギリ置けます。
礼儀程度の化粧品も買えます。婚礼ライクの化粧をする気はありません。
東京じゃ贅沢な方だ。
多くは望まないことの方が重要。波風立てないように。
ワッツ波風?
神風特攻隊とは違う?
波風を起こすこと、相手の陣地に突っ込んでいくこと。イコールで繋げそうな気もするんだけれど。
まぁ、そんなことはどうでも良くて。
くだらないポエムを書いては、消して。スマホのメモ機能にたまるクソポエム。死ね、と呟きながらいくつもの本文を含むファイルごと消していく。
よく考えたんだけど子供の頃はことあるごとに自分の将来の夢を発表させるよね。その中にサラリーマンになりたいですっていう人がいた記憶がないんだけど。
そんな紙を提出しようものなら他にないの?って聞かれるのがオチだから。子供なりの気遣いってやつなのかね。
そんなことを思い出す今日は冬至。
恐ろしく寒かった。地球温暖化の本領発揮は年明けか、とか思いながら白い息を吐いて家路を辿った末。家の中で今ゆず風呂に入っています。
実家から送られてきたゆず。手紙には体ちゃんと温めなさい、と。
温泉の中にヒノキが入っていたり、ゆずが入っていたり。そういう風呂好きだから送らなくても入るよ、と思いながらもその優しさに心臓のあたりが熱くなった。
何か強い感情に押しつぶされそうになった時に、重くなったり軽くなったり。またまた熱くなったり、冷たくなったりするところが心なんだと思う。
それでいうと心臓よりもちょっと右の方。胸骨の真下が私にとっての心臓なのかもしれない。
大手飲食チェーンの社員になった。高校生でバイトを始めて大学に行かずにそのまま正社員雇用で働けることになった。毎日長時間の拘束や、嫌味な客へ対応。頓珍漢なバイトの教育。てんてこまいの代わりに定められた給料。
店長という名について変わったことなどほぼない。発注や、面接。前線に出る時はよっぽどの緊急事態くらい。スゴイ技術でレジの頭もよくなり人は最低限で済むようになったはずなのに、絶えず人手不足。
「店長ー!レジ詰まりましたー!」
「今行くー」
そう答えてもしていた作業の途中で片付けてから…と思うと忘れてまたインカムが飛んできたり。
忙しいよ。毎日夜遅くにならないと帰れないよ。今住んでいる家だってかなりの頻度で亡くなる終電にため息を吐かないようにだ。死ぬまでの尺繋ぎの学生が、社会人というくくりになっただけ。
何も愛しちゃいないんだ。
手に職、とはよく言ったものだよ。私の29になるまでの人生を振り返ってみると名前ゆずが好きだった記憶しかない。そ目を瞑って手の中身を見てみるとそれはそれは。見事なカラ。
殻もない。抜け殻でもない。空。まるで空(クウ)
これしきの期待もないし、多少の反骨精神をカラオケにでも行って発散させられたらそれでいい感じ。
今日も馬鹿なバイトがやらかす。クソ、と吐き捨てたい気持ちを堪えてクレームを印刷する。機械的に共有してコメントを書かせる。
誰かが悪いのではなく。誰かが正しいわけでもなく。
誰かが神様とか、上とか、下とか。全員が人間でいいじゃん。神様だったら傷つけてもいいの?人間が反抗しないとでも思ってるの?
「他の神様に迷惑ですから…」
そう言えたらどんなに楽だろう。
手でもあげなよ。そうしたら貴方から大量の賠償金をむしり取って、ネット社会に殺されて行けばいい。
意味もなくSNSを徘徊する。この時間に更新するのは限界をアピールする生業インフルエンサーという税務署泣かせくらい。両の手を使わなくても数えられる少ないフォロー。
誰だったっけ?となった瞬間外すフォロー。
恋でもしたら変わるの?
「あ”ー恋してぇー…」
何かに追い詰められたOLが言うセリフ、と鼻で笑いそうになるけれど今の私にぴったりの肩書き過ぎて笑っちゃう。そんな自分を一緒に笑えるくらいの相手が欲しすぎて笑ってしまう。
プrrrrプrrrr
トイレの上に置いてる着替えの上に置かれているスマホが空気を揺らして、私の鼓膜を揺らした。
「誰だよ、こんな時間に」
元来人間とは猿なのだ。口調悪くても元祖返りというものだ。許容範囲だ。
「はい、もしもし?」
『あ、もしもしー?』
「何時だと思ってんだよ」
『深夜2時?』
「正解だけど。なんか用?これから優雅な背徳ティーパーティして寝る所なんだけど」
『えー、次から誘えよー』
恋をしようにもできない相手。そもそも女だし。私。相手も女だし。って言えば世間知らず?でも男を好きになると言えば男好き。かといって女が好きだと言えばレズビアン。既婚者を好きになっても、リアリティのない年齢だったら可愛いで済む。私のようなおばさんに足を突っ込んでいる人間は不貞行為を働く天秤を崩せし者。
じゃあどうすればいい?
そもそもの候補から人間を外してしまおうか。今度の休みは大型犬とでも触れ合いに行こうか。もうそれでいいんじゃないか?
『聞いてる?』
「あー、グリーンランドの氷が溶けて来てるって話?」
『違うわ。やっぱ聞いてないじゃん』
「疲れてんだよ」
『今度さ、どっか行こうよ』
「どっかって?そもそも私の仕事知らなかったっけ?」
週に休みなんてほぼない。副店長はあまり好きなタイプじゃない。仕事が出来れば多少会わなくても頑張れるんだけど。マニュアル通りの動きしか出来ないような。その堅苦しさもオキャクサマの癪に障るらしいんだよ、と言えばパワハラ。
『知ってるよ。けどさ、あたしはアンタと行きたい』
「行くとして何処?」
『全然決めてない』
「あっそぉ。なるべき遠くの予定を早くに決めて。有休消化するから」
『分かったー決めとくー』
切れた電話。憎しみを込めて不安定なコップの上に置く。
長い髪を湯船の中に降ろす。キューティクルの死滅もどうだっていいんだ。気にしていたのはもう何年も前のことのように思える。
男に恋をしていた時。
結局付き合って、あとは子供さえできてしまえば、というステップまで行って浮気が発覚。相当な修羅場だった。そういう時は仕事が忙しくてよかったと思う。
プrrrrプrrrr
差出人は変わっていなかった。
『あ、出たー!何回もごめんだよー』
「反省をしてるならもうかけてくんな」
『冷たいな~。お疲れさん。なんか無性に言いたかったんだあ』
間延びする声で電話口に語る彼女の様子がはっきりと目に浮かぶ。
「なんかあったの?」
『気づいちゃう?』
「うん」
『まーた、だよ』
まーた、というのは彼女にとっての日常茶飯事。私の非日常。知ったかぶっているルーティーン。
「男運、ないね」
『マジそれ』
息を吐いたのか、音割れでボボッ、ボボッという音が聞こえてきた。
「お疲れ」
『うん、ありがと』
「話、聞くから夜電話かけてきてもいいよ。明日は」
『案外優しいよねえ』
別に嫌いなわけじゃない。好きだったんだけど。喧嘩もしつつ、ある程度の仲直りで種をあやふやにしつつ。雨降って地固まる、を盲目に信仰している。
私と彼女の関係値。
偶然の産物、と言うにふさわしい。
ブルッと体を震わせる。湯冷めしないように。恐ろしく寒く、恐ろしく狭い部屋でビールを煽った。彼女がどうか私以外の人と結ばれたらいいのに。それでまた私は苦しい思いをして、彼女の運は悪いまま。また私に零せばいいのに。
こんな私であることには気づかないままで。
明日も頑張れそう。
ーーー
あおいそこのでした。
From Sokono Aoi.
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お疲れ様と言われたい人がいる。 あおいそこの @aoisokono13
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