第4話 スマホを持っていきたい
「異世界転生を希望しています。異世界には自分のスマホを持っていきたいです」
「すまほ……?ま〜た新しい単語が出てきたわね」
面談を担当する千代名(ちよな)姫様も困惑気味です。
「とりあえず、本人確認させてね。この書類によると、あなたは25歳男性の大学生。電車の便器にその『すまほ』ってものを誤って流してしまい、それを取り戻すために、便器に頭を突っ込んで窒息死した、ということでよろしい?」
「そのとおりです」
「そんなに大事なのね。その『すまほ』って」
「はい!それがないと死んでしまいます!」
「それが原因で死んだけどね」
千代名姫様も呆れ顔です。
「早速面談を始めます。天使ちゃん椅子に案内してあげて」
「どうぞ、こちらへ」
案内するのは、食べ物が大好きな天使ちゃん。今日は真っ先に帰って、パスタを茹でるそうです。
男が椅子に座ったら、千代名姫様より面談が始まります。
「まず異世界転生を希望した理由から教えてね」
「はい、僕は大学に通いながら就活していたのですが、ゲームにむちゅ……いや、希望の業界に就職できませんでした。それで異世界なら僕も就職できるんじゃないかなって思い、希望しました」
「なるほどね。ところで希望していた業界というのは?」
「軍師です」
「軍師……?私、現代の仕事について詳しくないけど、つまり軍人志望ってこと?」
「僕は軍人になりたい訳じゃなくて、軍師になりたいんです!だから異世界転生したら、スマホを使って軍師として無双したいんです」
「異世界でもいきなり軍師にはなれないと思うよ⁉︎それに全部『すまほ』頼りじゃん!」
結局異世界でもスマホ頼りの男に、千代名姫様のツッコミも止まりません。
「ひとまずこの件は保留です。次にどんな異世界に転生したいか、教えてね」
「はい、中世ヨーロッパみたいな世界観です」
「ああ、ヨーロッパね。最近天使ちゃんから習ったわ。それで『中世』って具体的にいつぐらい?」
「えっと……まあ、初期の方かな?」
「なるほど、初期の方ね」
中世の初期とは、西ローマ帝国が滅んでヨーロッパ自体が非常に混乱していた時代です。おそらくこの男は、中世ヨーロッパを知らないようです。
「それで能力の希望は、その『すまほ』を持っていきたいと。まず『すまほ』って何?」
「それがあれば何でもできる代物です」
「でも就職できなかったじゃん」
「ほとんど、何でもできます」
「へー、早速その『すまほ』を見せて」
「今は持っていません。便器に落としてしまいました」
「全くしょうがないな〜、天使ちゃんに取りに行ってもらうか」
突然、話をふられた天使ちゃんはビックリです。
「あの……先ほどまでのお話を伺っておりますと、その『スマホ』があるのって……」
「電車の排泄物の中」
男が答えました。
「絶対イヤです」
「何ぁぁんでぇぇぇだよぉぉぉぉぉ!ガァァエェェしてよぉぉぉ!ブォォォクゥゥのズゥゥマァァァホォォォォォ」
日本語訳は「何でだよ。返してよ。僕のスマホ」となります。
「何⁉︎いきなり何なの?」
天使ちゃんはビックリを超えて、顔が引きつっています。
「多分発作よ。!『すまほ』を失った記憶が突然よみがえったんだわ!ヤバイわ!天使ちゃん!」
千代名姫様が事態の解説をします。
「わかりましたよ!取りに行けばいいですよね!もう最悪ですよ!」
〜約一時間〜
「はあ……はあ……取ってきましたよ。あなたのスマホ」
「天使ちゃん、お疲れ様!助かったわ」
「思ったより時間かかりましたね。早く僕のスマホ返してください」
「ブッ殺すぞ。お前」
「まあまあ、天使ちゃん落ち着いて。あなたも少し待ったぐらい、水に流して」
「水に流せないから、便器に詰まったんですよ、コイツ」
「やった!これがあればどこでも転生できます!」
「ん?今どこでも転生できるっていったよね?」
「はい、確かに転生できるって、コイツいいました」
天使ちゃんも待ってましたと言わんばかりに頷きます。
「じゃあ、面談も面倒だしこれにて終わり。閉廷。異世界転生なんて希望しないで、現世で再度頑張りなさい」
千代名姫様は木槌をバンバンと叩くと、机の書類をまとめ始めました。
「ちょっと待って下さい!」
突然、男が叫びました。
「わっ!何なのよ!これから帰って、天使ちゃんとお風呂でも行こうと思っていたのに」
「いや、私聞いていませんけど」
天使ちゃんも驚いた様子です。
「確かに『どこでも転生できる』とはいいましたが、今まで話してきた転生先の希望も少しは叶えてくれませんか?」
「ダメよ。スマホを持ってきてもらっても、文句ばかり。しっかり反省して来世のインドでも頑張りなさい」
「そーだ!そーた!」
「ぐぬぬ……そ、そうだ!実は異世界転生を希望したのは、現世では生ぬるいと思ったからです」
「え?生ぬるい?」
「そうです。せっかく転生してもらうなら、異世界という過酷な環境に挑戦したいです。その方がインドよりもより成長できると思います!」
「そうね〜、そうかもねぇ。現世よりも異世界の方が成長できるかもねぇ」
相変わらずチョロい千代名姫様も頷きます。
「ちょっと、チョロ姫様⁉︎」
「千代名姫な」
天使ちゃんがあわてて、千代名姫様へ耳打ちします。
「また希望者の適当なことを信じて大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。成長したいってことなら、さっき案内が来ていた異世界に転生させましょう」
「ああ、あの案内があったところですか。たまに来るんですよね、ここに異世界転生させろって」
「ということで、異世界でも頑張ってね」
「あ!そういえば!スマホにはネットも忘れないでくださいね!絶対ですよ!」
「はいはい、じゃあさっさとお風呂行きたいし、呪文を唱えるわよ。ちちんぷいぷい!異世界〜♫転生〜♫」
「うわ、呪文ダサ……」
男は呪文のダサさにドン引きです。こうして、男は無事異世界転生できましたとさ。
ーーーーーーー
「そういえば天使ちゃん、その『ネット』って何なの?」
「ああ、アレでイイんじゃないですか」
後日、男の元にネット(網)に入ったスマホが届けられました。
追記:男が転生した異世界は、現代の地球で例えるとアマゾンの熱帯雨林のような所でした。
神様だけど、異世界転生希望者が多すぎます! 直江 直美 @harada-n973b
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