ゴミ拾いしてたらOLが落ちていたので連れて帰った

東雲飛鶴

ゴミ拾いしてたらOLが落ちていたので連れて帰った

 鷹山夏美 (28歳OL)は、街で夜通し飲んでいた。

「あたーしゃ笑顔は得意、だったんら!! それを男共が寄ってたかって

潰してったんら!!」

 ぐるぐると回る視界には、薄ら明るくなった空が映る。

 何度か転んでスーツのひじが擦り切れ、ひざには血が滲む。

「ありぇえ?」

 何かに躓いて大きく視界が反転し、意識を失った。




◇◇◇




「あの、大丈夫ですか?」


 誰かが夏美の肩をゆする。

 日はそれなりに高く昇っていた。

 それは、ボランティアで駅周辺の掃除を行っている『ご当地ヒーロー』の男性だった。衣装はというと、ちょっと微妙なデザインのマスクに手作り感満載のアーマーパーツ。そして煤けた白いマフラーと使い込まれた革の手袋とブーツ。一目でテレビに出てこないと分かる出来だった。

「女性が酔い潰れて寝るなんて」

 何度起こしても目を覚まさない女性を前に、ヒーローは毒づいた。

 このままにもしておけず、彼は町会長に声をかけ、二人がかりで女性を彼の自宅まで運んだ。警察に保護してもらっても良かったのだろうけど、ただのメス虎を引き取らせても地元警察に迷惑だろうと、ヒーローと町会長が相談して、ヒーローの自宅で面倒を見ることになったのだ。まあ、目が覚めるまでならということで。




◇◇◇




「あれえ……ここは」

 ズキズキする頭を抑えながら、夏美が身を起こした。昨晩ヤケ酒をあおったところまでは記憶にあったが、お持ち帰りされるような場所で飲んだ覚えもない。

「目が覚めましたか? 路地で寝ていた貴女を、僕と町会長さんで保護しました」

「ありゃー……。それはとんだご迷惑を。で、ここは?」

「僕の家です」

「マジですか。……つつつ」

「随分飲んだみたいですね」

「まあ」

「ひざも手当てをしておきました」

「重ね重ね、ホントに申し訳ない」

「水を持ってきますね」


 一般人「田宮健太(25歳)」の姿になったご当地ヒーローが台所に姿を消すと、 夏美はぐるりと室内を見回した。

「ふうん……そういう」

 そこには、見慣れないヒーローたちの写真がコルクボードに貼ってあった。

 掃除用具を手にした集合写真、イベントでの写真等々。

 そして、ハンガーに掛かったヒーローのコスプレ衣装……。

「お兄さんさあ、もしかしてご当地ヒーローとかやってんの?」

「よく分かりましたね」

 台所から健太が戻ってきた。

「特撮とか好きだけど、見慣れないヒーローばっかだったから」

「そうですか!」

 健太はうれしそうに言った。

 夏美はふふ、と声だけで笑う。

 頭痛のせいか起きてからの彼女は終始仏頂面だ。

「どうしてヒーローとかやってるの? って聞いたら失礼かな」

「構いませんよ。僕は子供の笑顔が見たいからやってるんです」

 何百回と作った笑顔で、定型文をすらすら語る。

「ふうん。じゃ、なんで掃除とかしてるの? 子供関係なくない?」

 初めてこんなツッコミを喰らって健太はフリーズした。

「そ、それはまあ。あとは、人助けとか……」

「コスプレして、同類とつるみたいから掃除してるのかな。世間のボランティアじゃよく聞く話だからね」

 と、そこまで言って健太の顔が引きつっているのに気付いた。

「あちゃー……言い過ぎちまったかな。ゴメンね」

「いえ。でも、ちょっと……図星だったので、ダメージくらっちゃいました」

 健太の笑顔は痛々しかった。

「素直な人だね」

「そうでしょうか。自分ではよくわからないです」

「人助けとかしたいなら、警察とか消防とか自衛隊とか目指さない?」

「持病あるからムリでした」

「そっか。ま、人助けの方法なんていくらでもあるし」

「自分、子供の頃は放置児で。TVヒーローに助けてもらって。だから、自分がヒーローになって、子供の心が救えたら。そう、思って」

「なんつーか、目的が不明瞭だよね、お兄さん」


 笑顔が見たいの?

 誰かを助けたいの?

 それとも仲間が欲しい?

 誰かに求められたい?


 夏美の一言一言に、健太は追い詰められていった。

 たしかに、自分は何故?

 明確な理由が説明できない。


「笑ってくれる人なんてさ、一人いりゃ足りるじゃん」

「――!?」

「あたしさ、何で酔い潰れてたかって、昨日上司が地雷踏みやがったんだよ」

「どんな、です?」

「愛想がない、ってさ。あたしゃ昔は笑顔が自慢だったのに――」

 しばらく夏美の愚痴が続いた。

「僕も怒られてる気分になってきます……貴女、にこりともされないんで」

「ごめん。しゃあないんだわ。でも」


 夏美が両手で頬をぴしゃんと叩いた音に、健太はおどろいた。


「もしあんたが、一人の笑顔が欲しいと願うなら」

「願うなら……?」


 夏美はぎこちなく、だけど全力で笑顔を作った。


「こんなんでよけりゃ、何度だって笑顔見せてやるよ。助けてくれた礼にさ」


 健太はどきりとした。

 その笑顔があまりにも眩しかったから。


 誰かに顧みられることもなく、仮面の自分にしか笑顔をもらえなかった男が、この街に来て初めて自分だけにもらえた笑顔。

 ――欲しい、と思ってしまった。


「僕は」

「ムリに作ってっから、長持ちはしないよ?」

「貴女の笑顔が、欲しいです」

 時間切れで表情が元に戻ってしまった夏美は、ふふ、と声だけで笑った。

「よろしくな、ヒーロー。あたしは夏美。あんたは?」

「田宮健太。又の名を――――」


 健太は夏美の前で、決めポーズを取った。


(了)

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