第26話 謎の占い師

「ううっ、緊張するなぁ、カズキくんたちが一週間掛けても攻略出来なかった洞窟にわたしなんかが入って大丈夫なのかな……」


「何を情けないことを言ってるの、勇者でしょ、あなたは……」


「そ、そうだけどさぁ、あんまり期待されると逆にプレッシャーなのよ」


 食事を終えたタイミングで戻ってきたラルクを加えた俺たち5人は、例の洞窟へ向かうために町の出入り口に向かっていた。


 不安を口にするクリスさんとそれに対するアリッサの会話が耳に入ってくるのだが、意外と言ってはいけないのかもしれないがアリッサとクリスさん、相性は悪くないようだ。


 カズキを巡るライバルとして険悪な関係になられると色々困るのだが、それはあまり心配しなくてもいいのかもしれない。


 そんなことを考えながら歩いていた俺たちだったが、広場に差し掛かったところで、前方に人だかりができているのに気がついた。


「なんだありゃ?」


「何かしら?」


 俺とアリッサが同時に呟く。


 気になりそちらの方に近づいて行くと、一人の女が街の人達に向かって演説を行っているようであり、その女を町の人達が囲んで聞き入っている。


 女は薄い青みがかった腰ほどの長さの髪を持ち、背が高くスタイルがいい。


 顔つきも整っており、美人といっても差し支えないだろう。


 だがその瞳は堅く閉じられており喋っている間も開くことはない、どうやら盲目のようだ。


 年の頃は20代といったところか、だがそれよりも若いようにも見えるし年齢不詳という印象を受けた。


 そんな女が立派な装飾の施された法衣を着て演説をしている姿はどこか神秘的に見えた。


 しかし、彼女の演説内容は、俺たちにとってはあまり良いものではなかった。


「皆さん、もうすぐこの町は滅びを迎えます、街に入り込んだ邪悪が街に滅びをもたらすのです、昨日の魔獣も、おそらくはその邪悪なる者が放ったものなのでしょう」


 女が発する言葉に俺は思わず声を上げそうになった、だがなんとかそれを押し殺す。


 あの女、何を言ってるんだ? 街に邪悪が入り込んでるなんて。まさか、カズキの中に潜む魔王の存在を察知したとでもいうのか?


 俺は慌ててカズキを見る、カズキは顔面蒼白になりながらもなんとか平静を保っているように見えた。


 さらに仲間たちに視線をやればクリスさんもラルクもそしてアリッサもカズキと似たような表情をしている。自分では確認しようもないが、きっと俺も同じような表情をしているに違いない。


 あの女は一体何者なんだ? 邪悪とは本当にカズキを指しているのか、それとも別の存在か、あるいはただの妄言か、俺が考えている間にも女の演説は続く。


「町の中に入り込んだ邪悪を排除しない限り、この町に未来はありません! どうか、皆様のお力をお貸しください!」


 そう言って頭を下げると、集まった人々はお互いに顔を合わせてざわつき始める。


 こいつ、なんなんだ? 町人に不安を与えて疑心暗鬼を煽って何の得があるっていうんだ?


「おい、あんた何のつもりだよ?」


 俺は堪らずに群衆の中から一歩前に出ると、女に詰め寄った。


「リューヤくん……!」


 後ろでクリスさんが俺を咎めるように呟くが、俺はそれを無視した。


「あなたは……?」


 女は俺を見ると首を傾げる、その仕草が妙に艶かしい、思わず見惚れそうになってしまう自分を叱咤して、俺は女に話しかけた。


「俺のことなんかどうでもいいだろ、それよりいい加減な話で町の人の不安を煽るような真似はやめてくれないか?」


「いい加減? 私の話がいい加減だと?」


「ああ、そうだ、確かに昨日町が襲われたのは事実、だけど、それと町に邪悪が入り込んだってのは話が違うだろ? あんたの話はいたずらに不安をあおるだけの根拠のないデタラメだ!」


 俺はあえてこういう言い方をした、この女がどういうつもりであんなことを言い出したかわからないが、デタラメと決めつけることで余計な詮索を避けることができると思ったのだ。


 しかし、女は俺の言葉に怯むことも特に怒ることもなく、ただ淡々と言葉を返してきただけだった。


「デタラメではありませんよ、私にはわかるのです、この町に潜む邪悪な存在、それは人に姿を変えて人々の心に忍び込み、やがてその心を蝕んでいく、そうやって人々に破滅の運命を呼び込もうとしているのです」


 しまったと俺は心の中で舌打ちする、これではさらに町の人に混乱を招くだけだ。


「そ、そんなヤツがいるなんて根拠も証拠も何もないだろ、全てはお前の妄想だ!」


 怒鳴る俺に女は余裕の笑みを浮かべる。


「そうかもしれませんね、しかし、魔獣が現れたという事実がある以上この町になんらかの危機が迫っていることは間違いないのです、私は占い師としてそれをみなさんに警告したいだけなのです」


「お前のやってることは無駄ないさかいを生むような行為だ、そんなのはただの自己満足でしかない」


 なんとかこの女を言いくるめて演説をやめさせなければと考えながら言葉を紡ぐ、そんな俺に対して女は意外な反応を返してきた。


「ふむ、確かにそうかもしれませんね」


「何?」


 あっさりと非を認めるような女の反応に俺は思わず聞き返してしまった。


「あなたの言ってることは正論ですね。残念ながら私には自らの言葉の正しさを証明する手段はない、今の私は滅びの予言で世界を混乱させる終末論者と大して変わらないのでしょう。わかりました、ここはご忠告を聞き入れることとします」


 そういうと女は踵を返して歩き出した、俺たちに背中を向けてそのまま立ち去ろうとする。


 しかし、数歩歩いたところで振り向くと俺の方ではなく、聴衆たちの方に向かって言った。


「みなさんこれだけは覚えておいてくださいね、手遅れになってからでは遅いのだと……」


 そして再び歩き出し広場を出て行くと、その姿は見えなくなった。


 俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。……なんだったんだ今のは……

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