第2話 ぞんび侍と姫
右腕で振るった短刀には一切の手ごたえがなかったため、犬丸は眉間にわずかな皺を寄せた。
斬る前は鴉かと思ったがそこには何もいなかったように犬丸は感じていた。
その頃には真っ二つになり海へと落ちていったそれをしばし睨みつけたが、すぐに視界から消えて。犬丸の中ではあれが本当にいたのかさえあやふやになった。
それより重大なことがある。
なにせ、まだ左腕の欠けた上半身だけで無理矢理に飛び上がり、鴉もどきを斬りつけた犬丸だ。
当然すぐさま床に全身叩きつけられる羽目になった。
全身といっても頭と半分もつながっていない首。穴だらけのすかすかな胴が半分と少し。あとは指が二本足りてない右腕だけだったけれど。
それでも継ぎ接ぎ途中の身体にはかなりの衝撃だ。犬丸は受け身もろくにとれなかった。
短刀を口にくわえて右腕1本で飛び上がり、右腕1本で短刀をざんと振るうようなことをすれば、こうなることは火を見るよりも明らかだった。
「ぐう・・・・・・」
床から突然飛び上がり、再び叩きつけられた犬丸が衝撃に呻く様をそばでじっと見ている者が口を開く。
「犬丸様、まだ半分も継ぎ接ぎが終わっていないのにそんな無理をしてはいけませんよ」
たしなめるような言葉を向ける姫に犬丸はこの世の終わりを見たかのような顔を向けて言った。
「うう、すみませぬ。しかし姫、あの鴉もどきめは姫をいやらしい目でずっとなめずりまわしておりましたので許せませんでした」
「わたくしは別に見られることは構いません。見ていただけで斬られたあれも哀れです」
姫からさらにたしなめる言葉を向けられた犬丸はもう言い訳などせず、仰向けの状態からさっと土下座の姿勢にうつった。
「お許しください姫」
「許しましょう」
犬丸から姫と呼ばれた者は、許しを告げると裏返しになっていた犬丸をよいしょとひっくり返し、すぐさま作業の続きへ取り掛かった。
錆だらけの針と汚らしい糸を操り、姫は自ら集めた船上の死体達を犬丸につなげていく。
ぞんび侍とからくり姫 紅雪 小鮫 @ikuradonn
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