第28話 洞窟を行く

 しばらく歩くと目的の洞窟が見えてきた、ここに来るのも何度目か。


「ここがその洞窟、確かに深そうね……」


 初めてこの洞窟に挑戦するクリスさんが不安そうに呟く。


「中は入り組んで入るけど、モンスター自体はそこまででもないから大丈夫だよ」


 カズキがそう答えるとクリスさんは「うん」と小さくうなずきカズキに向けて微笑んだ。


 おいおい、これはまずいぞ……


 俺はまたもアリッサへと視線を向ける。


 彼女はいつものクールな表情のままだったが、その瞳は僅かに揺らいでおり、手は胸元で握り締められている。


 俺はそんなアリッサの心中を慮ると内心でため息を吐いたのだった。


「とにかく行こうじゃないか、ここでグズグズしてても仕方がないしね」


 ラルクのその言葉に俺たちは我に返ると、先を歩く彼に続いて洞窟の中へと入って行く。


「ライト」


 アリッサが呪文を唱えると、彼女の指先から光球が生まれ洞窟の中を照らす。


「足元には気を付けて」


 アリッサの言葉にクリスさんが頷く。


 洞窟の中は薄暗く不気味な雰囲気を漂わせていた、何度来てもここは慣れない。


「とりあえずは前回引き返した場所まで行ってみよう」


 そう言って先頭に立って歩き始めたカズキの後を追って俺たちも歩き出した。


「出たぞ……」


 歩き出して10分も経たない内にカズキが呟くように言って足を止めた。


 俺たちもその視線の先に目をやると、そこにはゆらゆらと揺れる無数の影があった。


「シャドウマンね、あの程度なら敵じゃないわ」


 さっきまでの弱気な態度はどこへやら、クリスさんが腰から剣を抜き放つと、勇ましく先頭に立って影の群れに向かって突撃していく。


「おー、さすがは勇者だねぇ、こりゃ僕の出番はなさそうかな?」


 呑気な声を上げるラルクに俺は呆れた表情を浮かべるが、実際クリスさんの実力ならこの程度の魔物に遅れをとることはないだろう。


「ま、洞窟内だし、ラルクに追随するわけじゃないけど、私の出番もなさそうね」


 そう言ってアリッサは近くの岩の上へ腰を下ろす。


 そして、足をブラブラさせながら暇そうに欠伸をしたのだった。


 なんつー態度だよ、全く……。


 しかし、これもクリスさんの実力への信頼があるからこそなのかもしれない。


 それに、確かに洞窟内では彼女が得意する術は破壊力が高すぎて使えない、そういう意味では彼女の出番はないだろう。


「一閃!」


 ラルクとアリッサは戦う気はなくてもこいつは違う、クリスさんの後を追うように駆け出したカズキが剣を抜き放つと同時に叫ぶとその剣閃はシャドウマン達を真っ二つに斬り裂いた。


「お見事! わたしも負けてられないね」


 そう言ってクリスさんも剣を一閃させると、彼女と対峙していたシャドウマンも断末魔の叫びを上げて消滅した。


「よしっ!」


 カズキは嬉しそうにガッツポーズを決めると再び剣を構えてシャドウマンの群れに突撃して行った。


「そこのモブキャラさん、いいの、ぼーっとしてて、あなたも前衛タイプでしょ?」


 横からの声を俺がそちらに視線をやると、アリッサが両手を頬の下にやり半眼で俺を見ていた。


「誰がモブキャラじゃ! クリスさんの思いがけない強さに圧倒されて魔物のとこに向かうのが遅れただけだ!」


 怒鳴るようにそう反論すると俺はクリスさんやカズキから離れた場所にいるシャドウマンに向かって駆け出した。


「はっ!」


 繰り出した拳はシャドウマンを捉えその肉体を貫く。


 そして影の魔物は断末魔の叫びを上げて消滅した。


 どうだ見たか! 心の中で叫びアリッサの方を見るも彼女は全くの無反応である。


 少しは褒めてくれたっていいだろうが……、全く……


 俺は心の中で愚痴ると次の魔物へと狙いを定めるのだった――。




「あ、あなたたちが一週間もの間何度も挑戦しても最奥までたどり着けなかった理由がわかったわ……」


 うんざりとした表情でクリスさんが呻く。その顔には疲労の色が色濃く出て、頬の辺りには冷や汗が光っている。


 それもそのはず、まるで迷路のように入り組んだ道に無数の魔物の群れ、そして何よりこの洞窟は広すぎたのだ。


「だけど、本当に大変なのはここからよ? この先は完全なる未踏破エリア、さらに複雑な地形になっていることが予測されるわ」


 アリッサがそう言った瞬間、俺たちは揃って溜息を吐いた。


 正直言ってこの先に待ち受けるであろう困難を考えると気が重すぎるからだ。


「それでも行かないわけにはいかないよな……」


 カズキの呟きに全員が頷き誰ともなく歩き出す。


 アリッサの予想通り、先の道もまた複雑に入り組んでいた、分岐点には目印を置いているので帰り道がわからなくなるということはないだろうが、それでも気疲れしてしまうのは致し方ないだろう。


 しばらく行くと広い空間に出た。


「綺麗……」


 アリッサが思わずといった様子で呟いた。


 他の奴らも声にこそ出さなかったが同じことを思っていたようで、全員がその空間の光景に目を奪われていた。


 四方をキラキラと煌めく水晶に囲まれた幻想的な空間。


 そこはまるで別世界のようだった。


 水晶は光を放つたびに七色に変化し、その輝きで周囲を照らしていた。


 しかし、俺が見ていたのはその光景ではなかった、それに目を奪われるアリッサの方を俺は見ていたのだ。


 普段は見せないその儚げな表情に俺は目を奪われていたのだった。


 その時だ、俺の視線に気が付いたのかアリッサがこちらを振り向いた。


「なに?」


 彼女は首を傾げて尋ねてきた。


 その仕草に俺は慌てて目を逸らした。


「な、何でもない……」


「ふぅん?」


 アリッサは俺の様子を不審に思ったのか、探るような視線を送ってくるが、やがて興味をなくしたようで視線を逸らした。


 ほっと胸をなで下ろす俺の耳にアリッサが上げた、「あっ」と言う声が届き俺はもう一度彼女を見た。


「湧き水が沸いてるみたい。せっかくだし、少し休憩しましょうよ」


 そう言って指差した先を見ると確かに小さな泉があり、水がこんこんと湧いていた。


 アリッサの提案に異を唱える者は誰もいなかった。


 俺たちは泉のほとりに腰を下ろすとしばしの休息を取ることにしたのだった。

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デスティニーブレイカー 影野龍太郎 @kagenoryutarou

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