ぞんび侍とからくり姫
紅雪 小鮫
第1話 ぞんび侍といけにえ船
幽霊船と呼んで差し支えないその姿は夜の海にぼんやりと浮かんでいた。
進む様子も戻る様子もなく、ただ大波と海風に弄ばれている。そう表現するしかない状態にあるそれが海の藻屑と成り果てるのにそこまで多くの時間は必要としないだろう。
どこにたどりつくこともできず、後は朽ち果てるのを待つだけ。そんな船の上にはいくつかの人影が見てとれた。
五体を満足に保つ人影は全部で三つ。それらの他に、元は人や獣であったかもしれない残り滓が数えきれないほど、といった具合。
そんな三つの人影のうち、動いているものがひとつだけあった。
動く人影は、どうやら船の上で何かを集めているらしい。少し動き。立ち止まっては何か拾い。あたりを見回し。目星をつけた何かに向かい。また立ち止まっては何か拾っていた。
どうもその人影は右足を悪くしているらしかった。悪くしているどころかあっても邪魔なだけのようにしてただただ引きずりながら左足1本で進むようにしていた。
ぴょん。ずりい。
ぴょん。ずりい。
何か拾いまた。
ぴょん。ずりい。
ぴょん。ずりい。
床も右足も互いが互いを引っ搔いていく嫌な音を何度も何度もたてながらのろのろと進んでいるのだろうなあれは。
しばらくしてその人影が立ち止まらなくなったのに気づく。ぴょんこぴょんこと跳ねながら幽霊船の舳先へと向かっていくようだ。
ただ眺めているだけだというのに不思議と退屈はしなかった。必死さと滑稽さの入り混じるその様は見ていて飽きなかった。
いつまでもその無様を楽しめるわけでもない。人影は舳先の少し手前あたりでまた立ち止まって。両手いっぱいに集めたそれを床へとぶちまけた。
ぐちゃくちゃどちゃ。
ある程度重くて、一部固くて、でも基本的には柔らかな、粘着質な水分をたっぷりと蓄えたそれらが床とぶつかりあってひどく嫌な音を立てたような気がした。
あくまで気がしただけだ。風と波の音しかこの夜には聞こえない。
だからあの人影がしていることも、何もしていないのと何も変わらない。
それからその人影が何をしているのかはこの距離ではわかりかねた。いや、どうも予想はできるし多分にそれが当たっているのだろうけれども、なぜそんなことをしてるのかが理解できなかったと言っていい。
——たぶんあいつはあつめたしたいをつぎはぎしてにんぎょうでもつくっているのではなかろうか
確かめるためには近づいてみるよりほかない。
潮と風以外の臭いがぷんとまとわりつく想像に一瞬ためらいながらも結局私は近づいてみることにした。
遠くから見ると幽霊船に見えたそれは近づいてみるとどうも少し趣が違うらしかった。
何と言えばいいのだろうかこういうものは。
かつて名前も思い出せない孤島の民がこんな風にして生娘を3人差し出してきたことがあったかな、と。曖昧な記憶が頭をよぎる。
その記憶を100倍ほど血と肉と汚物と骨と虫と何らかの存在への宗教的な細工で飾り立てればこんな景色になるだろうか。
これは生贄船とでも呼ぼうか。うんそうしよう。
これは船のかたちをした生贄さ。違いない。
さて、人影はどうやら少女あるいは少年に見えるが、汚物に塗れた枯れ枝でできた木偶人形と何が違うのかがわからないな。まあ仮に少女としようか。股の間に何もぶら下がっていないようだからとりあえずはね。
もちろん股間から全部切り取られた少年や股間から信じられないようなものをぶら下げた少女はこの暗黒の時代にはそう珍しいものではないからあくまでも暫定だよ。
暫定少女は何やら船中からかき集めた死体をひとつの人間をつくるようにして並べているようだった。ぶつぶつと何事か呟いているが小さすぎてまったく聞き取れない。
仕方ない。溜息をついて首を振り振り、さらに暫定少女へと近づいてやっと呟きが聞こえた。
「あいつがくるうあいつがくるうあいつがくるあいつがくるあいつがくるう」
あいつが来るのか、あいつが狂うのか。
しばらく聞いても定かではなかった。
しかししばらく待っても何もやってこないので。
たぶんどこかで誰かか何かが狂ったのかな、と思ったその時に新しい声が突然聞こえた。
「姫、まだ大丈夫でござる」
暫定少女の声ではなかった。だがその声は暫定少女のそばから聞こえた。暫定少女の集めた死体の山から。
「あと覗きは許さん」
その声が聞こえた瞬間世界が真っ二つになって何も考えられなくなった。
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