剣と魔法と中学生

スタジオぼっち

第一話 召喚


 今日の鈴宮哲哉すずみやてつやは、傍目にも分かるぐらいウキウキしていた。なんたって、明日から中学二年の夏休みが始まるのだ。ウキウキしたあまり、さっきコンビニで買った大好きなアイス、モチモチした食感の二個入りセットの内の一つを、妹のはるかに分けてやろうと思ったぐらいだ。いつもは勿論一人で二個食べている。

 もう西の空は赤く染まっている。そろそろ家に帰らなきゃ。明日から夏休みという

日の夕食はきっと格別だろう。例えそのメインのオカズが日買った冷凍食品を、母さんが電子レンジで温めなおして、衣のサクサク感なんて宇宙の果てに飛んで行ってしまった、フニャフニャになった鶏の唐揚げだったとしても、遥が、食事中なのに無言でスマホを見ながら殆ど食べなかったりしてもだ。

 哲哉は別に学校が嫌いというわけでもない。成績はそれなりだし、クラブはサッカー部だ。補欠だし、本当に自分はサッカーが好きなのかと問われると、勿論!と即答出来る自信も無いけど。

 虐められているという自覚も無い。虐めているという自覚は全くないが、あるクラスの女子に、


スズミヤ ハ ムシンケー


と言われた記憶はある。あれは何のことだったのか?まあ、いいや。


 明日から夏休み、哲哉のウキウキは止まる様子はない。



 ギ ギ ギ



 哲哉は、暗くなりつつある東の空に、星とは思えない空を斬り裂くかのような輝きを認めた。


「なんだろう?あの光、いや、空間の歪み?」


 その直後、全身を走る衝撃と共に、まるで哲哉の足元の地面だけに穴が空き、そのままどこまでも眩い光に包まれた、底なしの穴へ落ちていくような感覚に包まれた。哲哉はこのまま永遠に落ちていくのではないかという恐怖を感じながら気を失った。



 おぼろげながら目を覚ました哲哉が最初に感じたのは、両手のひらと右頬に接した床の冷たさだった。それと同時に怒気をはらんでいるらしき野太い声が聞こえてきた。哲哉にはわからない言語、少なくとも日本語では無いようだ。


 むっくりと上半身だけ立ち上がった哲哉が、まだ霞んだ視界の中で認めたのは、石造りらしき大きい建物の壁。少し離れた所にいる何人かの人間らしきもの。

 下に視線を移した。この建物の床は木の板作りらしいが、哲哉が今いる所だけには円形の黒い石板が置かれているらしい。石板には不思議な文様が円の中心から放射状に刻まれていた。もしかして、これは魔法陣と呼ばれるものなのだろうか?上に視線を移すと、ドーム状の巨大な天井が見えた。


 明瞭さを戻しつつある哲哉の視覚が認めたのは四人の人物だった。一番左にいるのは金髪の若い女性、その右にいるのは背が高く体格も良い三十歳前後と思われる男性、その男性は哲哉の方に視線を移すなり、怒鳴り声をあげた。どうやら哲哉が目覚めてから聞いている、怒気をはらんだ声の持ち主はこの男らしい。その右にいるのはベッドで上半身だけを起こしている老人。かなり体の状態が悪いようで、荒い呼吸をしてる。最後の右の1人は、どうやらこの老人を見守る医師のようだ。何やら薬のような飲み物を老人に飲ませていた。老人は顔を顰める。


「あ、あのう…」

 おそるおそる出した哲哉の声に、女性が反応した。

「ヴィオレタマハル、タオキ!」

 美しい声で女性は答えた。だが何語だろう?英語でもなさそうだ。

 「ヴィ ヴォーレット!」

 怒れる男が何やら答えた。やっぱり、この人達は外国人?


 そもそもここは何処なのだろう?哲哉から見て左奥には格子のはまった窓があり、そこから日が差し込んでいる。昼間のようだ。哲哉は立ち上がり窓の方へと歩いた。あそこから外を見れば、ここが何処なのかも見当がつくだろう。


 窓から外を眺めた。哲哉は今、この建物の二階、もしくは三階にいるようだ。そして哲哉の視界に飛び込んだのは、広大な森林と、遠くに広がる穏やかな山々。近くには森へと続く舗装されてない道があり、哲哉が今いる建物のすぐそばには、円形状の広場とその周囲には数軒の建物があった。その造りは哲哉の乏しい知識では詳しい様式は分からないが、いかにも中世ヨーロッパ風、というか、哲哉がプレイしたことがあるファンタジー世界を舞台にしたゲームで、よくみたことのある建物を思わせた。

 

 建物の中には馬小屋らしきものがあり、家畜が囲われているのが見える。そこで作業する人の姿も見えるが、これまたファンタジー世界の農民風といった感じだ。

 ここは日本ではない?だがこれだけの情報では決め難い。何かのテーマパークだという可能性もある。


「ん!?」


 哲哉は空を飛ぶ何かに気付いた。はるか上空ではあるが、こちら方向に向かってくるようだ。

「鳥? い、いや」


 ポエエエエエエエエ~~ッ


 その空を飛ぶ生物は、少々間の抜けたような声で叫んだ。


「ド、ドラゴ…ン?」


 その空を飛ぶ生物を言い表すのに一番適切な呼称は何かと聞かれたら、哲哉にはドラゴン以外は思いつかなかった。羽根の付いたトカゲのような生物、前脚に後脚という四肢を持ち、コウモリのような羽根を羽ばたたせている。色は紫とピンクの縞々模様で、体表には羽毛は無く爬虫類のような鱗状だ。顔は…意外と眼が大きくて、牙はあるけど、小さめで‥あれ?!もしかして可愛い?


 高度差がかなりあるが、こちら方向に向かって飛んでくるドラゴンと哲哉が最接近した時、ドラゴンと哲哉の目が合った。


 キュルル~ クポッ


 ドラゴンは、哲哉にはどう表現したらいいのか、わからない声で鳴いた。哲哉は困惑した。嘗て無いほど困惑した。ドラゴンそのまま飛び去り、哲哉がいる建物の陰になって視界から消えた。羽ばたく音も、少しずつ小さくなっていく。



 これは現実か?!此処は、どこなんだ?誰か説明してくれ!



「ウェレトラヴィ、サーヴィオス!」


 いつの間にか、哲哉の右隣に来ていた金髪の女性が叫んだ。笑みを浮かべた表情からすると、この状況は悪いことでは無いらしい。あのドラゴンは無害、というよりは

好意を持たれている存在なのだろうか?


「ヴェルシェント、オモゴラ、ヴィランタ」

「は、はいっ?」


 すると金髪の女性は、五秒間ほど固まった後、頬を赤らめながら、元いた場所、つまり、あの、おこりんぼう男の脇に戻った。彼女はそこにある台座から何かを取り上げ、哲哉の方に向きを変え、歩み寄ってきた。彼女が持ってきたのは、ペンダントのようだ。哲哉がよく見ると、それはピンポン玉ぐらいの大きさでタマネギのような形をした青い物体にチェーンを繋げた物のようだった。

 彼女は哲哉の首に、そのペンダントをかけようとした。哲哉は戸惑ったが、彼女が悪意のある人物だとも思えないので、何も抵抗しなかった。ペンダントのチェーンを触ったときに、彼女の指に微かに触れたような気がした。

「このペンダントは、何なのですか?」

 哲哉が尋ねると、彼女は言った。

「これは翻訳機能を備えた魔法具です。やっと、お話が出来るようになりましたね」

「えっ?」

 日本語で喋ってる!?

「あの子はクッポ、私達はそう呼んでいます。人懐っこくて皆の人気者です。あの子、貴方に一目惚れしたのかも?」

「は、はあ…」

「いつも、このあたりをユラユラと気ままに飛んでいます。陸地に降りたところを見たことがある人って、いるのかしら?」

「は、はあ…」


「とっても可愛い鳩です」


「は、鳩?!」


「え?! どうなされました?」

「鳩? ドラゴンじゃなくて、鳩?」

「え?! ドラゴンって何です?」

 いや、あの…翻訳の問題なのかな?


「あっ!すみませんでした。ところで、ここからが本題なのですが」


 彼女は哲哉の正面に回った。

「貴方は、我がベルキア国へ、大賢者モズレー様によって召喚されました」

「は!?」


「歓迎します、勇者様」


 





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