第2話 天使ちゃん登場

ここは現世で人が亡くなったあと、異世界転生を希望したものだけが訪れることのできる神聖な空間。希望の転生ができるよう、神様と面談するのです。

 でも今日は面談の予定もなく、面接対応の女神様も自分で入れたお茶を飲みながら、のんびり過ごしています。


「あぁ、なんて平和なのかしら。ポカポカ温かくて眠くなってきちゃうわね。こんな日にはとっておきのオヤツでも食べようかしら……」

 神様が戸棚からせんべいを取り出して、一枚パリッと食べたとき、彼女は突然やってきました。


「失礼いたします。日本地区の転生担当の神様、いらっしゃいますか?」


「あ、天使ちゃん。お疲れ〜」

 入室してきたのは、別の神様に仕える天使ちゃん。背中の真っ白な羽と頭上にある天使の輪が、チャームポイントだそうです。


「お疲れ様です。お名前は、えっと……千代名姫(ちよなひめ)様でしたか?私が東洋の天使に着任して以来、お会いできておりませんでしたね」

 神様と同様に天使も転勤があるのです。今期の異動で現代のヨーロッパからやってきました。

 ちなみに千代名姫様は、地理の知識が奈良時代から更新できていないので、ヨーロッパという単語を知りません。


「名前覚えていてくれてありがとう。会わなかったのは、数週間ぐらいかしら?東洋でも頑張ってね。それで何か用事でもあるの?」


「実はですね、異世界転生が最近行われたみたいです。それ自体は悪いことではないのですが、転生させた神様へ聞き取りするよう、御命令を受けた次第です」

 大変です。千代名姫様はチョロいので、前回簡単に異世界転生させてしまいました。


「え、ええ……。そ、そうなの。そ、それは大変ね」

 千代名姫様はしどろもどろになりながら、答えました。その様子から天使ちゃんにも、この神様が転生させたとわかりました。


「千代名姫様が異世界転生させたのですね?」

 天使ちゃんが厳しく問い詰めます。


「う、うん……」


「それでどのような理由で異世界転生させたのですか?」


「いや、まあ、ちょっと可愛いって褒められたからつい……」


「褒められたから異世界転生させちゃったのですか⁉︎少しチョロすぎませんか⁉︎」


「ま、まあ、でもね。いい判断だったと思うわ。相手の望みも叶えたことだし」


「でも千代名姫様。私はこのまま聞き取りした結果を報告しなければなりません。ついでにビスケットみたいなものを食べている様子も報告対象です」


「え……」

 千代名姫様は驚きのあまり、せんべいを落としてしまいました。


「それはそうじゃないですか。仕事サボって飲み物すすっていれば、お叱りを受けるのは当然だと思います」


「そ、そんな、天使ちゃん。真面目にならなくても。仕事に真剣なことはいいことだけど、たまには息抜きも肝心よ。ビスケット……?は知らなけど、ほら、せんべいあげる。美味しいよ」


「私のことを食べ物で懐柔しようとしても無駄ですよ。それに食べ物は生まれ育った場所のものが一番美味しいと相場が決まっていますし」

 懐柔(かいじゅう)とは、上手に話を持ちかけて、相手を自分の思い通りに従わせることです。ちなみに天使ちゃんは食べ物全般好きです。


「まあまあ、まだ極東地区に着任して数週間でしょ?日本の食べ物にも関心を持たないとね」


「むむ、確かにそうですね」

 天使ちゃんは千代名姫様の適当な理由を信じてしまいました。


「そうそう。まずは、ゆっくり椅子に座って食べてみない?そのビスケットとやらが食べたかったら、うちの宮司(ぐうじ)に準備させるから」

 宮司とは神社の神職や巫女をまとめる責任者のことです。千代名様は自分の宮司にビスケットを奉納させるつもりです。

 千代名様は天使ちゃんを向かいの椅子に座らせると、せんべいを手渡しました。


「これが『せんべい』ですか。ビスケットのような固さだけど、クッキーみたいに厚いですね。それでは……」

 天使ちゃんはせんべいを食べ始めると、だんだん笑顔になってきました。


「これ美味しい!スナック菓子みたいに脂っこくもないし、食べやすいですね」


「そうでしょう。そうでしょう。お近づきの印に緑茶もどうぞ」


「この飲み物もせんべいと合いますね」


「せんべいも沢山あるから、ゆっくりしてね」


「いいんですか?こんなにいただいて」


「いいの、いいの。いつも仕事大変でしょ?たまには休まないと、身体に悪いわ」



 それから1時間ほどして、せんべいはすっかりなくなりました。

「結局ここに長いしてしまいました……」

 天使ちゃんはしょんぼりです。


「でも私と天使ちゃんとグッと距離が近づいたと思うわ。そうだ、せっかくだし私のところで働いたら?私からあなたの上司の神様へ、話を持ちかけておくから」


「いや、流石にそれは……」

 天使ちゃんは頭を抱えます。


「せんべい、あるわよ」

 千代名姫様は机の中から、せんべいを取り出しました。


「でも……。食べ物に釣られてしまうなんて天使失格です」


「金平糖もあげちゃう。甘〜いお菓子よ」


「やっぱり、引き受けます」

 こうして天使ちゃんは千代名姫様のもとで働くことになりました。


追記:天使ちゃんが千代名姫様の部下になったことを後悔するまで、一週間とかかりませんでした。

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