死にたがりの俺が、儚げなアンドロイド美少女に付き纏われている理由

長井 文

第1話


 「待ってください」


 冬、午後四時二十六分。


 「早まらないでください。まだその時じゃないでしょう?」


 校舎の屋上。燃えるような輪郭を帯びる夕陽。


 「貴方の人生は、こんなところで終わっていいはずがないんです」


 耳元を切るように過ぎていく風。


 「私でよければ、いくらでも話を聞きます」


 日に当てられ続けて、すっかり元の色を失ったフェンスの外側に、俺は立っている。

 もはや、俺と死を遮るものは無い。

 俺はここから、日没数分前の橙色に染まった街を見下ろしている。


 「そこは危ないです。はやく、こちらに」


 背後から、風の音に切られないように少し張り上げた少女の声が聞こえる。

 ……1人でひっそり飛び降りに興じたかったというのに。後ろからつけて来ていたのだろうか。気が付かなかった、俺のミスだ。


 「生きていれば、きっと良いことが__」


 その言葉たちは、人の命をこの世に繋ぎ止める言葉にしては非常にありきたりだ。

 しかし、目の前で人が亡くなろうとしているという極限の状況において発揮される一般人の語彙とは、案外そんなものなのかもしれない。

 ただひとつ気になるとすれば、その声色だった。

 それは、この穏やかではない状況とは見合わず、やけに無機質で危機感がまるで感じられないもの__いわゆる、「棒読み」そのものだったのだ。まるで機械音声のように。

 どういう感情でその言葉を発しているんだ、とツッコまざるをえない。

 だから、振り返って、その顔を見てしまった。


 「やっとこっちを見てくれましたね。さぁ、早くこちらに。」


 ――そこにいたのは、何もかもまっしろな少女だった。

 少女の顔は、想像してたよりも低い位置にあった。身長は、俺と頭1つ分くらい違う。その薄い体躯で、小さな手をこちらに差し出している。いくつだよ。

 真っすぐこちらを見据えている小動物のような大きな眼は、ぞっとするほど透き通っている。その瞳は、幾重にも重なったカメラのレンズの内側を思わせるほど、無機質だった。

 鮮やかな西日を浴びて薄橙に染まった少女の長い髪が、風に靡く。


 「……なんだ、お前」

 「貴方の自殺を、止めに来ました」

 「はぁ。なんの義理があって?」

 「……貴方にどんな辛いことがあったのか、私にはわかりません。でも、いきていれば必ず良いことが――」


 まただ。少女はその小さな口で、どこかで聞いたことのあるような言葉をつらつらと紡ぐ。機械音声のような声。

 俺は、陳腐な言葉で他人の腹のうちを理解を示そうとするその姿勢に、腹が立った。


 「くどい。」

 「あ」


 俺は少女の言葉を遮るようにして、その場から1歩足を外して、飛び降りた。

 きっとそのまま黙って聞いていれば、ありがたいお説教のようなものが続いたのだろう。しかしそんなことは、これから命を絶つ俺には心底どうでもよかった。

 少女の間の抜けた声を冥土の土産に、俺は頭から落ちていく――はずだった。


 「……は?」


 突如__ガシャンという音と共に、体に鋭い衝撃が走り、俺の世界が反転した。

 いや、頭から落ちたのだから、世界が反転するのは当然だ。しかし、謎の衝撃音と共に、その視界のまま静止しているとあっては話が別だろう。

 反転したまま止まった世界。

 足元には橙色に染まりつつある、果てのない空。

 どういうことだよ。


 ふと、俺の胴体が「何か」に強く引っ張りあげられていることに気が付く。ギリギリと俺の体を締め付ける、「何か」。

 俺はさっき、確かに飛び降りた。当たり前だが、フェンスの外側には誰もいなかった。

 それではこの「何か」に、飛び降りたはずの俺の体が掴み上げられたとでも言うのか?


 その「何か」が何であるかを確認するために、俺は顎を引いた。

 しかし、その瞬間に尋常ではない力で上に引っ張り上げられる。


 「う、わぁぁぁぁぁぁああああ」


 引いた顎がガクンと空中に放り出され、顎と体を繋いでいた首の筋に痛みが走る。内臓全部がその場に置いていかれてしまったのではないかと錯覚するほどの力で、上に引き戻された。ジェットコースターとか、バンジージャンプとは比べ物にならない苦痛。


 屋上にはガシャンガシャンという、鉄骨のようなものが酷くぶつかり合う音が響く。

 ――え、は、鉄骨?


 引っ張り上げられた先で俺は、とんでもないものを目にする。


 ……あの体つきの薄い少女の右肩から、無造作かつとんでもない質量の鉄骨が「生えている」。

 ギギギ、と金属と金属が擦れて軋む音が響く。

 その音に合わせて、宙に持ち上げられた俺の身体も動く。

 「繋がっている」 。

 少女の身体から生えた鉄骨と、俺の身体が。

 つまり、僕の体を掴んでいた「何か」とは、その鉄骨だった。

 少女は、相も変わらず感情を捉えさせないそのレンズで、俺を捉える。

 僕の眼前にいる「これ」は何なんだ?

 ふと、そんな問いが頭の中を過ぎった。


 「え、あ、はぁ?!」

 「……止めると言ったでしょう。私の目の前では、誰1人死なせません」


 少女はノースリーブワンピースから覗かせた鉄骨を器用に動かし、間抜けな声を出した俺をフェンスの内側へと降ろした。


 今思えば、この真冬にノースリーブワンピースを着ている時点で、おかしいと思うべきだった。

 高2の冬。夕暮れに染まる屋上。少女の身体から生えた鉄骨。飛び降りの失敗。

 俺は、とんでもない女と出会ってしまったのだ。


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死にたがりの俺が、儚げなアンドロイド美少女に付き纏われている理由 長井 文 @nagaiaya1

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