僕は君のもの。……だから

東雲飛鶴

僕は君のもの。……だから

「このブレスレット、きれいだね」


恋人の由希が、目の前の透明なブレスレットを手に取って言った。

薄いピンクのワンピースに焦げ茶色のボレロをまとった彼女は、僕より二つ年上の27才だ。

でも顔にはまだ存分に幼さが残っていて、僕と同い年か年下にさえ見える。


僕らは今、モザイク坂のアクセサリーショップを物色していた。

やっと休みが取れたのに、デートの今日は途中からあいにくの雨だ。

先日彼女にプレゼントした黒革のサンダルが濡れそぼっている。


由希が雨に当たらぬよう彼女の肩を抱いて、僕は手短なカフェに逃げ込んだ。

彼女を先に店内に促し、自分は傘の水を払って既に満杯な店頭の傘立てにぎゅっと差し込む。

僕が店内に遅れて入ると、彼女はまだ席に着きもせずに店内の装飾品を眺めている。

「面白い。見て」と、滑稽な顔をした人形を指さして笑っていた。

こんなオモチャでも僕よりは彼女の機嫌を取ることが上手なのだから参ってしまう。



最近、出張が多く、僕はちっとも彼女をかまってやれなかった。

付き合い始めてそれほど間がなかったから、常に会いたい気持ちはあったし、離れている間のつらさも強かった。

でもそれは、もしかしたら、僕だけだったのかもしれない。

そんな後ろ向きの思考が常に頭の中をぐるぐる回っている日々を、遠く離れた国で孤独に送ってきたのだけど。


「圭くん、寒い」

席に着くと、濡れた肩を抱いて由希が震えだした。

がんばっておしゃれをしてきてくれたのが仇になり、この天候にしては薄着だ。

僕はジャケットを脱いで彼女の肩にかけ、「何か暖かい物でも飲もうよ」と

メニューを手に取った。

そして彼女はウィンナコーヒーを、僕はブレンドを頼んだ。

「由希は、ウィンナコーヒー好きだよね」

僕は湿気で少しウェーブが取れてしまった彼女の髪を眺め、なんとなくそちらの方がいいような気がしていた。


「白いクリームの底に黒いコーヒーが隠れてる。そんなとこが好きなのかも」

そう言いながら、彼女はティースプーンでカップの中の泡をつついていた。


僕は苦いブラックコーヒーを飲み、彼女は甘く優しいウィンナコーヒーを飲む。

好きなことも、嫌いなことも、真逆なことの多い僕ら。

でも、逆だからこそ、僕は強く惹かれたのかもしれない。


「由希はブラック嫌い?」

「そんなことないよ。朝、目覚ましに飲むこともあるし」

「そうか。そういえば」

「もう、こないだ一緒に飲んだでしょ?」


前回の休暇で一緒に旅行をしたとき、彼女が朝食で飲んでいたことを僕は忘れていたのだ。

彼女はヘソを曲げて、僕の耳を引っ張った。


「いてて、ごめんごめん。別に由希のこと忘れてたわけじゃないんだってば」

 むしろ考えすぎてて胃が痛くなるくらいだよ。


「うう~。いっつも私をほったらかしにするキミが悪いんだからね!」


 ――僕だって、悪いと思ってるよ。

でもこの先、君を不幸にしたくないから頑張ってるんだってこと、もうちょっと、せめて1ミリくらいは理解して欲しいんだけどな。


「ごめんって。だから……」


僕は小さなベルベット貼りの小箱をテーブルの上に置いた。

由希のむくれ顔が、驚いた顔のまま固まった。

見ればその中身が宝飾品だってことは、誰の目にも明らかだ。

紺色の柔らかい手触りのその小箱の中には、僕の気持ちが詰まっている。


「うん?」

「えーっと。なんというか……」


どうも出すタイミングと場所のチョイスが良くはなかったってことだけは、自分でも分かっている。

責める彼女を黙らせる道具に使うには、あまりにも卑怯で、後々遺恨を残す

可能性もあった。失策だったと思っている。

しかし、賽は投げられた。というか、うっかり投げた。


「なあに?」

もごつく僕を、彼女はせっついた。

どうせ次に続く言葉なんて、プロポーズの台詞しかないだろうに。

そこ、せっつくとこかな?と軽く心の中で逆ギレしてみる。


「あうう……」

「ほら、お姉さんに全部言っていいんだよ? ホラホラ」

「こういう時だけ年上面しないでよ、もう」


僕が恥ずかしがってモジモジしているのを、彼女は完全に面白がっていた。

次に僕が何を言うのかを、ニヤニヤしながら眺めている。


年下好きな彼女が、弟モノの近親恋愛作品を愛好しているのを僕は知っている。

だから、彼女の脳内で自分がどういう立ち位置なのかを考えると微妙な気にはなる。

でも、お互いの利害はほぼ一致しているのだから、よしということで。


「これ」

「え……。なに?」


僕は、意を決して小箱の蓋を開けた。彼女は、驚いて僕の顔を見た。

箱の中には、小さな鍵がひとつ。

理由が分からない、と彼女の目が訴えていた。


「だから……さ」

一旦言葉を切って、僕は口の端を上げた。

そして囁いた。


「僕は一生君のものだよ」


周囲に見えないように、首に巻いたスカーフの中身をこっそり彼女に見せた。

――黒い革の首輪を。


(了)

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