寒風の子ら

亥之子餅。

寒風の子ら

 冬を表す言葉。——と言っても、季語のことではなくて、日常のなかで「冬を感じる瞬間」を表した言葉、という方が正しいだろう。


「私は『かじかんだ指先を、白い吐息で温める』とか、そういうのが好きかなぁ」


 冬晴れの帰り道を歩きながら、友人が言う。

 私は手元を見つめ、その言葉の通り、指先に息を吐きかけてみた。

 んだ寒気に拡がる白いもやは、まるで水槽に絵の具を溶かしたときのようにゆらゆらと揺れて、目の前を霞ませる。すっかりてついた指先は、吐息の温さに触れてじんじんと痺れた。

「……うん、『冬』って感じがするね」

 確かめるように何度も頷きながら、両手をポケットに戻す。


「君はどういうのが好き?」

 いつの間にか一歩先を歩いていた友人は立ち止まり、振り返って言った。私も釣られて足を止める。

「うーん……」

 視線を落とし、腕組みをしてしばし考え込む。


 ふと、ぐるぐると首に巻いていたマフラーに意識が向いた。私はおもむろに、そっとマフラーに顔をうずめる。

 ゆっくり深呼吸をすると、熱い呼気がマフラーの中で渦巻いた。溢れ出た蒸気が目元をかすめ、じんわりと視界がにじむ。


「……『マフラーに顔をうずめる』とか」


 顔を上げ、友人を見つめなおす。

「そんな感じかな?」

 図らずも気取った答え方になってしまって、思わず笑って照れ隠しをした。それをじっと見ていた友人も、やがて口元に小さく笑みを浮かべた。


「これで君も『冬の名付け親』だね」


 再び、二人並んで歩き出した。

「今年は雪降らないのかな?」

 友人が呟く。

「暖冬だって言うけど、どうだろうね。でもそういえば、今年はまだ霜柱も見ていないな」

「残念だなぁ、私はちらちら落ちる雪が好きなのに」

「まだ一月の半ばだし、分からないよ」

「降るといいなぁ」

「降るといいねぇ」

 

 寒空は雲一つない、淡く澄んだ青を湛えている。

 冬に心躍らせる言葉たちを乗せて、まだまだ冷たい風がひゅうと駆け抜けていった。


<了>

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