あなたは選ばれました!

渡貫とゐち

呼び出されて、勇者になって――


「どうしてこの場に呼ばれたのか、理解していますか?」


 玉座に座る若い王。

 まだ成人していない若い少女が階段の遥か上にいる。

 この場に呼ばれた若者は、朝一番に三人の男に捕まり(しかも組み伏せられて)、鉄の手枷ではないが縄で縛られ身動きが取れないまま城へ運ばれた。

 事情を聞こうとしても「王に聞け」の一点張りであった。


 なので当然ながら説明があるだろうと思っていたのだが……

(勝手に自宅に土足で踏み込んできて、熟睡しているところを叩き起こされ、訳も分からずさらには身だしなみも整えられぬまま王の目の前へ押し出された。

 もっと言えばこちらを見る観客ギャラリーもそこそこいる。人目を気にするタイプではないが、それでも今の自分の身なりがよくないことは分かっている……、これで一切の説明がないというのは泣きっ面に蜂ではないか)

 ――説明があるべきところで、しかし王が口に出したのは「当然、理解しているよね?」という、若者への無茶ぶりであった。


 それは無理だ。

 さすがにここまで雑に扱われれば、若者だって、王を相手に肩をすくめるものだ。



「いや、分かんないんすけど……叩き起こされてあっという間にこの場に連れてこられましたし……事前に連絡とかなかったですよね?」


「してないのだからあるわけないでしょう」

「じゃあ分からないですよ」

「でしょうね」


 …………でしょうね?


 全てを分かった上で、彼女は試していたのだろうか……、もしも分かったフリをしていたらどうなっていただろう。

 不敬にはならないだろうが、本当に一切の説明もなく「これからするべきこと」をさせられていたかもしれない。


 ……彼女なら、あり得る。


 連絡もなく攫うように引っ張ってくる相手なのだから。


「……説明をしてください」

「では――、単刀直入に言いましょう。『闇』が復活しました」


「はい?」

「分かりやすく言い直しましょうか……『魔王』が復活しました」


「…………」


「まあ、分からないですよね。かつては一部の王族にしか伝えられていなかったことですから。大昔に世界に君臨していた『闇の王』です。今のわたしたちが『光の住人』ということは…………知りませんよね、庶民ですものね」


 少しの毒が含まれているように聞こえるが……。


 ただ、王に、下の者をバカにする気はなかったようだ。

 下の人間を見下しているのが当たり前であれば、それが普通のことだ。

 今更、「バカにする」という行動を挟む理由はない。


 ……王の言葉を信じれば、つまり『光の王』が、現在の世界を統べているということか。

「常識ですよ?」と言わないということは、意図的に伏せられていた情報ということになる。


 周りの観客も、知っている者と知らない者がいるのは……専門家かそうでないかの違いだろうか。調べようと思えばすぐに調べられる情報なのかもしれない……、つまり常識でなくとも、マナーではあるのだろう。


 意識すれば学べることではあった。


「はぁ……、それで、おれがここに連れてこられた意味は……?」

「あなたが選ばれました。おめでとうございます、あなたは『勇者』です」


「……は?」


「闇の王を討つことができるのは光の住人の中でも特に強い輝きを秘めている人材……、つまり『勇者』なのです。自覚がないのも仕方ないでしょう……、勇者と評される輝きは、蓋をされて分からないようになっていますからね。光が漏れてしまえば、闇があなたを喰らうでしょう……これは自衛なのですよ」


「ま、待ってくださいよっ、おれが勇者!? 根拠はなんですか!!」


 王が指を鳴らした。

 高い音に反応して姿を見せたのは、黒衣の男だった。

 彼は水晶玉を持っている…………もしかして。


「彼が勇者である、という『答え』が見えたのです……。私の水晶術が間違った答えを出すことはありません……。彼が闇を討ち、世界を救う英雄なのです」


「――ん、というわけ」


「はあ、そうなんですか……って、納得すると思いますか!?」


 そんな占いみたいな……。

 実際、占いに近いだろう。タロットカードよりはマシだけど、水晶で見えたからと言って――魔王を倒せる勇者の力を秘めていると言われて、はいそうですか、と命懸けの冒険に出られるほどの器ではない。


 それは本人が一番、自覚していることだ。


「もう一度、占いをやり直した方がいいと思いますよ……絶対におれじゃないですから」


「あのね……、見るからに違う、って思える人材が勇者じゃないと、闇の王が襲い掛かってきちゃうのよ……。まさに『闇討ち』ね」


 上手いことを言ってやった、と、どや顔の王だった。

 若者が手持ち無沙汰で良かっただろう……なにかを持っていれば投げつけていたはずだ。


「……くそ、平穏な生活を送るつもりだったのによぉ……」


「闇の王が復活したのだから、平穏な生活など無理に決まっているでしょう……バカなのかしら?」


「別の誰かがやればいいじゃないですか! なんでおれが――っ。って、勇者でなくとも闇の王を倒せる実力者はいるはずでしょう!? 戦闘に特化した戦士がたくさんいると知っています! 闇を『闇討ち』すれば、勝機もあるのではないですか!?」


「それが通用しないから闇の王なのよ。あとわたしのやつ取らないで」


 得意気な『闇討ち』は、王のものではないけれど……。


「いいから、つべこべ言わずに旅に出なさいよ。こっちだって丸投げするわけじゃないんだから……支援はちゃんとする。武器防具お金地図、困った時の伝手も紹介するし、他の国の宿屋で使える割引チケットも分けてあげるから」


「無料じゃねえのかよ……。これだけ聞くとなんでもいいから理由を付けておれをこの国から追い出したいようにも聞こえるけど……」


 まあ、若者ひとり、策を弄さずとも命令ひとつで追放などできるが。

 だからここまで手の込んだことをする必要もない。


 事実を隠す理由もないのだ。

 ――闇の王の復活。

 光の住人の中でも特に強い輝きを秘めている勇者――それが、彼である。



「職人が丹精込めて打った剣だ。軍資金もたんまりとある。防具も安全性は確認済みだ。馬車を手配しよう――、隣の国までは送っていってやる。

 わたしたちがここまで至れり尽くせりやっているんだ……世界の平和のため……そしてきみの平穏の生活のため……闇の王の討伐のための冒険へ、出てくれるよね?」


 王からの圧だ。


 命令だ、とは口に出さないものの、命令しているようなものだろう――庶民は断れない。

 少ない軍資金だけ渡されて平原に叩き出されたわけではないのだから。これ以上ないくらいの事前準備を終えて、さあ出発の段階だ。

 周りの観客も他人事ゆえに盛り上がっている。もしも自分が同じ目に遭えば、顔面蒼白にして助けを求めていただろうに……立場が変われば煽る側だ。


 分かりづらいが、これも数の暴力だ。

 マイノリティを排斥している。


 断れない雰囲気にして――――同調圧力で、若者の背中を押している。


 言外に、雰囲気が脅していた……



「まさか、断らないよね?」



「…………。――いいえ、断りますよ。いきません。たとえおれが勇者なのだとしても、旅に出ませんよ。闇の王に支配されるのもまた、自然の流れじゃないですか?」


「は――はあ!? ちょっと! ほんとに世界の危機なのよ!? あなたという勇者が戦ってくれないと世界はこのまま闇に支配されて――」


「だから、それが自然の流れってやつですよ。抗う必要もないと思います。そういう展開になると世界が決めたのであれば、捻じ曲げる必要はないんです。受け入れましょう――無理やり反発すれば、もっと酷いことが起こりそうですし」


 若者は旅の荷物を全て足下に置いた……そして、踵を返す。


「おれはなにもしません。もう帰りますね」



「帰してはダメよ」


 若者の目の前を塞いだ三人の男が、連れてきた時と同じように彼を組み伏せ、縄で両手を縛り上げる。


「……口にしないと分からない? これは王からの命令よ……、戦いなさい。勇者はあなたしかいないの。あなたがいなくなれば……次の勇者は、長く世界に姿を見せないのだから――」


「ってことは、ここでおれを殺しても、代わりが出てくるわけじゃない……?」

「…………はっ」


 王が「しまった」と気づき、口を塞いだ。

 だが、もう遅い。


「なるほど……、おれのことは殺せないってわけですね」

「……そうね」


 だけど、


「拷問はできるわ」


「それこそ疲弊するだけで、目的の旅に出られなくなりますけどね……、拷問をしている間に闇の王の支配が進むだけでは?」


 ぐぐぐ、と若者の指摘に言い返せなかった王が歯噛みする。

 上の立場を利用し周囲の空気で反対意見を飲み込むつもりが、自身の希少性の高さに気づいた若者が、王の上を取ろうとしている。

 実際、彼がいなくなれば困るのだ……王だけでなく、全人類が。


 困らないのは、勇者本人だけ。


「…………なにが、望みなのよ……」


 交換条件。命を懸けて冒険に出るのだから、やはりそれ相応の報酬がなければやっていけないだろう。できれば払わずに済ませたかったが、そうも言えない状況だ。

 このまま勇者に動かないままでいられるよりは……多少の損失には目を瞑るしかない。


「じゃあ、充分なバックアップを」

「……してるでしょうが」


「事前の準備だけして野に放つのではなくてですね……、常に頼れる仲間がいてくれないと、一人旅はきついですよ。なので欲しいのは人材ですかね」


「……人を渡せば、闇の王の討伐にいってくれるのですね?」

「期待通りに闇討ちできるか分かりませんけど、できる限りは。……善処しますよ」


 さっきよりはマシだ。

 できる限り足掻いてくれるだけ前進である。


「……何名か、実力者を渡すわ……それで、」

「指定していいですか?」

「わがままね……いいけど」


「じゃあ――――王で」


「は?」


「あなたを選びます、王様」


「わた、し……? えっ、わたしを連れていくの!?」


「はい。玉座に座って、闇の王が倒されるのを待っているだけなんてそんな楽な仕事――させませんから」


「いや、わたしにも仕事があるんだけど!?」

「王がこないならいきませんから」


「こっ、こいつ……ッッ!!」


 周囲の空気が勇者寄りに、出来上がりつつあった。


 王がいくと言わなければ、勇者は旅に出てくれない……。

 英雄として、世界を救ってはくれないだろう――。


 実際に彼が世界を救えるかどうかはともかく、まずは動き出さなければ、待っているのは闇に支配される最悪の末路だけだ。


 ……かのじょ次第で。


 今後の世界の行方が、決まる。


「い、や……」


 周囲の言葉なき圧が、失望の視線が、敵意の意志が、突き刺さってくる。


 彼女の思い込みだろうけど……少なくともゼロではない。


 僅かでもあるからこそ、王が勝手に膨らませてしまっているのだから。


「………………分かった、いくから……」

「はい。じゃあおれも覚悟を決めて――闇の王の討伐に、出ますよ」


「いくから……その前に入念な準備だけさせて……」

「え? 準備なら荷物…………足下にありますけど」


「そんな頼りない荷物で外に出たら死ぬでしょうが!!」


「あんた、それをおれに持たせてたのか?

 ……他人事だからってテキトーな仕事をしてんじゃねえぞこのクソガキッッ!!」


「おいッ、わたしは王だぞなんだその口の利き方ぁっ――ごめんなさい反省してますちゃんとしますだから全部を投げ出して帰らないでぇっっ!!」




 …了/そして冒険がはじまった!

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