第二話 困惑

「勇者?え!?誰のこと?!勇者?え?え?」


「オッホン」

 おこりんぼう男が、咳払いをした。


「あああ~っ! ゴメンナサイ。鳩のことはおいておいて、自己紹介からするべきでしたね」

 女性は狼狽えながら言った。

「私は、このベルキア国の宮廷魔術師セフィラと申します。こちらの方は騎士団長のガリル様。あちらの方が大賢者モズレー様。そしてモズレー様の主治医のデアルト様です」


「は、はあ…貴方は宮廷魔術師のセフィラさんなんですね」


 うん、そして、あいつはガリルというのか。ベッドの老人は大賢者?大賢者って肩書きなのか?側にいるお医者さんは誠実そうな顔をしている。


 あ!僕の方も自己紹介しないといけないのか。僕は、僕は…


「あの、僕は鈴宮哲哉。立花中学校二年。中二です」


「なにい~~?!」

 騎士団長ガリルが叫んだ。


「病気なのか?!」


「はっ?!」


「君はさっき、中二と言ったような気がするのだが」

「そうですよ、中二です」


「やっぱり、病気じゃないか!」


「ち、違いますよ。単なる僕が通学している学校の学年です。僕はきっと多分、健康体です」

「あの、ガリル様」

 セフィラが口を挟んだ。

「この魔法具の翻訳能力にも限界があります。もしかして、ちょっと微妙なニュアンスで、誤解を産んでいるのかもしれません」

「あ~、うん、そういうことか。ところで君の名前なのだが ス、スミヤ?」

「スズミヤ テツヤです」


「舌が絡むような名前ではないか!」


 何なの、こいつ!


「勇者殿」


 大賢者モズレーが初めて口を開いた。


「我が国ベルキア、いや、この世界が危機にひんしている。魔王軍の侵攻が始まったのだ。そこで、勇者殿を貴方の住む世界から召喚した」


 いや、凄いことを軽く言いますね、貴方。


「…あ、あの、何故、僕なんです?」

「こう、このように、ふわっとやると」

 モズレーは両手のひらを、ヒラヒラと動かした。

「はい?」

「自動的に選ばれるのじゃ」

「…は、はあ!?」

「ん?!勇者殿、ご不満かな?」

「適当に選ばれたんですか?僕」

「いやいやいやいやいやいや、そうでは無い。精霊たちが、正しき勇者を選ぶのじゃ。更に言うと、面倒くさ…いや、荘厳なる儀式を色々とした上での事じゃ」


「あの…、無理ですよ。僕、僕、ただの子供じゃないですか」

「うむ、ワシも正直、あれ?こんなの召喚しちゃったのか?と思ったんじゃが」

「うわ、選んどいて、そんな言い方します?」

「いや、厳密には選んだのは、ワシではなく精霊だし…」


 無責任か!


「正直、私も同意します」


 ガリルが話に割り込んだ。

「ん?不満かね?ん?どの点に同意なのかな?騎士団長」

「私の大賢者様に対する敬意は揺るぎ無いものでは、あるのですが」

「うむ」

「この者を見てください」

 ガリルが哲哉を指さした。


「これは…無いわ~」


 こ、こいつ…


「ちょっと、ガリル様」

 セフィラが髪をかきあげなら、少し怒気を含んだ声で言った。

「過去にも、かなりの幼少の者が召喚され、魔王を打倒した例があります」

「お、おう」

「その者たちは、いずれも魔法の達人でした。哲哉様も、そうかもしれません」

「え?僕が魔法の達人?それはありません。いや、ありえないでしょう?魔法なんて使えませんよ」

「哲哉様、あなたが元いた世界、あっ?まだ聞いてなかったですね。何処でしたっけ?」

「日本です。日本の愛知県」

「ニホン?アイチケン?そのあたりはよくわかりませんが、勇者として召喚された者が住んでいた世界では全く魔法が使えなくても、こちらの世界に召喚されると魔法が使える例は多いのです」

「そうなんですか?」

「うむ、良くあることじゃ」

「う…、うむ、確かによくあるらしいな…」


「私も聞いたことはあります。ガリル様、先程から貴方はモズレー様が、なんというか、とんでも無いポカをやらかしたみたいに思って怒っておられるようだが、そうでは、無いかもしれませんよ」

 これはモズレーの主治医のデアルト。


「そうだわ!」


 セフィラがパンッと手を叩いた。

「あれを使いましょう」

「あれって?」

 哲哉が訪ねた。

 セフィラは部屋の隅にある戸棚から、何かを持ち出した。


「じゃ~ん、魔法大賞パネル!」


「ああ、そんなものもあったな。魔力、魔法の才能を測るための魔法具だったか。セフィラ君、君は目の付け所が良いな。ふん」

 ガリルが腕を組みながら言った。

「哲哉様、見てください」

「はい」

縦に長い、高さ三十センチぐらいの物体だ。

「この魔法具には、縦に二十個のパネルが並んでします。一番下が一、一番上が二十です。これを頭に載せて精神を集中させると、その者に魔力があった場合、下からピピピと一,二,三,四と順にパネルが点灯していき、十五を超えると合格、つまり魔法の才能かなり有り、ということになりす。二十まで測る事ができますが、それ以上はこの魔法具では無理です」

 哲哉はそのパネルに記されている数字がアラビア数字であることに気付いた。

 …言葉だけではなく、字も翻訳されているのか。

「では、論より証拠。私自身で試してみましょう」

 セフィラが魔法大賞パネルを自らの頭の上に載せた。不思議なことにピタッと吸着したように見えた。

 セフィラが目を閉じた。精神を集中させているようだ。


「はあっ」


 セフィラは、カッと目を見開いた。


 ピ   ピ  ピ ピピピピピピ~


 より高い音階へと音色を変えながら、ものすごい速度で一番下の一のパネルから上へ上へとパネルが点灯していった。あっという間に、合格である十五を飛越し、二十に達すると、魔法大賞パネルからファンファーレが聞こえてきた。


 チャチャチャチャーチャーチャチャー チャランラーン 


 チャチャ!


「おおっ!」


 哲哉を除く一同から、歓声が上がった。


「流石は我が弟子の中でも一番の魔力を持つだけのことはあるな。セフィラよ」

「お褒めの言葉、ありがとうございます。モズレー様」

 あ!この二人、モズレーさんとセフィラさんは師弟なんだ。それはともかく、少し照れているセフィラさん、可愛いかも。…でも、僕よりちょっと年上だよね?


「…さて、次は勇者殿の番じゃな」


「え!?」


「大丈夫、哲哉様ならきっと合格します」

 そう言ったセフィラさんは、ちょっと荒い息をしている。


 セフィラは自身の頭部から魔法大賞パネルを外すと、自身の頬に当てた。祈りをこめたような仕草だった。


「哲哉様、大丈夫、きっといけます」

 セフィラは哲哉の頭に魔法大賞パネルを置いた。ピタッという音こそ鳴らなかったが、やっぱり頭頂に吸着したような感じだった。


「勇者殿、いや、哲哉殿、コツというのかの、こういう時に大事なのは肩の力を抜くというか、こう、ふわ~~という感じ?そおいうのが大事なのじゃよ」


 大賢者様の全く頼りにならないアドバイスに若干イラつきながらも、哲哉は己の精神を集中させた。


 ピピピ


「あ!」

 セフィラさんの声だ。


「うん!?」

 これは、ガリル。


ピピピピ


「七までいきましたよ!」

 これは、お医者さん。


ピピピピピ~


「十二です!合格まで、あっと三つですわ、哲哉様!」


ピ          





「騎士団長よ、ワシの眼鏡に狂いは無かったようじゃな。合格まであと一つじゃ。

きっと上手くい…」







 カ~~~~~~ン






 ヒュルルルル~~




 魔法大賞パネルから光が消えた。


「ええっ!」

「ふん」

「あ…」

「むう…」








 哲哉は思い出していた。私立の進学校の中学の受験に失敗したことを。父さんは「高校から、がんばれ」と言ったし、母さんは「同じ友達と中学に行けたね」と言ってくれた。妹の遥は…目をそらして何も言わなかったような気がする。

 不合格を知った日、哲哉は近所の公園のブランコで、ほとんど一日、固まったように座っていた。すぐ近くにある自分の家なのに、家族、父さん、母さん、妹の遥がいる家なのに、自分の居場所が無くなったように思ったのだ。


 今もそうだ。異世界なのに、勇者様らしいのに、此処には哲哉の居場所はない。









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