優等生になった女の子

しゅーめい

第1話

 勉強ができずに友達から馬鹿にされ続けた私もついに高校生になった。


 私は勉強が好きではなかった。好きではなかったから苦手だったのか、苦手だったから好きでなかったのか。答えは後者だった。


「あれから一年半も経つのか」


 勉強ができなかったあの頃、私の学生生活はとても楽しかった。男女問わず仲の良い友達がいて、私のことをよくからかって、みんなが楽しそうで、それが私も楽しかった。なんだかんだ言ってみんな優しくて、「この問題わかんないよ―」とボヤけば「仕方ないなぁ」なんて言いながら放課後まで勉強をしていたっけ。優等生くんもいたな。癪に障ることばかり言ってきたが、優秀なのは確かだった。あいつ私が私のこと初めて馬鹿って言い出し始めたんだよな。


 中学三年生、受験勉強が始まり、私の周囲の友達は勉強をするようになった。私は自分が勉強が得意でないことは始めからわかっていた。今から頑張ってどうするんだ。そう思っていた。私が所属していたグループの中で、私の成績が一番悪かった。成績表が返されれば友達同士で見せあい、あの科目がどうだとかあの問題がこうだとか、そういう話が持ち上がった。


 最初は、ああ、みんな変わっちゃったななんて思っていたが、性格の根本的な部分は真面目であるため、せっかくだし少し頑張ってみようと思い始めたのは秋頃のことだろう。


 勉強はできなかったが、問題児ではなかった。どちらかといえば責任感の強い方でクラスの代表を任され、生徒会に所属している。勉強できないと自虐ネタを披露すれば自頭がいいからとフォローされる事もしばしばあった。手放しに喜んだりはしないが、心の支えとして受け取っていた。


 勉強ができないことに強いコンプレックスを抱えていたわけではない。ただ他にも大事なことがいっぱいあると知っていたからだ。好きなK-POPアイドルだとか合唱だとか。あと料理も割りと好きだ。料理ができれば生活する上での悩みが一つ消える。英語は難しかったが、ハングルの勉強だって少ししている。学校が全てではない。勉強よりも大切なことがある。少なくとも担任の先生はそう言っていた。生徒会の担当教師だってそうだ。


 そんな私はこの高校の優等生として名を馳せている。どうしてかって?その一番の理由は、周囲のレベルが下がったからに違いない。


 勉強よりも大切な事がある。そう言い聞かされた私は勉強なんてしてこなかった。受験期にたまたま周囲の人間につられて勉強をしてみたはいいものの、当然三年間のツケを払いきれるわけがなかった。家庭のこともあって塾や私立に入る選択肢がない私はここ周辺で最も偏差値が低い県立高校へと進学した。


「真希~。ここ教えて~」


「んっ?ああ、うん。いいよ」


 高校に進学してから、私の評価は正反対になった。どうやら私は優等生になったらしい。


 数カ月間ちょっと勉強習慣を身に着けた私には集中して授業を聞くことくらいのことはできた。テストは中学生でやったものが多く、とても簡単で、中学校では取ったことのない高得点を取ることができた。そうすると友達から尊敬されることや先生から褒められることが次第に多くなっていった。勉強を教えてあげれば感謝され、通知表はどの教科も最高評価だった。


 中学生のときと同様に、生徒会に立候補した。私が頑張れば、周囲の人は褒めてくれた。高校に入ってからというものの、頼られることが増えた。勉強ができるというだけで周囲からの評価はガラリと変わった。「さすが真希」なんて言われることが次第に増えていった。


 入学してからたくさんの成功体験を得た私は間違ったことを嫌うようになっていった。


 一方、私が入学したのは底辺高校。私のような人間が優等生になれるのだから、他の生徒は問題児や元問題児がたくさんいた。そして案の定、私は彼らの中でうまく馴染むことができなかった。


 底辺高校と言っても大きく分けて二種類の人種がいる。騒ぐのが好きで、人の目を気にせず大声で話す人たちと、勉強も運動も他のものに対しても取り柄のない、やる気という概念が存在しない人たち。そして私は多分、どちらでもなかった。


「ちょっと男子!ちゃんと掃除してよ。お前先週もサボってんじゃん」


「うるせーなぁ。逃げろ!やべっ、追いかけてくる!」


 ハハッ、と駆け出した彼らを追いかけようとするも、どうせ捕まえたところで真面目にやらないだろう。周囲を見渡せば生気なくうつむいて掃除をするクラスメイト。ああ、私がまた何人分もの掃除をしなければいけないのか。


 思わずため息が漏れる。そんなときに担任が帰ってきた。


「今日も掃除頑張ってて偉いな。真希。先生感心しているぞ」


「先生もなんか言ってやってくださいよ。あいつらずっと掃除してないっすよ」


「なに?そうなのか。それはよくないな。先生の方から言っておこう」


「もう。頼みますよ」


 些細なきっかけだった。ごくありふれた、漫画のワンシーンのような出来事だった。私は正しいことをしている自負があった。


 それからというもの、私の陰口を聞くことが増えた。「あいつはチクリだ」「ポイント稼ごうとしている」「優等生ぶってる」そんな内容のものだった。


 私はなにか間違えたのだろうか。三馬鹿なんて言われていた私が優等生になった。私は優秀になったのだ。相対的にだが。


 間違っていることは嫌いだ。ちゃんとしていれば周りが褒めてくれる。そう思ってきた。そう思わせてくれる高校生活だった。なんだかうまいこといっていたものだから、真っ当な人間になろうなんて思ってしまっていたのかもしれない。それは勉強が嫌いだった私が、今ではうっかり勉強をしていることと同じように。


 思い返せば別にいいことばかりではなかった。君には期待しているよと言って大量の仕事を押し付けてきた生徒会の先生、誰も聞いていない授業でこれみよがしに私を指してきた数学教師、なぜか私が失敗したときだけ強く責め立てる男子、頼りになると言って雑用を押し付けてきた女子。


 優等生になった私は幸せだったのだろうか。


「あー、うん。真希?まあ、勉強は教えてもらうことあるけど。え、それだけだよ?あいつ髪色のこと言ってきてうざい」


 勉強を教えて上げていた友達の陰口を聞いてしまった時、私の中の何かが壊れた気がした。


 勉強よりも大切なことがある。勉強ができなくたって生きていける。勉強をすることだけが学校ではない。そんな耳触りの良い言葉を真に受けて今日まで来てしまった。


 私が苦手で捨てたはずの勉強。偶然にも周囲より得意になっていた。今となっては別にそんなに嫌いじゃない。相対的にだが、私は頭が良くなった。社会的に見て立派な人間と言うやつにもなったはずだった。


 もっと勉強ができなければうまくいく関係性があったのだろうか。あるいはもっと勉強ができていればうまくいく環境があったのだろうか。


 私は飲食店でアルバイトをしているが、学校で習う、いわゆるお勉強というものを使った試しがない。


 勉強って大切なのかな。多分、大切なんだろうな。勉強よりも大切なことって何なんだろう。人とのつながり?人として恥ずかしくないモラル?それって別に役に立たなかったんだけどな。


「あれから一年半も経つのか」


 私の馬鹿呼ばわりが終わってから、私が高校に入学してから経過した時間だ。


「あの頃は楽しかったな」


 そういえば、私をよく馬鹿にしていた優等生くんは元気かな。あいつは一番私のことを馬鹿にしていたが、一番丁寧に勉強を教えてくれた気がする。今だから彼の教える能力がどれだけ高かったかがわかる。


 久しぶりに話してみようか。思い立ったらすぐに行動。あいつならこんな私を小馬鹿にすることだろう。


 夕日が私の影を伸ばし、木枯らしが私の顔をくすぐる。虚しく響く呼び出し音に耳を澄ませた。


「もしもし。どうした?」


「あ、もしもし。暇?」


「暇だけど。どうした急に。元気してるか」


 懐かしい。あいつの声だった。


「元気元気。元気に家出してるよ」


「は?馬鹿なのか……」


 相変わらずの呆れた声で私を小馬鹿にしてくる。


「はは。そうかもね」


「なんだよ。問題でも起こして居づらくなったのか?」


「何いってんの。私ね。今学校ではめっちゃ優等生なんだから」


「へー。ほんとかよ」


「だからさ、今日退学してきた」

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