第2話 霊界の音 2

――く…………、くだらねえ。


 俺の右手には、風鈴という代物を持っている。ティモが発見し、風鈴だと教えてくれたものだ。


 こんなチンケな物が幽霊だの、霊界、あの世と騒がせた正体だと思うと、呆れるしかなかった。


「だって、こんなの、みんな知らなくて当然だよ。僕、歴史ライブラリから引っ張り出したんだから。風鈴って、夏の暑さをしのぐための道具で、風鈴の音で涼を感じるらしいよ」

「ふ〜ん」


 俺は持っている風鈴を近くの木に吊り下げてみた。しばらくすると、風で「チリーン」と鳴った。


――よくわからねえ。


 俺は音が聞こえるだけで、涼などの寒さなんて感じなかった。


「まあ、正体もわかったし、帰るか」

「え? ちょっと待って。あっちに気になる物がある」


 ティモは俺を無視してとこかへ飛んで行った。

 俺は慌ててティモの後を追いかけると、意外な物がそこにあった。


「うわ! ガイコツ。………………ティモ、気になる物ってこれのことか?」

「うん、そうだよ。不自然だったから、気になっちゃってさ」

「あ〜、…………まてよ。身元、わかるかな」


 もしかしたら、何かに巻き込まれた行方不明者かもと思った。普通じゃない状態に何かあると期待して辺りを探ると、ガイコツの手の近くに薄汚れたちっちゃい丸い物を見つけた。


「あ、端末だね。それ、動く?」


 近くの木に止まって見ているティモをよそに、俺は手探りで端末のスイッチを押した。すると、すぐに光が出て、四角いスクリーンになった。俺は、意外とすんなりと動く端末にビックリした。もしかしたら、本人確認ぐらい出てくるかもと思ったからだ。


 俺はしばらく端末を動かしていくと、日記らしい文章を見つけた。



~ ~ ~


→4月18日 不正取引したとして、俺はオーテッドに事情聴取された。俺は選ばれた人だから当然の行為、と主張した。


→12月18日 家族と別れ、天涯孤独になった。金の切れ目が縁の切れ目と言わんばかりの妻の態度に正直、辟易へきえきした。見てろ、いつか見返したる。


→3月5日 今日もボランティア活動。なぜ、俺は尽くさないといけないんだ。俺は尽くされる側なのに。


→6月28日 引越しした。惨めな気分になった。周りが汚い人ばかりで付き合いたくない。


→10月12日 腕時計を盗まれた。あれは一張羅だぞ。俺が返り咲いたときに身につける予定だったのに。


~ ~ ~



「どう?」

「日記みたいな文章を見ている。どうも、気が向いたときに書いているみたいで、日付が飛び飛びなんだ」

「へ〜。わかりそう?」

「う〜ん、……もう少し見てみる」


 そうして、俺はさっきの続きを見ていく。



~ ~ ~


→10月30日 腕時計を盗んだ犯人が捕まった。「金欲しさに盗んだ」と供述した。当然、腕時計は返って来なかった。


→11月10日 腕時計を盗まれたおかげか、周りが妙に優しくなった。俺を哀れんでいるかもしれない。


→12月7日 のみの市で不思議な物を買った。風鈴と言われる物で、妙に心を惹かれてしまった。


→1月3日 風鈴の音を聞くと落ち着く感じがする。何となく、俺の頭が静まるような気がする。


→1月28日 引越しした。周りの人が気を遣われているようで、何か疲れる。今度は誰もいない場所だ。静かに暮らしていける。


→7月15日 あれから5年。不正取引も随分過去になった。あの頃、俺は楽しいと思っていたことが大したことがないものに感じてきた。今の暮らしの方が肌に合っているかもしれない。


→7月15日 あれから10年。今の暮らしに当たり前になった。色んな欲望に動かされていたあの頃は、どこか自分じゃない自分に操られたかもしれない。何かに引っ張られるままで、その先のことは考えてなかった。今になって思えば、不正するほどの価値はなかったといえる。プライドを守るなんて無意味だったと今の俺なら言える。今、思い出すのはふるさとの風景。辺鄙へんぴな場所で、早く華やかな場所へ行きたいとあの頃は思っていたのに、今は懐かしくてしょうがない。けど、正直、そこにいくのは辛い。足腰が弱ってきたということもあるが、気恥ずかしすぎて億劫おっくうだ。



~ ~ ~


 どうやら、文章はここまでだ。50年前が最後で、この後死んだのか、生きていたのかわからない。


「無理。身元不明で処理する。どうもこの人、天涯孤独だったみたい」

「へ〜。じゃあ、仙人だ」

「仙人って、随分いい加減な」

「え〜、仙人って憧れの職じゃないの? 俗世を離れ、全て一人でやる冒険。疲れた現代人に癒しを与えるって聞いたんだ」

「……あながち間違えではない」


 さっきの文章を思い出した。人とのコミュニケーションから離れ、この場所を選んだことにティモが言ったことと重なったからだ。


「でしょ。この後、帰るの? 報告しに」

「いや、帰る前に調べる場所が。ティモ、この場所を検索してくれ」


 これは、端末にスイッチ入れた最初に出て来た画面だ。最初、気にしていなかったが、日記を読んだ今、この人のふるさとではと思った。きっと、何かのたびにこの画面を眺めていたんだろう。だから、本人確認の画面が出なかったのだ。(毎回、やるのもめんどくさいし、一人しかいない場所にやる必要もないと感じたのだろう)


 悪人は嫌いだ。悪いことをしたら、それなりの罰を受けるべきと思っている。けど、死人までに求めるのはどうかと思っている。何も言わない骨に罰を受けるなんて、無意味だ。


 この人の場合、それなりに罰を受けているし、後悔もしているから、手向けとしてふるさとに葬ろう。知った以上、そのくらいのことはしても良いかもしれない。俺の良心がそう訴えているのだから。

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捜査部・ライアンの事件簿 石山コウ @smt_kou

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