第三話 逃亡
「あ、あの哲哉様」
「僕は、僕なんかが、勇者なんかであるはずが無いんですよ」
哲哉は、あふれ出てくる涙をぬぐった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
異世界デビュー!?そんなものに期待した自分がいた。さっきまで、たったの一分前まで。
こんな時に哲哉がする行動、それは逃げる事だった。まだ十四年しかない哲哉の人この生の中でも、それは繰り返されたことだった。
哲哉は駆け出した。この階の奥に下向きの階段が見える。哲哉は階段を駆け降りた。逃げるんだ!この建物から出よう。でも、此処から出て何処へ行くんだ?哲哉は
そこまで考えるのを止めた。今はもう、逃げる事だけを考えよう。その先のことは、
考えたくもない。
「あのさあ~」
この建物、ゼルガ神殿、異世界から勇者を召喚する為の神聖な建築物。
その正門を守る二人の兵士のうちの一人、背が高くて痩せていて金髪で、やや浅黒い肌色のブランデルがぼやいた。鎖帷子を纏った逞しい男だ。年は二十代後半といったところか。
「うん?」
ブランデルより背が低くて、やや太めなのはマーチンだ。ブランデルと同じ鎖帷子を纏っているが、少しお腹が出ているようだ。独り者のブランデルと違って、妻子はいる。娘のマーヤに対する愛情ときたら、ブランデルがドン引きするぐらいだ。
少し白髪の混じった黒い髪の毛をボリボリとかきながら、マーチンはブランデルに尋ねた。
「今、何かあったよな?!何かが上手く行かなかったような気がするんだ」
「あ~、うん。そんな感じはする~。今、というかもう終わったのかな?モズレー様、あの大賢者のモズレー様が異世界から勇者様を召喚したんだよな~?」
「そうらしいな、さっき、凄い光が天からこのゼルガ神殿に降りてきただろ?」
「そんなもん、あったっけ?~」
「いや、お前、あれを見逃したのかよ。考えられんわ」
「え?!俺が小便してた時かな?~」
「ブランデルよ」
「ん~?」
「やっぱり、お前とは気が合わないわ」
「俺だって、そう思ってるわ~」
「ん!」
「ん!」
「誰だ?あの小僧は?~」
二人はゼルガ神殿の正門から出てきた、哲哉をみとめた。
「変わった格好をしているな、短いズボンに、袖が短い上着。寒くないのかね?」
「あ~、それに頭になんか付けているぞ~」
「ん?!あれは魔法大賞パネルじゃないのか?あの少年は魔法使いの候補か何かか?」
「もしかして、あの小僧が召喚された勇者様?~」
「そんなわけあるかよ」
「だよな」
「だよな」
「おい、小僧~」
「はい?!」
ブランデルに呼び止められた、哲哉は答えた。
「ブランデルよ、小僧呼ばわりはよせ。少年よ、君は何者だ?ゼルガ神殿に君のような者はいなかったはずだが」
「ゼ、ゼルガ神殿?」
「此処よ、この建物だっての~」
「あの…僕は…僕は、日本から召喚された…らしいです」
「ニホン?」
「ニホン?」
「いや、問題はそこじゃなくて…」
「ん!まさかの、まさかの、まさかだが、君は大賢者のモズレー様に召喚された勇者なのか?」
「違います!」
哲哉は首が遠心力で吹っ飛んでいくか?というぐらいの速度で、首を左右に三回ぐらい振った。
「ん!?」
「いえ、確かに、確かに、僕は、お前は勇者なんだとか、そんな事を言われましたけど、これは何かの手違いなんです?」
「手違い?~」
「手違い、間違い、勘違い、何でもいいですけれど、僕は勇者なんかじゃありません!」
「…うん、察するに君は、魔法大賞パネルで失格したのじゃないか?」
マーチンは、ちょっと優しくなった声で聞いた。
「え、ええ、そうです」
「何点だった?」
「じゅ…十四点でした。不合格でした」
「あ、こいつ勇者の成りそこない?~」
「ブランデル、黙っていろ!」
「あ! あ? なんか、す…すいません~」
「君、名前は何というんだ? ああ、すまん、この私はマーチン。此処、ゼルガ神殿を守る兵士だ。そして、こっちの木偶の坊の、アホンダラはブランデルだ」
マーチンはやや中腰になって、哲哉と目線の高さを合わした。
「…僕は、僕は、鈴宮哲也です」
「舌が絡まりそうな名前だな~」
ブランデルが割り込む。
「…同じこと言われました。ええと、騎士団長のガリルさんだったかな?」
「ああ、ガリルの野郎か、気にすんなよ~」
「いや、お前も同じこと言っただろ!」
「あ~?」
「いや、すまんな。テツヤ君?で,
良いのかな?」
「はい」
「こいつ、ブランデルは、少々アレなところがあるんでな」
「アレ?」
「でも、まあ、悪気はあまり無いらしいから許してやってくれ」
「はい」
「ところで君、魔法大賞パネルで十四点出したんだって?」
「ええ、でも十五点じゃないから、失格です」
「いや、ちょっと待て。十四点だろ?凄いんだぞ、それ。俺や、この…ブランデルなんか、一点すら出せないんだぞ」
「…え?そうなんですか?」
「そうだ、あのモズレー様、大賢者モズレー様が、二日酔いでゲ~ゲ~した時なんか、三点しか出なかったこともあるんだ」
「えっ? え~」
「だからさ、少年…ん!? セフィラ様か!?」
ゼルガ神殿の正門から、セフィラが駆け出してきた。
「あ!マーチンさん、ブランデルさん!」
この三人は面識があるみたいだ。
「あ!セフィラの、お嬢~、テツヤなら俺たちが預かってるぜ~」
「ブランデル、お前は馴れ馴れしいんだよ!」
剣と魔法と中学生 スタジオぼっち @sumikun1234
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