第3話 予知能力をください
「異世界転生を希望しています。転生先では予知能力をください」
天空の法廷にて千代名(ちよな)姫様の御前に立った男は、そう宣言しました。
(予知能力か。なかなか授けられるか授けられないかギリギリの能力ね……)
気を取り直して、いつもの本人確認です。
「ええっと……あなたは、この書類によると62歳男性で、競馬に負けた腹いせに優勝馬に缶ビールを投げつけようとしたが、逆に馬に蹴られて亡くなられたってことでよろしい?」
神様は机の上にある資料をめくりながら、聞きました。
「いや……まあ、そのとおりだ」
「なかなかスゴイ理由ね……」
「俺みたいな競馬通には、相応しい最後だったぜ」
「いや、褒めてないから」
千代名姫様のツッコミもキレがあります。
「早速面談を始めます。天使ちゃん椅子に案内してあげて」
「どうぞ、こちらへ」
案内するのは、以前食べ物に釣られて働くことになった天使ちゃん。今日は真っ先に帰って、ビーフシチューを作るそうです。
「天国っぽく天使もいるのか?面談は一対一でやるもんだと、思ってたわ」
男が意外そうに、つぶやきます。
「天使ちゃんはあくまで書記係だから、気にしないで。まず異世界転生を希望した理由から教えてね」
「俺は……現世に失望したんだ。なぜ俺の信じた馬は勝たない?この一戦に財産全てを捧げたのに、あっけなく破産。神も仏もいないこの世には未練なんてねぇのさ……」
「死んでからも競馬に負けた理由を神の所為にしないでくれるかしら。自業自得よ」
「全く!現世は何もかも狂っていやがる。だから、異世界なら博打で勝てるかもしれねぇってな……」
「うん、異世界でも無理だと思うよ」
「もちろん、博打はそんなに甘くねぇ。だから予知能力だ!それがあれば異世界で最強の博打うちとしてやっていける!」
「……。まあ、理由はわかったわ。それでどんな異世界に転生したいの?」
「やっぱりここは西洋ファンタジーみたいな世界観だろ」
「西洋……西域(せいいき:今のウイグル自治区あたり)の言い間違いかしら?」
千代名姫様は、地理の知識が奈良時代で止まっているので、西洋がどこかわからないのです。
天使ちゃんは心の中で思いました。
(もしかして、この神様は私がヨーロッパ出身ってことも知らないのでは……?)
「西域……?まあ、そんなところだ」
天使ちゃんは「だいぶ違うよ」と思いました。
「ふんふん、それでそれ以外の希望は?」
「異世界なら魔法を使えないとな!」
「魔法ね〜。好きね、みんな魔法」
「ざっくりだか、以上だ」
千代名姫様はほっと胸を下ろしました。
「思ったより希望が少なくて助かるわ。次に希望している予知能力について説明してくれる?」
「予知能力は一年ぐらい先まで把握できるぐらいがいいな」
「一年も予知するなんて最強すぎない?そんなことできたら神じゃん!」
「いや、神はあなたでしょ。やっぱり予知能力って強いか〜。やっぱり神様でも無理か〜。授けることは出来ないか〜」
「まあ、出来なくはないけど……だって、私神様だもん」
「やったぜ!チョロいもんよ!」
「は?誰がチョロいだ?この条件で転生させるとは、いっていないでしょ。そもそも異世界転生は、現世で徳を積んだり実績を残した者にしか出来ないの。一様聞くけど、何かある?実績」
「競馬はざっくり四割ぐらい勝ってますね」
「競馬の戦績の話じゃないからね。あと、この資料だとあなたの勝率は一割未満だから」
「俺ってそんな負けてるの⁈」
「あんまり厳しいことはいいたくないけど、異世界だろうが現世だろうが、賭け事に溺れているようじゃ、予知能力があったとしても人生暗いだけよ。異世界転生なんてしないで、現世で一から頑張りなさい」
「そんな……ち、ちなみに転生されるとしたらどこになりますか?」
男は都合が悪くなると、急に敬語で喋り始めました。
「やっぱりインドでしょ。私は釈迦さんの仏教講座に普段通っているけど、精神修行にはもってこいの場所らしいわよ」
(インドは嫌いじゃないけど、せっかく転生できるなら西洋で予知能力がほしい……!何かいい言い訳はないか……?)
「じゃあ、これにて終わり!閉廷!」
千代名姫様は木槌をバンバンと叩くと、机の書類をまとめ始めました。
「ちょっと待って下さい!」
突然、男が叫びました。
「わっ!何なのよ!これから帰って、天使ちゃんと買い物でも行こうと思っていたのに」
「いや、私聞いていませんけど」
天使ちゃんも驚いた様子です。
「最後に私の願いを聞いてくださった神様へ、運勢を占ってあげようと思いまして」
「へー、占いできるの」
思いがけない男からの言葉に、神様もニッコリです。
「そうです。俺の……いや、私の占いは百発百中です」
「でも馬券外してんじゃん」
「馬は想定外なのです。人間相手だと必ず当たります」
「私、神様だけど」
「神様相手にも当たるのです」
「な〜んか嘘くさいわね」
「まあ、ものは試しということで……。まず神様のお名前を教えてください」
「神様に神名を聞くとはいい度胸ね。いいわ。教えて上げる、千代名姫よ」
「えっと、チョロ姫ですか?」
「どう聞き間違えたら『チョロ姫』になるのよ!千代名姫よ!千代名!」
「いや、失礼いたしました。てっきりチョロいから『チョロ姫』かと……では占ってみます……」
男はおもむろに手の平で占いを始めると、わざとらしく声をあげました。
「ややや!これはかなり結果が悪いですね。今日の運勢は最悪に近いです。ご自身も何か心当たりがあるんじゃないですか?」
「そ、そういえば今日の神様星座占いで十一位だったわ……」
千代名姫様も占いの結果に、顔が真っ青になりました。
男は思いました。
(この神様チョロいな)
「やっぱり。でも安心してください。私の占いだと『千代名姫』だと運勢は最悪ですが、『チョロ姫』だと運気が大幅に上がります」
「いや、なんで神名が負けているのよ!」
「ちなみに『チョロ』をつければつけるほど、運気が上がります。例えば『チョロチョロ姫』にすると運気二倍です。運気を上げるには改名しかありません」
「それはイヤよ!『チョロチョロ姫』なんて絶対イヤ!何とかならないの?」
男は待ってましたと言わんばかりに、話を続けます。
「ご安心ください。いい方法があります。運勢を上げるには、誰かに施しをすることです。例えば私に」
「うーん、そうね。予知能力ぐらい授けてもいいかも」
千代名姫様もそれぐらいならと納得しました。
「ちょっと、チョロ姫様⁉︎」
「千代名姫な」
天使ちゃんがあわてて、千代名姫様へ耳打ちします。
「いくら何でも予知能力はダメでしょ。せめて転生先を指定するぐらいの施しで、十分だと思いますよ。チョロチョロ姫様」
「だから千代名姫な。うーん、でもどうしよう?予知能力がダメなら、異世界転生しかなくない?」
「予知能力は時間と回数の制限でどうにかしましょう。異世界転生の件は現世の西域(ウイグル)のどこかに転生させればいいでしょう。西域は本人の希望(西洋と間違えているけど)ですし」
「そうね。そうしましょう!」
千代名姫様も納得です。
「多分聞いていたと思うけど、そんな感じでどうかしら?」
「予知能力があれば、最悪どこでもいいぜ。(まあ、予知能力さえあれば西域?でもやっていけるやろ)」
男もそれならと納得したようです。
「じゃあさっさと買い物行きたいし、呪文を唱えるわよ。ちちんぷいぷい!転生〜♫」
「「うわ、呪文ダサ……」」
男も天使ちゃんもドン引きです。こうして、男は無事異世界転生できましたとさ。
ーーーーーーー
「ちなみに千代名姫様。予知能力って何回何時間にしたのですか?」
「一回一分」
「なかなか鬼畜ですね」
追記:男は無事ウイグル自治区に転生できました。また後日、千代名姫様は現代の地理を天使ちゃんから教えてもらいました。
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