第27話 呼び起される『痛み』

「あの女、一見この町を心配してるように見えたけど、実際は違うわ、むしろ人々の不安を煽り疑心暗鬼に陥らせ町の人同士を争わせようとしているようにしか見えなかった」


 小声で俺にそう囁くのはアリッサだ、俺は「ああ……」と呻くように同意する。


「それにしてもなんなんだ、あいつは一体何が目的なんだ?」


 続けて俺がそう聞くとアリッサは首を横に振る。


「それはわからないけど、ただこれはかなりまずいわね、もし町の人達が争いだしたりしたら、真っ先に狙われるのはよそ者である私たちよ、そうなれば――」


 言ってアリッサはカズキの方に視線を向ける、カズキは未だに青い顔で立ち尽くしており、声を掛けるラルクとクリスさんの声も聞こえていないようだ。


「ああ、わかってる、だけど、これ以上はどうすることも出来ない。むしろ騒ぎを起こせば余計事態は悪化しかねないからな」


 俺がそう言うとアリッサはため息を吐いた。


「う……うあああああっ!」


 その時突如、カズキが頭を抱えてうずくまり、うめき声を上げた。


 ハッとして俺たちは彼の方に視線をやる、カズキの顔は青ざめて冷や汗を流しており、明らかに普通ではない。


「カズキくん!? どうしたの?」


 クリスさんが心配そうに問いかけるが返事はない。


「カズキ?」


 俺はゆっくりと近寄りながら恐る恐る呼びかけてみる。


「……うぅ……あぁ……あ……あ……あ……あ……あ……あ……あ……あ……あ……あ……あ……」


 俺の声はカズキの耳には届いていないようで、カズキは虚空を見つめてぶつぶつと何かを呟いている。


「カズキくん! しっかりして!」


 クリスさんが必死にカズキに呼び掛ける。


「カズキ、どうしたの? カズキ!?」


 アリッサもカズキに近づき肩を揺さぶる。


 しかし、カズキは相変わらず焦点の定まらない目で何かを呟き続けている。


 俺はカズキの目の前まで歩いていき、カズキの両頬を両手で挟むようにして叩く。


 パァンッ!! 乾いた音が響き渡り、カズキは我に返った。


「……えっ? あれ? ……ここは……どこだ? ……確か……街の広場で……変な女が……演説してて……それで……それから……? ……ダメだ……思い出せない……なんだこれ?」


 カズキは困惑して自分の頭を右手で押さえる。


「カズキ! 大丈夫か?」


「あ、ああ、大丈夫、だ。とりあえずは落ち着いた」


 俺の言葉にカズキが答えると、アリッサがほっとしたような表情を浮かべ、事態を静観していたラルクも小さく息を漏らした。


 クリスさんは泣きそうな顔で俺とカズキを交互に見ている。


 俺はそんなクリスさんに微笑んでみせる。するとクリスさんの目に涙が浮かぶ。


「よかった、本当に良かった、このままカズキくんが戻ってこなかったらどうしようかと……わたし、不安で不安で」


 そう言うとクリスさんはポロポロと涙を流し始めた。


「ごめん、心配かけて」


 そう言うと、カズキはクリスさんに近づいて優しく抱きしめた。


 その光景を見た俺は思わずアリッサの方を見る、アリッサは2人から視線を逸らすと少し寂しそうな表情を浮かべた。


 そんなアリッサの様子に心を痛めながらも、カズキとクリスさんに向き直ると、カズキに語りかける。


「カズキ、お前は心臓に悪い奴だな、急に様子がおかしくなったから驚いたぞ」


「いや、悪い……あの女の演説を聞いていたら、またになるんじゃないかと思って、そんなこと考えてたら頭が真っ白になって……」


 そう言って俯くと、俺たちに頭を下げる。


 やはりカズキにとってあの時の事――魔王の魂の継承者と判明した日、俺たち以外の全てがあいつの敵となりあいつを世界から排除しようとしたという経験は拭い難いトラウマとなって残っているようだ。


「……カズキくん、大丈夫だよ。わたしたちがいるから……いつでも頼ってくれていいんだよ……」


 そう言ってクリスさんは再び瞳に涙を浮かべると、優しく微笑む。


「何度も言ってるけどな、カズキ、お前は一人じゃないんだからな? オレたちがいるからよ」


 俺はそう言ってカズキの肩にポンっと手を置いた。


 カズキは感極まったといった感じで目を閉じていたが、やがてへらっと笑うと「ほんとに悪かった、迷惑をかけて」と冗談めかして言った。


 わかっていた、これはカズキなりの照れ隠しだ。だから俺も何でもないことのように答える。


「気にすんなって、な、アリッサ」


「私はいいけど、クリスにあまり心配をさせないであげなさいよ」


 いつものクールなアリッサの返事、だがその顔はどこか悲しげだった。


「ああ、わかったよ」


 微笑みかけるカズキからアリッサが僅かに視線を外したことに気が付いたのは、きっと俺だけだっただろう。


「ともかく、早くこの場を去ろう、変に注目を浴びてしまったからね」


 空気を読んでそれまで黙っていたラルクが発した言葉に、俺たちはハッと周囲に視線をやる。


 やはり周囲の人々は俺たちに注目していたようで、慌てて俺たちはその場から退散したのだった。



「今日の洞窟探索が成功する成功しないに関わらず、僕たちは町を出たほうがいいかもしれないね」


 町の出入り口を出てしばらく後、ラルクが誰に言うでもなくそう呟いた。


「そうね、もし町で暴動でも起こった場合よそ者である私たちは真っ先に攻撃対象になる、それでもしカズキが魔王の魂の継承者であることがバレたら、最悪処刑される可能性もあるわ」


「そんな……」



 足を止め答えたアリッサが発した言葉に絶句するクリスさんだったが、決してあり得ない話ではない。


「力は封印されてるからとりあえずは安全だと言っても聞く耳なんか持たないだろうね」


 ラルクがそう言いながら苦笑する。


 その通りだ、クリスさんのように『話が分かる』人の方が珍しいのだ。


 大多数の人間はカズキの事を『魔王』としか見ていないのだから。


「まあとりあえずは洞窟探索に集中しましょう、後のことはそれから考えればいいわ」


 アリッサはそう言うと再び歩き出す。俺たちもその後に続いて歩き出した。

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