<終幕> 種から、新たな花へ

***


「おかえりなさい」


 春樹と風間が店の前で私を出迎えてくれた。こんなに寒いなか、急に飛び出した私を心配して、ずっと待っていてくれたのだ。

 悴んだ指先を掌で隠すように、強く手を握りしめる。

 目と鼻を赤くした私に、風間が何か言おうとした。だが、それを遮るように、私は二人に精一杯の笑顔を作ってみせた。


「花束——あの花束は、最期まで想いを伝えてくれると思います」


 二人は少し驚いたように私を見つめていたが、やがてすべてを察したかのように優しく頷いた。


 あの男性は、きっと自由に生きたのだろう。きっと彼が自分の心に素直に従った結果なのだ。

 私には、彼を引き留める勇気も、彼の背中を押す覚悟もなかった。

 ただ私に出来ることは、彼の幸せをその花束に託すことだけだった。


「……今日はもう閉めるか」


 まだお昼過ぎだけど。そう言った風間に、私は首を横に振った。


「駄目ですよ。また想いを伝えたい人が、来るかもしれないですから」


 風間はまだ心配しているようだったが、春樹はそうですね、と笑ってみせた。

 あの男性が私に思い出させてくれた、大事なもの——ここにいる理由を、私は大切にしたい。


「風間さん、春樹君」


 私は店内に戻ろうとする二人を呼び止めた。


「ん? どうした?」


 二人は振り返り、少し心配げな顔で私を見た。


 これはきっと、何度も言い忘れていたこと。

 これまでの、これからの想い。


「ありがとうございます」


 深いお辞儀をする。

 少し間が空いて、それから風間がちょっと照れくさそうに呟いた。


「…………お茶でも淹れるか」


 春樹が小さく笑って言う。


「温かいのを、お願いします」


***


 翌日、二月十四日。

 幾つもの花束が、幾つもの想いを乗せて、人々の心を彩っていった。

 凍てつく寒さの中に、僅かに春の花が芽吹き始めた頃の物語である。


<了>

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